無所属神主による塵鬼討伐伝 四国編

kurun

第弐話 徳島県攻略・後日談


 四国を救うべく立ち上がった――神社に所属しない神主――小早川栄昭こばやかわひであきは、宝刀である天之尾羽張あまのおはばりを右手に握り締めたまま、先程までそこに存在していた足利義栄あしかがよしひでの見えない亡骸を見つめていた。そこには遺体と同じく、周囲に飛散していた悲惨さを主張する血痕の数々もまた紫煙の如く海風に流され、消えていた。

「血が出てた」と呟くように言う栄昭。
「ああ。塵鬼じんきと云えど、血は流れておる。まあ、元を辿れば塵鬼じんきは名のある屍の汚い感情、嫉妬や憎悪の類のものを主食としている鬼が事の始まり。彼ら鬼はある程度著名な人間を欲し、その屍の名の普及度によって強弱が変化する。畢竟、塵鬼じんきは人の屍に乗り移った鬼、ということじゃ。偶々、その標的が足利義栄だったと云うだけ」
「だから……手応えが無かったのか」
「残念ながら、織田信長の力を借り征夷大将軍に就任した足利義昭は知っていても、足利義栄まで知っている者は中々いないだろうからな。それにあの塵鬼じんきは神器を持っていなかった」
「……神器を持っていなかっただと……」
「まあ、詳細はあやつに聞けばよい」

 蹴鞠はそう言うと、あやつと呼ばれた男に連絡を取るべく自身の右耳をさわり、その耳ごと三百六十度回す。そうすることで衛星電話と同じような仕組みで四国にいても外部の人間と連絡を取り合うことができるのだ。

 栄昭はそれを見るや嫌な顔をしながら言う。「何度見たって気味が悪いな、それ」


『ヒッデアキくぅぅぅん〜〜!! 凄いじゃないか、もう既に塵鬼を倒してしまうなんて』


 聞きたくなかった男の声が嫌でも耳に入り、栄昭は思わず溜息を吐く。この男の名は小早川栄昭の妹の存命の代わりに、栄昭をこの四国に派遣した男――六波羅丹代ろくはらたんだい。また内閣府直属の秘密機関、塵鬼殲滅及び共存模索室、室長の男。ちなみにオネエ基質な喋り方をしているが、男好きという訳ではなく、意外と臥煙肌な男でもある。彼と付き合いの長い蹴鞠が言うには、初対面でもオネエのような言動をすることで距離感を与えないためということらしい。

「倒しましたは倒しましたけど。神器は回収できませんでした」
『嘘おっしゃい』
「本当です」
『んー?』六波羅は考えこむような声を出す。『そんなことはないはずだと思うけど』
「どうしてそう思うんですか?」
『塵鬼の発する負の感情をパソコンのモニターを通して視覚化することができるって話はしてよね。四国にきみたちが行く前に』
「はい。してましたね。それによると、徳島県、香川県、愛媛県、高知県に普通の塵鬼とは雲泥の差の高エネルギー反応が出た――と」
「きみが先程殲滅した塵鬼の名は?」
「第十四代将軍、足利義栄です」
「はいはいはい。三好家の傀儡将軍のおぼっちゃまくんね。京都に入ることなく持病によって生涯を終えてしまった不運な将軍。……でもそれって、あたしが博識なだけであって誰もが知ってるメジャーな武将、ではないわよね。きっと信長の野望ではオリジナルグラフィックが登録されていないレベル。それに加え、神器も所持していなかった」
「ヒデアキが倒した塵鬼が徳島県で高エネルギーを放っていた根源ではなかった……ということか?」

 先程まで黙っていた蹴鞠が急に口を挟んだ。

「さすがマリー。どこかの馬鹿野郎とは違う」
「うるせえな」と栄昭。
「そして気になる点がもう一つ。きみたちが徳島県で上陸した同時に、周りの県でエネルギー量が一時的に変化した」
「……変化、した?」不機嫌だった栄昭が思わず声を上げる。
「香川県では一時的に高エネルギーが完全に消滅し、高知県では高エネルギーが減少した。そして、もっと可笑しいのが、徳島県での高エネルギー反応が総べて消滅したと同時に高知県でもエネルギーが大きく上昇した。まるで――飲み込んだくらいに」
「神器を持っていなかった徳島の塵鬼を高知の塵鬼が喰った」蹴鞠が思案顔でそう呟く。
「十分あり得る話ね、マリー」
「あり得る話なのか、……その共食いなんてこと」
「そうよ。神器を持っていない塵鬼が共食いをしようとするなら容易ではないかもしれないけど、ましては神器を持った塵鬼だったたら簡単なこと。神器持った塵鬼を飲み込むのは難しいかもしれないけど。もしくは、神器の力によって何らかの特殊能力を身につけているのか――まあ、とにかく、高知の塵鬼は要注意ってことねえ」
「……して、現在の徳島の状況は?」蹴鞠は六波羅の長い話に辟易してしまったのか、だるそうに声を挙げた。
「数分前に元に戻ったよ、エネルギー量の値が」
「もしかして、徳島の塵鬼がおれらのところまで移動していた、ということですか?」
「今回は察しが良いわね、ヒデアキくん。もしかしたら、あたしたちの会話を聞いていたかもしれない」

 恐怖心から言葉が出てこない栄昭。

「大丈夫よ、ヒデアキ。きみの仲間はあたしたちだけじゃない。政府よ。国よ。きみみたいに特異体質が無いから、外部からしか応援することができないけれど」

 電話越しで伝わらないと分かっていても、栄昭は頷いて六波羅の励ましに反応した。

「危機を救って、ヒデアキ。……ううん、違うわね。塵鬼を救って、鬼から、負の感情から」
「これがオカマじゃなくて、美人なお姉さんだったらよかったのに」栄昭は嫌味を言いながらも、内心は当然ながら嬉しく思っていた。
「大丈夫。オカマと美人は紙一重」

 六波羅の笑い声がこれからの苦難と不安を打ち消してくれるようにも思えた。
 六波羅との連絡を取り終え、蹴鞠は不自然だった耳の位置を自分で直し、栄昭をまっすぐ見据えた。そして真剣な表情で開口する。

「ヒデアキは、なにをおもった? 足利義栄をその宝刀で斬ったとき」
「それ、なにか関係あるのか?」
「ヒデアキの持っている宝刀――天之尾羽張あまのおはばりは塵鬼の負の感情のみを斬る。されど、所持者が無感情に斬ったって、塵鬼の想いを斬ることはできない。それも塵鬼のその想いを察して、それに合うような感情を抱いて斬らなければ、たった一度だけの斬撃で死ぬ筈が無い。だから、なにをおもった?」

 栄昭は持っていた宝刀をより強く握り締めた。
 ――朕の京は何処?
 栄昭が義栄の腹を斬ったとき――義栄は泣いていた。

「……寂しい、だけだろうな、そうおもったんだ」

 蹴鞠は人の手によって作られたとは思えないほどの暖かい表情で笑った。

「そうか」

 蹴鞠はそこにあったはずの義栄の遺体の跡地の砂を手に取った。その土は暖かかった。そしてその砂を手のひらに乗せた。
「せめて」

 様々な想いの詰まった砂が大鳴門橋の方向へ海風の力によって飛んでゆく。
 それだけでも、せめて、京都へ。

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