魔王軍幹部をやめてニートになった俺は貴族令嬢の婚約者にジョブチェンジしました

yosi16

竜種との邂逅

「空飛べるとかズルだろマジで……。こっちはただでさえ足場が悪いってのに……!」

「悪態ついたって仕方ないでしょ!! とりあえず荷物をどこかに送り届けるのは分かってるからそこを捕まえるよ!!!」

 流石は第四魔王軍最速と言われた女だ。正直ついて行くのがやっとで全然周りを見れていない。だがここで弱音を吐いておいて行かれるわけにもいかない。

「てかアンタ攻撃撃ちなさいよ!! 私よりそういうの得意でしょ!?」

「無茶言うな!! 今やったら漏れなく積み荷まで巻き添えになるぞ!!!」

 正直それが無ければすでに攻撃を仕掛けている。勝てるかどうかは置いておいてそっちの方がずっと楽だしな。俺だって好きで体力を消耗したいわけじゃない。

「お前の方こそマーカーちゃんと残してるんだろうな!? あれなかったらやべぇぞ!!」

「それこそ心配しなくていいわよ! 私そういうの手慣れてるし!!」

 あまり余裕はないのでチラッとしか確認できないが、確かに仕事はしているようだ。今まで来た道のいたるところにバニラの魔力痕が見える。

「それよりあそこ見て!!」

「あ?」

 バニラが指さす方を見てみると何やら人影が見える。俺たちが人影について思考を巡らせている間も竜は前へ前へと進んでいるが、竜の進行方向上に、それもこんな人気のない森の中で何かを待っているように空を見上げているというのは無視できない。

「バニラ、今から二手に分かれる。俺は竜を追うからお前はあいつらを見張ってくれ」

「アンタねぇ……! あれが何の関係もない奴等だったらどうすんのよ! てかもう既にそんな疲れてるんのに追いかけ続けられる保証あるわけ!?」

「だとしてもだ! もしあいつらが関係してたら取り返しがつかない!! つかそもそもいくら足が早かろうが違って落とす術が無いなら意味ないだろ!!」

「うぐっ……。それは……」

 俺がバニラを連れてきた理由は彼女のマーカーをルドルフに辿らせるためだ。俺一人だとそんなことしてる余裕がないからバニラの能力はかなり重宝した。お陰様でここまでの道のりは確実にルドルフに伝わるだろうし、すぐ駆けつけてくれるだろう。

 だが他の人間と協力している可能性が浮上してきた今、これ以上二人で同じ対象を追いかけるのは愚策でしかない。あくまでも最優先は旅団の護衛、すなわち竜の退治が主目的なのである。多少の積み荷を犠牲にしてでも危険は排除するしかない。

「わかった! その代わりそっちはどうにかしてよ!!」

「当然!!」

 そして俺たちはそのまま二手に分かれる。あちらはとりあえずバニラに任せておけば問題は一切ないので俺は前を飛び続ける竜のみに集中する。

「止まりやがれ竜種!! 止まらなければ撃ち落とす!!!」

「ふん!! そんな言葉で止まるものなどおらんわ!!!」

 …………まぁそうなんだけどな。ならもう仕方がない。

「落ちろ! ショックウェーブ!!」

「なっ!?」

 流石に警告の直後に撃つとは思っていなかったのか、一瞬動きが硬直する竜。そして次の瞬間俺が放った雷の奔流は竜の両翼に直撃した。

「グゥ!?」

 風系統最下級のスペルとはいえ直撃すれば体勢くらいは崩れる。仮に硬い鱗でおおわれている竜種だろうと翼に当たれば飛ぶのが難しくなるくらいには。

「グルォォォォォォォ!!!!!!」

 どうにか体勢を立て直そうと試みているようだが、一度浮力を失えば空中で立て直すのはかなり難しいはずだ。案の定竜は体勢を立て直すことが出来ず、少しずつではあるが落下しているのが見える。そして再び俺は術式を展開したが、

「仕方あるまい!!!」

 奴は俺の作り出した暴風が直撃する前に、手に抱えていた積み荷をそのまま進行方向とは真逆の方へと投げ飛ばした。直後、風圧により制御不能となった竜の身体は宙を舞い、凄まじいスピードを伴って地面に落ちた。

「こほっ……! 砂埃舞い過ぎだって……の!?」

 大気が歪むような感覚……、この距離はマズい!

「吹き荒れろ!!」

 即座に風を生成した俺は自分の身体に打ち込み、右に向かって思いっきり吹き飛ばす。多少ダメージを受けようがあれを直撃するよりはマシだ。どうしようもなく理不尽で、一度使えば周囲一帯に破壊の嵐を引き起こすとまで言われている、竜種のみが持ちうる最強の一撃。ノヴァ・ディストラクション。

「ぐ……あ……!?」

 咄嗟に風で直撃を避けてもこれか……! 爆発の余波だけでも耐えられるレベルじゃない……!!

 飛ばされないよう咄嗟に木か何かにしがみつくが、無駄な抵抗だった。そんなものがアレの前に意味をなすわけがない。支えを失った俺はそのまま何度も地面にたたきつけられ、十二回目のバウンドが終わった辺りでようやく嵐は収まった。

「ほう? まだ意識があるか。大したものだ」

 周囲一帯を消し飛ばした化け物は疲労など一切感じさせずにこちらへと歩み寄ってくる。かつての第四魔王軍の幹部にも上位竜種はいたが、コイツはそんなレベルじゃない。少なくとも半径300メートル丸ごと吹き飛ばせるなんて規格外もいいところだ。

「何が……大したものだよ……。一撃でダウンさせた野郎が何言ってやがる……」

「少なくともその一撃目で死ななかったのは人間だろうと竜種だろうと久方ぶりだからな」

 余裕か……。本当に腹立たしくて仕方がない。が、ここでコイツと戦ってもこの状態じゃまず負ける。いや万全の状態でも勝てない可能性の方が高い。それにそもそも現状コイツは俺のことを殺す気が無い。であればここでわざわざ戦うことを選ぶ必要はない。だから、

「へぇ……。それならなんで山賊なんかに従ってんだ……?」

「……何の話だ?」

「とぼけんじゃ……ねぇよ。お前を追いかけてた時に……人影を見かけた。人数は十数人……ってところか? あんだけ多くの人間が人通りがほとんどない森の中……、それもテメェの進行方向上にいたのが本当に偶然か……? それに何より体勢を崩したあの時……お前は確かに俺が来た道のどこかに向かって荷物を投げ捨てた……。それも含めて偶然だとは……俺にはどうしても……思えないんだけどな」

 俺が言葉を紡ぐたびに奴の表情は驚愕や焦燥に染まっていった。やはりそうだ、コイツは間違いなく山賊に無理やり命令されてこんなことをしている。

「ハハ……、、ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!! 馬鹿げている!! 私が山賊如きに無理やり命令されてこんなことをしていると!? 山賊よりもはるかに強い子の私が!!?? ハハ、妄言も甚だしい……」

「必要が……ねぇんだよ。だってそうだろう……? お前ほどの実力があるのなら、商人襲うよりその辺の村脅して……自分に貢物を持ってこさせた方が早いし楽だ、違うか……?」

 そう、物資が欲しいならわざわざその辺の商人をちまちま狙う必要はない。その辺の村を襲うだけで十分だから。足りなければ今度は王都に交渉を持ち掛ければいい。コイツ程の実力があれば国も簡単に戦うという選択肢は選べないはずだ。

「詭弁だ! 第一目的なんてそれこそ人に対する恨みだって目的になりうる!! 嫌がらせの一環でやったとしても不思議ではないだろう!?」

「それこそねぇよ……。もし本当に恨みや嫌がらせが目的なら……手加減なんてするわけがない……。俺に向けて撃つことはあっても……下に向けて撃つなんてまずあり得ない……」

 ノヴァディストラクションという技は威力は高いものの、その実万能ではない。まず溜めるまでに長い時間があるし、一度口から放出すれば出し切るまで反動によって方向転換すら困難になる上、どんなに攻撃範囲が広かろうと口から出すという性質上一方向にしか飛ばすことは出来ない。今回は砂煙のせいで視界が奪われたため反応が遅れたが、通常であればまず当たることはないし、むしろ大きな隙を晒してくれる分使ってくれた方がありがたいとさえ言える。

「最初の想定なら……俺は爆風すら当たるはずがなかったんだ。自分に風を打ち込むことで……攻撃範囲から大幅に外れたわけだからな……」

 にもかかわらず何故か当たった。最初俺はそれを威力が通常より高かったからと考えたが違った。先ほどまで奴の立っていた場所にぽっかりと空いている大きな穴がそのすべてを物語っている。

「直撃すれば死んでしまう、だから爆発の余波に巻き込む形を取ったんだ……。皮肉なことに横に飛ぶって選択肢を取った俺に……うまくかみ合ってしまったわけだが……」

 だからあのままぼーっと突っ立っていようが俺は死ぬことはなかった。つまり奴はこちらに敵意や悪意を持って襲い掛かってきたわけじゃない。

「で、何か反論は……? 単にお前が迷惑かけるのが好きだってんなら……これ以上は何も言えないけど……」

 こちらにはもうこれ以上反論材料が見つからない。だが、それは奴も同じだったらしい。

「ああ、そうだ。お前の言う通りだ。私は山賊から無理やり望まぬことをさせられている」

 竜は頭を垂れたままぽつりぽつりと話し始めた。体中を覆う堅牢な鱗も、巨大な身体も何一つ変わっていないというのに、そこにはもう先程のような威圧感はなかった。

「恐らくお前ならもう想像はついているとは思うが、山賊に逆らえない理由は人質だ。私は自分の息子を人質に脅されている」

 だろうな。山賊がコイツを従える方法はそれくらいしかないだろう。自我がある時点で催眠を掛けられているはずもないし、消去法で予想は付く。

「無論私がしたことは許されることではないし、言い訳をするつもりもない。しかしたとえ私は誰に何を言われようと譲る気はないのだ。私にとっては世界より妻と息子の方が大事なのだよ」

「よいしょっと。別にいいんじゃね?」

 少し休んだおかげかもうあの爆風のダメージは大分抜けきっている。一応念のため起き上がって手や足の動作確認をしてみたが、特に違和感はない。打撲や擦り傷は目立つもののこの分なら戦闘に支障が出ることはなさそうだ。

「ちょ、ちょっと待て! 私は幾人もの商人を襲ったんだぞ!? 別にいいんじゃねで済まされる問題か!?」

「いや知らねぇよ。お前が問題だと思うなら罪を償えばいいし好きにすりゃいいだろ。十六歳のガキにそんな決断委ねてんじゃねぇよ」

 確かに気持ちはわかる。ネリアが人質に取られたら俺だって同じ行動をするだろうし、魔王軍にいた時も自分の大切なもののために国を敵に回したような連中と過去何度も戦ってきた。だからこいつがそのやり方を選んでも何も不思議じゃないし、そもそも俺の周りの連中に被害が及ばなければ、はっきり言って何をやっていようが知ったことじゃない。無論被害が及ぶのであれば全力をもって潰しにかかるだろうが。

「俺は別にルドルフやネリアみたいに頭がいいわけじゃないから、何を選ぶのが正しいかなんて答えられないし、アドバイスだってできない。だからどうしたいかはお前が勝手に決めろ。とりあえず俺はもう行くわ」

 正直もう荷物も持っていないければ、人を襲うつもりもない奴にかまう理由が全くない。とりあえずバニラと合流しなきゃならないし来た道を戻るか。

「お、おい待て!! どこに行くつもりだ!?」

 そのまま背を向けて歩き出すと、再び後ろから竜に呼び止められた。いや、普通に考えて行き先なんて一つしかないだろう。

「どこってそりゃ山賊のアジトだけど」

「なっ!? お前さっき周りに被害が及ばなければどうでもいいと言っていたではないか!?」

 ? おかしなことを言う。

「いや既に被害被ってんだろ。俺達一応キャラバンの護衛だからな? 下手に任務失敗して悪評流れたら困るだろうが」

 それに何より、

「端的に言って不愉快なんだよなその山賊ども。俺そういう手段割と嫌いだし。だから人質とやらを助けた上で徹底的に潰す」

 人質を取るという行為が非常に理にかなっているのは分かる。自分より強いものに対して有利に立つことが出来る近道だし。ただ分かっていてもやはり気に食わないし不快だ。卑怯汚いと責めるつもりは一切ないが、生理的に受け付けないものは仕方がない。不愉快にさせられた時点でこちらとしてはもう被害を被っているようなものなのだ。

「な、なんて自分勝手な……」

「自分勝手上等だ。まぁ別にいいだろ、そのついでにお前の息子も救うんだし」

 そして俺は再び山賊のアジトに向かって歩き出す。

「それじゃあとっとと山賊殲滅して気持ちよくロータスに向かおうか!!!」

 俺は言葉に出して再度目的を確認し、迷わず山賊のアジトに向かって歩き出すのだった。

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