アラフォー女性獣医師は、チートな元獣に囲まれて混乱している

穴の空いた靴下

第二十話 私の脳が筋肉に置き換わっていく……

 準備を終えてダンジョン都市アントへと移動する。
 魔物の襲撃は何度かあったけど、今の私達が苦労するような敵はいない。
 順調にアントまでの道程をこなし、無事に到着することが出来た。

 周囲は岩場った荒野でそこに存在する巨大なすり鉢状の地に街が形成されている。
 周囲の高台から街を一望すると、物凄く特徴的な作りをしていることがはっきりと分かる。

「農場も大きいけど……水はどうしてるんだろ?」

「さすがはマキ殿、そこに気づかれますか。
 あの部分の黒い帯みたいに見えるところが洞窟になっていて、その先には巨大な地底湖があります。
 地底湖というわけではないのかもしれませんが、この町の水源として古来より一緒に暮らしています。
 あの洞窟内には色々な薬草も自生していて、それもこの町の特産ですな」

 これだけの規模の街と、農業を成り立たせている水源がこの荒野にあることは奇跡だろうなー。
 さすが異世界! 凄い地形もあったもんだ!
 変なところに感心してしまう。

 町の中央に向かって下がっていく地形をうまく使って、外敵の襲撃対策の防壁などが作られている。
 一般的には高所からの襲撃は有利とされているが、硬い地盤の中を無数の洞窟が通っており、それを利用した神出鬼没の機動力が外敵を思いもよらぬところから攻撃できる。
 この街を守る兵士は複雑極まる地下通路を完全に理解することが入り口だそうだ。

「マキには無理だな」

 ナツが大笑いしている。正直否定できない。
 あまり複雑な道は……苦手……

「フユーエル様!!」

 町の入口でフユが声をかけられる。

「おお、久しぶりだなファイリ。またダンジョンに挑むぞ」

「おおおおお!! ご武運を祈っております!」

 それからもフユは色々な人に声をかけられる。
 冒険者風な人と兵士たちが多い。

「お恥ずかしいです。道場関連と冒険者関連の知り合いが多いもので……」

 フユは照れていたが、皆が尊敬の眼差しでフユのことを見ていて少し誇らしかった。

 盆地状になっている一番深い場所がダンジョンへの入り口になっている。
 フユの実家はダンジョン入り口を管理しているギルドの直ぐ側にあるために、ダンジョン突入前の拠点として利用させていただくことになっている。
 フユの実家は落ち着いた作りだがどっしりとした安心感がある。
 石造りの素敵な家だった。
 道場と呼ばれているのはかなりの広さの闘技場で、私達が到着したときも威勢のいい声が溢れていた。

「噂に名高いトーンツリー槍術、ぜひ稽古を見させてくれ!」

 ハルの目が輝いていた。
 ナツも付き合いで一緒に道場へ行くみたいだ。もちろんフユも。
 残ったメンツは明日からのダンジョン攻略に向けての最終確認などを行っている。
 私は……結局道場を覗くことにした。

「セイヤァ!!」

「ま、まだまだぁ!!」

「フユーエル殿次は私と!!」

「は、ハルケン殿もう一本!」

「ナツキウル殿今度は某が!!!」

 道場は大賑わいだ。
 久しぶりに帰ってきたフユ、圧倒的な力を手に入れて帰ってきている。
 そして共にいるハルもまた逸脱した力を持つし、ナツも超一流の戦士で私の加護もある。
 道場の生徒たちが大挙して三人に挑んでいた。

「マキ殿!」

「おお、あれが聖女様……」

「なんと、あのような少女が戦いの場に……」

 基本的には好意的に受け入れられて私は嬉しい。
 陰キャな私はあんまり否定的な中に入るのは厳しいでござるよ。

「……マキ殿……一手お相手願えませんか?」

 フユが妙に真面目な顔で私に練習用の槍を手渡してきた。

「えーっと……私でいいの?」

「是非に……」

 すっごく真剣だったから、私もきちんと受けることにする。
 模擬戦用の防具をつける。
 私もこっちの世界に来てみんなと出会って、皆の経験が身体に流れている。
 槍にしてもフユが学んだ槍の真髄が自分の中にあるのを感じる。

「お願いします」「お願いします」

 お互いに一礼する。
 やりを構えると、自然と周囲から声が消える。
 その場にいる全員が私とフユの立会に集中しているのがわかる。

 正面から中段腰の高さに槍を構えたフユを見ると、まるでひとつの山がそこにあるかのようだ。
 少しで槍先に迷いを出せば、私の身体は撃ち抜かれているだろう。

 本気だ。

 全く同じ位置で静止した槍の穂先から、フユの本気の覚悟が伝わってくる。
 色々な動きを考えるが、それらに対する相手の返し、すべての結果が視えてしまう。
 結果として全く動くことがままならない。
 フユの呼吸音までも感じる。
 この世界に二人しかいない気持ちになる。
 私の吐息がフユの呼吸とリンクしていく、全てがフユと繋がる。
 私が、フユに、フユが私になっていく。
 溶け合う。
 段々と色々な事を考えていた頭が空っぽになっていく。
 様々な選択肢が消えていく。
 フユと私。私とフユ。
 二人の考えは、ひとつになる。

 ベギャン

 二人の練習用の槍が丁度真ん中で砕け散っていた。

「そ、それまで!」

 中段突。

 槍術の最も基本的な突き。
 その場にいた誰一人、ハルの目にも私とフユがいつ槍を突いたのか視えていなかった。

「……大変勉強になりました」

 フユが深々と頭を下げる。
 私も同じように頭を下げる。

 武術というものを、突き詰めていくと至るであろう極地を、私達は味わった。
 フユと私だけはそのことをしっかりと確かめていた。

 槍を突くのではない。
 突いた。という結果がそこにあった。
 自分の手を見て、その感覚を思い出す。

「気持ちよかったぁ……」

 練習着を脱ぎながら思わず漏れた感想はその一言だった。
 その一言を引き金に膝が抜けてその場にへたり込んでしまった。
 頭の天辺から足の指の先までフユと溶け合う感覚。
 意識と動作を切り離し、結果を導き出す一突き。
 極度の集中から解き放たれた全身が、強い脱力感に襲われてしまった。

『大丈夫か主?』

「あ、うん。平気。ちょっと余韻に浸っていたの」

 ヘイロンはそのままそっと私を守っていてくれた。

「よし、行こう」

 私は道場へと戻る。

「おお、聖女様だ!」

「聖女マキ様だ!」

「槍神聖女!!」

「フユーエル殿ばんざーい! マキ様ばんざーい!」

 道場は異常な雰囲気になっていた。

「あ、あのぉ……フユ、これどうなってるの?」

「我々の立会に皆感銘を受けたそうですよ。
 かく言う自分も、久方ぶりに、心がしびれました」

 うっわ、かっこいいおじ様のウインクとか反則なんですけどー!
 今かなりドキッとしちゃいました私。
 ただでさえさっきの感覚は、何ていうか、すごかったせいで顔が真っ赤になってしまう。

「……マキ……今度俺と立ち合ってくれ……」

「ふぇ!? こ、今度ね! きょ、今日はもう疲れちゃったよ……」

「ああ、必ず頼む」

 ハルも何時になく真剣な眼差し。ナツもいつもの茶化す雰囲気もなく、ただ悔しそうにしていた。
 その後も道場の盛り上がりは止むことは無かった……

 皆と食べる夕食、なぜか先程の立ち合いの話は一切出されなかった。
 それどころか皆黙々と食事を取っていて少し異様な風景だった。
 なんとなく、私も何も言わずに食事を終える。

 それからは自室に戻ってシャワーを浴びて……気がつくとベッドで眠っていた。
 朝まで、ぐっすりと眠ってしまった。
 どうやらあの立ち合いで想像以上に消耗していたみたい。

 自然と目が覚めた。
 まだ朝日は傾いており、早朝であることを示していた。
 なんとなくそのまま軽く顔を洗い、建物から外に出る。
 人の息遣いが聞こえてくる。
 建物の裏手からだ。近づくと鍛錬の声と気がつく。

「ハル、朝早くからご苦労様」

「……マキか……珍しいな」

「今日からダンジョンだね。大丈夫かな?」

「……気がついていないのかマキ?
 お前は今、この世界で最強の槍使い何だぞ?
 それにフユも、俺もいる。
 大丈夫に決まっている」

 なんか、機嫌が悪い気がする。

「ハル、何かあったの?」

「……マキとフユの立ち合い。
 あれは、美しかった。
 二人の意識が溶け合い、あの一撃を捉えることができなかった……
 俺とマキが最初に立ち合いたかった……終わった後に後悔したよ……」

「……ごめんね……」

「なに、つまらん嫉妬だ。
 武人として、男として。
 俺もまだまだ未熟者ってことだ」

「ハルの剣技もちゃんと私の中にいるよ……
 皆の力が私の中にちゃんと……」

「ああ……、ま、それだけじゃないんだけどな。
 フユと一つになって……気持ちよかったろ」

「なっ! ハルのエッチ!
 何急に言ってんのよ!!」

「マキが、そういう顔してたんだよ……それがな、悔しくて……」

「ハル……」

「……よっし! 軽くやるか聖女様!
 お相手をお願い致します!」

 ハルがポーンと木刀を渡してくる。

「ほどほどにするよ? 昨日みたいに疲れたらダンジョンいけなくなっちゃう」

「わかってる。軽く身体をほぐす程度だ」

 そう言いながらもハルの鋭い一撃が私に迫る。
 すぐに木刀を中段に構えて振り下ろしを右に払い落とし返す刀でハルの腹部を横に払う。
 ハルもすぐに体勢を整えて難なくその一撃を受ける。

「……ハル、どこが身体をほぐす程度なの……?」

「そっちこそ、背中に冷たいものが走ったぞ……」

 やばい、私、こっちの世界に足を突っ込んでるみたい。
 強い人との立ち合いが、楽しいって思ってる。

 それからしばらくハルと打ち合い、結局汗だくになってしまった。

「おっと、いい時間だな。
 ありがとよ聖女様。なんか頭がスッキリした!」

「あー、もう汗でびちゃびちゃだよ……シャワー浴びに行こ……」

「マキ……」

「ん? なに?」

「あい「隙ありーーー!!!」」

 いきなり頭上から現れたナツの一撃をハルがこともなげに受け止める。

「何言おうとしてるのかなーハル君!?」

「チッ……邪魔しやがって……」

「ナツおはよー元気だねー。それじゃ~あとで食堂でねー」

 シャワーを浴びて食堂へ行くと、ハルとナツはさっきよりボロボロになっていましたとさ。












 

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