アラフォー女性獣医師は、チートな元獣に囲まれて混乱している

穴の空いた靴下

第六話 私にはそんなだいそれたことは……

 ホテルから飛び出すと、あたりは異様な雰囲気に包まれていた。
 完全武装の騎士たちが今にも抜刀しそうな雰囲気。鎧がかっこいい。
 トウジやナギみたいなローブを羽織った一団がその騎士たちを睨みつけている。
 そして白い神官服に身を包んだ一団が三角形に位置どっている。

「ロートリア様だ! ケイネロス様も居るぞ!」

 騎士団からホテルから出てきた私達を見て声が上がる。

「ヴェルオストロ様にリートバルレホン様がご無事だ!」

 ローブの集団からも……

「おお! リッカント様!」

 神官団からも声が上がる。

 一瞬の歓喜もすぐに極度の緊張状態に戻ってしまう。

「イースシティ帝国の者とお見受けするが、ここがどこかわかっての狼藉であろうか!?」

 騎士団から代表して特に豪華な装備の兵が一歩前に出る。

「狼藉とは失礼な、我らは探し人を追ってきただけ、この国をどうこうする気はない。
 それよりも、停戦状態にある我らへの無礼な行為について逆にお聞きしたい!」

「リッカント様! 教皇様が心配なさっております! すぐにお戻りを!」

 うわー、絵に描いたようなカオスな状態……
 どうするのこれ。
 さっきまで綺麗に晴れていた夜空に、暗雲が立ち込めて、何やらゴロゴロと雷雲を作り始めているし……やばい雰囲気が高まってきてしまっているよー。

「なんとかできないの皆?」

「変に出ていっても、なんて説明をすればいいか……」

 ハルも悩んでいる。ナギはあわわあわわしているし、トウジもメガネをくいっとやっている。
 この状態で中立的な立場なフユが一歩前に出て全員に声をかけようとしたと同時に、空を稲光が包み込んだ。
 あまりの突然の光と音に、その場にいた全員が身構える。
 そしてすぐに、その現象が自然に引き起こされたものでないことに全員が気がつく。

「な、なんだあの人影は……!?」

「ま、まさか……魔王!!」

 雷に照らされた巨大な人影が空に浮かんでいる。


【矮小なる人間どもよ、喜ぶがいい! 絶望の刻が来たぞ!

 脆弱な貴様らが策を弄して我を封じ込めた力は既にその殆どを失っておる!

 我は間もなく貴様らを一人残すことなく滅ぼすであろう!

 恐怖に震えよ!!

 悲しみに溺れるがいい!!

 我が完全に復活する僅かな時間に、その短い人生に別れを告げるが良い……!!

 フアーーーーーッハッッハッッハッッハッッハ!!!!】

 頭に直接響くようなおどろおどろしい声で気持ちよく演説して、大声で笑って消えていく。
 声でかいよあの人……耳じゃないけど、キンキンする……

 一層激しい雷鳴が轟くと、空に浮かんだ黒雲がウソのように消え去っていた。

「……お、おしまいだ……世界の終わりだ……」

「伝説の魔王が……魔王ダズエンデが復活するのか……」

「太古の勇者の封印が……そんな兆候も報告もなかったぞ……」

「いや、最近魔獣や魔物が活発化していると言う報告が……」

 その場にいた私達以外の全員が地面に突っ伏してわかりやすく絶望して、説明までしてくれた。

 カオスが増したよ。やったね。
 個人的には魔王の顔が院長に似てて面白かったんだけどね。

「えーっと……」

『ふむ、ちょうどいいな。これを利用させてもらおう』

「ヘイロン?」

 ヘイロンはスルリと私の影から抜け出すとみるみる巨大化していく。
 黒い毛色が銀色に輝いて神々しい姿になる。
 突然現れた魔獣に絶望の淵にいた人々がさらに真っ青になっている。

『人の子らよ、我は神獣 ヘイロン。
 そこな少女 マキ とに従えし獣だ。
 魔王は復活する。しかし、選ばれし聖女マキとその仲間たちで必ずや打ち倒すであろう』

 それだけ告げるとまた私の影にシュルンっと収まってしまった。
 え? 今の何? 私が魔王を倒すの? ぶん投げ過ぎじゃない?

「お……」

「お?」

「おおおおおおおおおおおおお!!!!」

 うおっびっくりした!

「聖女様が光臨なされた!」

「そうか! 皆は勇者に選ばれたのですな!」

「国の隔てもなく、人間の敵に立ち向かうために!」

「神獣を従えし聖女と七人の勇者が魔王を倒してくれるぞ!!」

「幻のスワムホースに眠る勇者の秘法を手に入れて、魔王を倒してくれるんだ!」

「勇者様達ばんざーい! 聖女様ばんざーい!」

「すぐに教会を通してすべての国に希望を届けましょう!」

 みんな勝手に盛り上がってくれているみたいだ。
 絶望していた人達が元気になってくれるのはいいんだけど、その中心が私なのが……
 なんか涙を流しながら握手とかを求められても、コミュ障な私は引きつった笑顔で対応しかできないわけなんですけどー。みんな助けてー……


 こうして、あれよあれよと言う間に私はこの世界を救う救世主。
 そしてハル達七人は聖女に選ばれた勇者として、その存在をすべての国々へと知らされる。
 冷戦状態だった国々も人のために手を取り合い、私達のための出立式を執り行う運びとなってしまった……

「どうしてこうなった……」

 私はなんか真っ白なドレスみたいな鎧みたいな装備をつけられて舞台の中央に座らされている。
 この服、露出が多いし恥ずかしいんだけども……
 見渡す限りの人、人、人、倒れそう……私……

「諦めなよナツ、お陰でみんな一緒にいられるんだし」

「魔王相手の喧嘩も悪くねーよ。親父も喜んで旅に出してくれたし」

「人々を脅かす魔王を捨て置くわけには行かない、自分の力、少しでもマキ殿に貸そう」

「私はマキちゃんとおられればかまへん、これでまた商会の価値も上がるし言うことなしや!」

「スワムホースに関わる情報は教会の最高機密、ミーもついていけば問題ナッシング!
 魔王退治のついでにマキっちの目的も果たしちゃいましょ!」

「帝国と王国がマキ君を中心に手を取り合う。流石だ……」

「ま、魔王とか怖いけど、マキさんを護るためにが、頑張る!」

 全員立派な装備をつけて私の隣に座っている。
 世間では聖女と七人の勇者ということで大盛り上がりだ。
 あの魔王の演説はすべての国々で行われて、その日から魔獣や魔物が大量に、そして活発に活動を開始し始めた。
 協力しあった各国は直ちに各地へと部隊を派遣して国民を一生懸命守っている。
 冒険者ギルドも今は傭兵的な立場で防衛に関わっているそうです。

 そして、それらの全ての旗印が私達……

「それでは聖女マキ様に一言いただきます!」

 司会の人がテンション高く私を呼ぶ。足が震える。立ちたくないよー。
 震える手をヘイロンがぺろりと舐めてくれる。
 ヘイロンを優しく撫でると、不思議と震えは治まった。
 マイク型の魔道具の前に立ち周囲を見渡す。
 この会場には帝国の皇帝、教国の教皇、共和国の代表たち、王国の王全てが集まっている。
 完全に場違いだ……

 しーらない。

「えー、本日はお日柄もよく、このような場で挨拶をさせていただくのは大変に緊張いたしますが。
 精一杯がんばりますので皆様暖かく見守ってください」

 しーん。 ああ、滑った。

「聖女様が自分たちに任せて、見守るだけでいいと力強く宣言してくださったぞ!!」

「なんという余裕に満ち溢れた言葉……」

「人間は救われた! 聖女と勇者に幸あれ!!!」

 ドワァァァァっと歓声が広がっていく。
 勝手に言いように解釈してくれて助かったよ。ふぅ。

 それから各国の王と固い握手をして私たちは旅立つ。

「まずは、スワムホースへの道を開くと言われている四つの神器を探すのデース!
 最初の神器はサウザンドリーフ王国、霊峰ソウ山!」

 ビシィ! とポーズを決めるリッカ。元気だなぁ……
 こうして私の魔王を倒す旅が始まるのでありました。


 

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