God Darling

豊永彼方

第4話 常識はずれ

「はぁ、はっ……はあ……クソッ…」
「動きは悪くない。あとは体を締めることだな。殴りかかるときに脇を広げすぎだ。脇はこう、締めて振る。分かるか?」
「……ン、分かる……」
「……ふ、まあ、初めてにしては上出来だ」
「……るせーよ。余裕綽々なくせして」

 結果から言うと、負けた。ボロ負けだ。『ナメんな』何て言っておいて、全く歯が立たなかった。分かっていたけど、辛い。悔しくて、涙が出てくる。それを腕で押さえて、寝転がりながら深呼吸をする。

「……次、魔法の訓練、か」
「ああ、そうだな。寝るなよ」
「誰が寝るかよ」

 『前の訓練で疲れたから』なんて理由の言い訳はしたくない。するだけ無様になるだけなのだから。ばっと起き上がってクルトのいる魔法訓練部屋(今適当に名付けた)に走って向かう。ショーヤがバタバタと走り回るのは今日初めてだから時々ひょっこり頭を出す人達(いや、神達?)がいるけれど、今日から忙しくなるっていうのを忘れないでいただきたい。

「あら、遅かったじゃない」
「はあっ……はぁ、少し、手間取ってね」
「……ふぅーん、そう。まあ、いいわ。始めるわよ」
「……ふっ、はい……」
「まずは………初級魔法の召喚魔法からね」

 …………あぁれれ~?召喚魔法って確か上級魔法って聞いたんだけど。つーか、アンタもそう教えたよな?何で初級魔法になってんのー!?

「どうしたの?そんな馬鹿みたいな百面相して」
「……へ?あ、いえ………何を出せば?」
「そうねぇ……一つだけ言っておくわ。魔法はイメージ勝負よ。んじゃあ………龍ね。貴方の思う龍を出してごらんなさい」
「………はーい」
「返事は伸ばさない」
「…………はい」

 俺の思う“リュウ”、か。なら龍でもドラゴンでもいいよな?なら、リュウって言ったらあれだろ。炎を出す………

「出ればいいな………炎竜サラマンダー!」
『グウォオオオォォォァアア────!』
「あら、まさか炎竜を出すなんて」

 目の前を大きな叫び声を上げて空を飛び回るのは緋色の鱗を持った竜。イメージのみでこんなにもリアルなドラゴンを造り出したのが自分なんて………とても信じられない。目の前の竜を見つめていると、竜がショーヤの方を睨んできた。そしてそのまま突進してくる。

「うわ……どーすれば……?」
「ちゃんと自分で対処しなさいよ~?」
「わかってますよ」

 その間もドラゴンはすごい勢いで飛んでくる。ビビって動けない、とは言わないが、対処に困る相手を呼び出したもんだ。と軽く嗤って見せる。

 (炎が相手ならこっちは“水”かな)

「喰らえッ!プロッシア!んで、氷点下《ソット・ロ・ゼロ》」

 プロッシアは水を生み出す魔法だ。それを何百倍も大きくして竜を包み込む。そして氷点下《ソット・ロ・ゼロ》という魔法は周囲を銀世界にするという氷結魔法だ。つまり、炎竜サラマンダーを包む水を凍らせたのだ。そして、最後にトドメをさす。このままではドラゴンが動き出すだろうから。

「これで最後だぜ。せめて、綺麗に散りな光矢ルーチェアロウ雷矢トゥウォーノアロウ

 直径二メートルの光の矢、雷の矢を複数生成し、ドラゴンのいる氷塊へと放つ。たちまち氷塊は砕け散り、矢はドラゴンに突き刺さった。炎竜サラマンダーは悲鳴を上げながらも重力に従うように落ち、地面に衝突する前に灰になって消えた。ショーヤはそれを見届けてから小さく息を吐くと、パチパチと拍手の音が鳴った。

「……なんですか」
「何かしら。私は正直に称賛しただけよ?まさか炎竜を出してそれを自分で倒すなんて、ね。これは私も予想外だった。訓練内容を考え直さないといけないわ」
「……それは、どうも」
「(本当に予想外だわ。倒すことはおろか、本来なら魔力がもたないのに。ショーヤは何もなかったかのようにピンピンしてる)」

 魔法はイメージ勝負。それがこの世界での基本だ。ショーヤは自分が呼び出した炎竜を『弱い』と思っていた。もしもの状態を仮定して何発も魔法を発動したが、それがオーバーキルであることを理解していた。それをショーヤは呼び出すときにリアルなイメージを描いていなかったからだと思っていた。“それ”が勘違いであることに気づかずに。呼び出すときに魔力をいかに込めるか等で力が変わってくるのも事実だ。しかし先程の炎竜は違った。ショーヤは呼び出すときに無意識にでも魔力を十二分に込めていた。しかし、炎竜が負けた。これは本気の炎竜が三歳児に負けたということになる。
 前代未聞の出来事に、神狐のクルトは少し、驚いていた。クルトは呼び出すことはおろか、倒すことも出来ないと思っていたのだ。それが、普通なのだ。誰が、三歳児が炎竜を呼び出し、手子摺ることも、助けを求めることもせずに炎竜をオーバーキルで倒すことが出来ると思う?これは、会議が必要かもしれない、と感じたクルトであった。

「……?クルト、次の訓練は?」
「え、ああ。そうね。次は……召喚魔法よ」
「………また?」
「次はさっきのとは少し違うわ。さっきの炎竜は知らない段階での呼び出し。次は知っているヤツを呼び出すのよ。……そうね、クロードがいいかしら。面倒が起きなさそうだもの」
「……クロードを、呼び出せばいいのか?」
「そうよ。ただし、魔力のみでね」
「……魔力、のみ…………」
「(今度のは出来ないはずよ。さっきのはただの竜。今度は神龍だもの)」

 クロードを、魔力で呼ぶ。俺の予想が正しければ魔力がクロードに勝って強引に引っ張ってくるようじゃないときっと呼び出せない。なら魔力を高めないと。………その前にクロードの魔力を探知しないと。……今は、クロードの部屋、か。なら目的地をそこに絞って、魔力を高める。

「(嘘、でしょ!?ショーヤの魔力が凄い勢いで上昇していく。この私が気圧されるなんて)」

 よし、これなら出来るはずだ。呼べる。

「来い……ッ!神龍、クロード!」

 そう、ショーヤが叫んだ瞬間。目の前の空間が歪み始め、瞬きをした一瞬でその歪みが黒く染まった。

「………ん、なんだ?」
「………や、やったあああぁぁぁ!成功!」
「ああ、召喚魔法、か?」
「嘘、本当に呼び出せるなんて……」

 既にこの状況がカオスである。喜び跳ね回り叫ぶショーヤに状況がイマイチ掴めていないクロード、目の前のことを信じられないクルト。そこにハクアが加われば笑い転げる美人が増える。しかし、ここにいる人達、全員美人である。系統は異なっているが。男前なイケメンのクロード、儚く美しい雰囲気漂うクルト、そして幼く可愛らしい容姿のショーヤ。ちなみにショーヤは前世の福山翔哉ふくやましょうやの幼少期と変わっていない。恐ろしいものだ。

「ショーヤ、貴方、体調の変化は?何もないの?」
「……ん?体調…クロード呼べたことですこぶる快調だよ!」
「クルト、ショーヤは元々魔力が多くあった。……平均、通常なんてものは恐らくショーヤには通じないのだろう」
「……そうね。イレギュラーなこの子を、平均という括りでしか見ようとしなかった私の落ち度ね」
「それが普通だし、間違ってなどいない。ただ、この子は特別な子。探り探りでいいんじゃないか」
「クロード?そーいや、クロードの体調は?無理矢理引っ張ってきたけど」
「……フフ、ほら。この子は自分よりも他を気にする子だ。十人十色、色んな目で見ていけば良いのだろう。………平気だ。お前の魔力が俺を包んでくれたからな」
「ふーん、そーなんだ」

 そのとき、突然眩暈がショーヤを襲って、闇が意識を覆った。その瞬間、ショーヤの幼い体は地に倒れた。


 目を開けてみればいつぞや見たような真っ暗な空間。後ろを向けば、女神のような女性が。

『お久しぶりです。私を、覚えていますか』
「あ……唯さん、だっけ」

 唯さんは喜んでいるように顔を綻ばせた。

『覚えていただき、嬉しいです。今回貴方をここに呼んだのは、ようやく魔力が安定したからです』
「魔力……俺の?」

 ショーヤが今の家に来たばかりは魔力が安定せず、よく擦り傷や切り傷等をわざと作って魔力を体の外に出すことで調整をしていた。もちろん、神様たちにはたまたまそうなってしまったように言っている。

『ええ、先程。きっと魔法を発動させたことで安定しているのでしょう。今回は、貴方の未来さきについて、話に来ました。今更ですが、私の役目は貴方たちでいうナビゲーションです。困っていることは何でも聞いてください。……これは、私の分身のようなものです』

 そう言って指差したモノは、妖精のような見た目をした男女だった。嫌味のようにこの妖精たちも顔が整っている。手の平サイズだが。色も様々だ。赤、緑、青、茶の四体。

「俺はサラマンダー。炎を操る精霊だ!」
「サラマンダー……?炎竜と同じ?」
「なッ!アイツと同じにするな!確かに同じ名だが、全然違う!」
「はあ……」

 サラマンダー、赤い精霊だ。

「私はウンディーネです。水を操ります」
「はあ、よろしくお願いします…?」

 ウンディーネ、青い精霊だ。

「アタシはシルフ。風を操るわ」
「よろしく……」

 シルフ、緑の精霊だ。

「ノーム……土、操る」
「……よろしく、お願いします……」

 ノーム、茶色の精霊だ。
 感じたことは一つ。個性的だな!?こいつら!知ってたけど。サラマンダーとか、聞いたことあるけど!ゲームの中の精霊だろ!?何でここに………あ、そうか。何でもありなゲームの世界、みたいな場所なのか。ココ。

『すみません、突然で。そして、未来のことですが、貴方が十歳になったら、フィレンツェ国のギルドに加入し、冒険者になってほしいの』
「フィレンツェ……ギルド、加入……七年後だし、まだまだ先の事じゃ……」
『いえ、七年なんて、あっという間です。………私は、百年間も……』
「ん?なんか言ったか?」
『いいえ。兎に角、お願いしますね』
「んぅ……ま、分かったよ。十歳にフィレンツェでギルド加入、ね」
『はい。……では、またいつか』

 今度は、唯さんが消えた。前は俺が消えた方だと思ったんだが。そのまま十分ぐらい待っても現実に帰れない。

「……どーしよ……俺、暗所恐怖症なんだけどな」

 口では軽く言ってみるものの、顔は真っ青だ。しかも体は小さく震えている。周りは真っ暗で、精霊たちもいなくなったようだ。時間が経っていく度、ショーヤの震えは酷くなっていく。

「……けて。誰か、助けて……ッ、クロード!クルト!レイ!ハクア!………誰かァ、助けてよぉ………」

 もう、いっそのこと狂いたい。なのにこの闇は狂うことすら許してくれない。不思議な、気味の悪い闇になっていた。唯がいたときは優しく身を包む闇だったというのに。

「……ッは、誰か、誰か……俺が、俺が悪いの……?出してよ……俺が何したってんだよ!」

 ショーヤは顔を真っ青にし、頭を振り回し、体は震え、目からは気づかないうちに涙が溢れてきていた。今まで誰も見たことが無いほどに、ショーヤは闇に怯えていた。

「そ……そうだ。魔法……魔法を上手く使って……あれ、なんで?つかない……」

 ここは安全予防のために、魔力を遮るようになっていた。それが、この闇なのだ。当然、それにショーヤが気づくわけもない。

「誰か……出して……助けてよ……」

────バキィ……ッ!────

 突然、ヒビの入るような音が聞こえた。それが、ショーヤには天からの助けのように思えた。ショーヤは必死に音の方へと這いずっていく。長い闇に腰が抜けていたのだ。

────バキィ、バキィッッ!────

 闇が壊れ、光が射し込む先には人のシルエットが見えた。そのサイズは小さめで、けれど今のショーヤよりは大きめの、子供だった。

「……ん?人……?なんでダークホールの中に人が……」
「……たす、けて……」

 目の前の子供はショーヤの存在に訝しみながらも、腰の抜けたショーヤを抱き上げて、闇から助け出してくれた。涙に濡れる目で見る限り、恐らく小学生程度の年齢だろう。

「お前……名前は?」
「俺、ショーヤ」
「そうか、俺はリオンだ。お前、なんであんなところにいたんだ?」

 俺、と言っているから目の前の子供は少年なのだろう。リオンは優しく、不器用に微笑みながら聞いてきた。

「なんで……呼ばれたから。唯さんに」
「ユイ……?知らないな……お前は何処のヤツだ?」
「俺は……ニルヴァーナ……」
「ニルヴァーナ!?あの神々が住まう国って噂の?……俺はフィレンツェだ。ココもフィレンツェ。なんで数十キロも離れた国から……?」

 リオンは思案に耽っている表情だったが、ショーヤにとっては命の恩人のような人だ。恩返しがしたい。

「あの、助けてくれてありがとうございました」
「ん?ああ、いや。たまたま見つけた罠をぶっ壊しただけだから。………ああ、なるほどな」
「へ?あの、なるほどって?」
「罠の意味。お前が入っているだけじゃ罠にはならない。アレは罠じゃなくて褒美だったんだ。……お前、アレ開けたのが俺で良かったな」
「……え?……え?」
「フッ……アレ開けたのが俺じゃなかったら、お前すぐに食われてたぞ」

 食われる……ボリボリと?死んでたってことか。……なんでそんなにすぐに俺は死にそうになるんだ。解せぬ。しかし、それを思うとリオンに助けてもらって良かった。俺はもう一回は死んだからな、しばらくは死ななくていい。というか、死にたくない。

「おかげで、死ななくてすみました。ありがとうございます」
「死……?ああ、お前、ウブなんだな。そっちじゃねえよ。性的に食われるか、奴隷にされるか。どっちか」
「性的に……?嘘だろ、童貞も卒業してねえのに処女喪失は嫌なんだけど」
「……お前、ウブなのか、それともバカなのか、どっちだ……?」

 リオンはいつしかげんなりした顔をしていた。なんか悪いこと言ったか、俺?
 そろそろ帰らないと、カミサマ達も心配しているだろう。肉体がここにあるってことはあっちには何もないってことだし。それに、帰るには方法が一つだけあるし。

「んじゃあ、俺はそろそろ帰ります。リオン、またいつか」
「は?帰るって………何キロあると思って……」
「来いッ!クロード!」
「………ショーヤ?ここは?」

 恐らく本日二回目召喚魔法、成功。無事クロードを呼べたが、先程と違いここは室内では無いため、場所を特定しかねるらしい。

「……フィレンツェ、ですけど。アンタら……一体何者?」
「ニルヴァーナの住人Aだな」
「……よくわからんが、俺は多分Bだ」
「いや、クロードは神龍なんだろ?」
「神龍……噂は本物だった、か」
「じゃあ……またな」
「………ああ、また」

 クロードは空気を読んで姿を変え、真っ黒な龍となった。ショーヤもクロードのその姿は初めてみたため、リオンと一緒に目を見開いていた。思い返してみれば今まで同居人たちの本来の姿を見たことが無いことに気づいた。そんな思考を傍らに、クロードの背へと跨がる。

『しっかり掴まれよ。落ちるからな』
「わっ……わかってるよ!」

 クロードは勢いよく空へと飛び、うねうねと空を切っていく。けっして遅くも速くも無かったが、頬を撫でる風が気持ち良かった。


 ニルヴァーナのあの家へと帰れば、皆が凄い勢いで抱きついてきた。そして、クロードもヒトガタに戻り、うっすらと微笑んで口をそろえた。

「「「「おかえり」」」」
「………~~~~~ッ、ただいまッ!」

コメント

  • 瑞樹の相棒ヤゾラっち

    全く話がわからない登場人物も誰が誰でどういう役割なのかわからないというより分かりにくい

    0
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