God Darling

豊永彼方

第1話 死亡と新たな生

 冬の朝──つまり今日は空が真っ白に染まり、いや、空だけでなく地面も白銀に染まっていた。そして追い討ちをかけるかのように強く木枯らしまでもが吹いている。そんな中、雪を踏み潰すかのようにしっかりと足を踏みつけて歩く少年がいた。少年は制服姿でコートは着ていない。けれど、マフラーとマスクは装備していて、両手は制服のポケットに突っ込んでいる。だからこそ足場をしっかりと踏みつけて歩くのだ。

「…あー、さび……ったく、早く春来いってんだ」

 少年──福山翔哉ふくやましょうやはぼそりと呟くも、現在は12月上旬。まだまだ春は遠いのである。翔哉はマスクを着けているが、マスク越しでも白い息が見えるくらいだ。しかも、朝は特に寒いというのに、更に雪まで降っている。というか、吹雪いている。視界の状況も最悪だ。

「はあ、こんなん車来ても見えねえだろうが。下手したらお互い気付かずに死ぬぞ…?」

 そんなことをポツリと溢す。連日の大吹雪で精神的にも参っているのだ。
 しかし、不安で溢した内容は、哀しくも現実となってしまった。十字路に差し掛かったところで、急に明るくなり、とても大きな音が響き渡った。

 (っえ、嘘、だろ……?俺、宙飛んでるよ。体、動かねえ、けど。)

 翔哉は衝突してきた車に跳ね飛ばされ、宙に浮いていることを自覚した直後、地面に落下した。体は動かなかった。呼吸をすることが辛くて、頭も痛くて、目の前が霞んでくる。翔哉は泣いていた。子供が癇癪を起こすようにでも、大人が怒りや感動で涙を流すのではなく、ただ、痛みと恐怖に怯えて、表情も作れずに呆然とボロボロと涙を流し続ける。
 痛い……怖い、死にたくない。まだ……まだ生きたい。どうして、どうして、俺が死ななければならない?俺が何かをしたか。平凡に生きてきた俺が。母さん、父さん、裕実ゆみ、ごめん。俺は親不孝な息子で、妹不孝な兄だ。でも、出来れば許してほしいなぁ。そして、俺の彼女いない歴=年齢=16歳。そして童貞というある意味立派な歴史ともサヨナラだ。……こんなときにアレだが、俺は顔も、頭も運動も完璧だったと思う。学校でも問題は起こしていなかったし。なのに、何故俺は全くモテなかったのだろう。ゲイでも無かったのに……。

「それ、だけ、は……気に、な、る………」

 その言葉を最後に、福山翔哉は息を引き取った。

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▲▼▲
 ───オギャア!オギャア!───
 ん…何だ?騒がしいな、赤ん坊の泣き声?
 ───ンギャアァ!ンギャアァ!───

 (ん?なんか、声近いな……というか、俺は今どこにいるんだ?)

 目を開けると、天井は白一色の綺麗な壁だった。その事実にここが病院という可能性が上がり、興奮する。

 (俺ッ、生きてるかも!?)

「オギャアアァァァアア!!」

 赤ん坊の泣き声が俺の感情に比例して大きくなる。体の感覚から嫌な予感がして、動きにくく、重いと感じる体を必死に動かし、手のひらを自分の目でしっかりと10秒は見つめた。それから指を開閉ニギニギしてみたり自分の頬をつねってみたり。その結果、赤ん坊の泣き声の正体が俺であることに気づいてしまった。
 いや、死んでしまうよりは赤ん坊から新たな生を歩む方が良いに決まってる。
 どこか自分が自暴自棄、所謂自棄糞になっている気がするが、気にしない。細かいことを気にしたら俺はきっとマトモには生きていけない。

 (でも、本当にここは何処なんだ?)

 赤ん坊の泣き声が自分であることを理解してからは意識して泣かないようにしている。けれど、別に気を抜けば泣きそうになるとか、そんなんではない。ただ、衝動を理性で抑え込んでるだけで。
 あれから必死に首や目を動かすと、この部屋に自分以外の人がいないことに気がついた。そして誰かが来そうな気配もない。部屋の中は一面白一色で、どこか気味が悪くなってきた。しかも腹まで空いてきたからじわりと涙が浮かんでくる。そこでもう自分の理性が限界であることを悟った。

「もぉ、はりゃへっちゃァ!」

 ………え?今俺、「腹へった」って言ったよな。「オギャア」とか赤ちゃん語じゃ無かったんだけど。え、なんで?俺が理性で押さえつけてから初めて喋ったから?ま、いいや。喋れるのならどうでもいい。動けずとも助けを求めることが出来る。声は子供らしく高く、呂律も回っていなかったが。

「だりぇか!たしゅけてくだしゃい!おにゃかがしゅいちゃんでしゅ!」

 ………うーん、中身16の男がこれを本気で言っているとすると、とてつもなく恥ずかしい。さ行とら行、時にはた行までもが言えなくなる。……いやいやいや!赤ん坊にしては中々上出来だ!流石俺!

「……………」

 ダメだ、これ。とてつもなく虚しいし淋しいしで涙が出てくる。
 けれど、腹が減って目の前が霞んできた。え、俺死んで生まれ変わってからすぐに死ぬわけ。嫌だ、それだけは絶対に、嫌だッ!
 別の意味で涙が溢れ出てきたそのとき、今までびくりともせず、音もしなかった扉が急にがちゃりと開いた。その音に俺の体はびくりと震え上がり、嗚咽まで溢れ始める。
 アァー、恥ずかしいわ。大きくなったら黒歴史になるヤツだ。うわーんっ、もう誰なんだよ!?誰でもいいから早く俺に飯を頂戴!出来れば肉がいい!

「……これは、なんと美しい子供だ」

 俺の嗚咽以外静かなこの空間から新たな声がした。その声は低く、多分男。きっと俺のすぐ傍にいるであろうその人に好奇心が膨らみ、いつの間にか強く瞑っていた目をそろりと開く。目の前にいたのは黒髪短髪、そして金の瞳に猫のような鋭い瞳孔を持っている美青年がいた。つまりは不思議なイケメンだ。
 何が「美しい子供」だよ。あんたの方が十分綺麗じゃんか。

「子供、名はあるか」

 名前はある。福山翔哉ふくやましょうやという16年間共に過ごしてきた名前が。でも、それは前世の名前だ。前世の『福山翔哉』は車に跳ねられ、死んだ。今の俺は『福山翔哉』としての記憶も経験もあれど、『福山翔哉』ではない。

「ん、あ。……にゃい、でしゅ」

 質問には答えなければッ!といういつもの精神で返事をした。いや、してしまった。
 今の俺は赤ん坊で、言葉なんて喋れるはずが無いのに。
 初っ端からやってしまった失敗に体はぶるぶると震え、血の気が下がり、上目遣いで彼を見上げてしまう。彼は驚いたように目を開き、じっと見つめられていた。

 (……や、やめろぉ!俺には男なんて対象外なんだぁ!)

 じっと見つめられて数十秒、トチ狂ったことを思い始めたとき、ついに彼が動き出した。

「俺は、クロードだ。お前が良ければ、俺にお前の名をつけさせてはくれまいか?」

 なるほど、この人の名前はクロードさんって言うのか。

「…えと、おにぇがいちましゅ。こにょままだと不便にゃにょで…」

 うわ、赤ん坊になって初めてはっきり言えた言葉が『不便』って……どんな子供だよ。俺だけど。多分息の出し方とかそういうのが単純なんだろうな。
 クロードさんは俺が許可を出してから右手の指を某名探偵の癖のように顎に当てると、集中してるのか再びじっ…と俺を見てきた。いくらこの人が俺のためにつけようと真面目に考えているとは分かっていても、こんなに綺麗な人に見つめられたらドギマギする。俺男だけど。

「……ショーヤ、ショーヤなんて、どうだろうか」
「えっ?」
「……良くなかったか?」
「ぅえ!?あ、いいえ……」

 『翔哉』は俺の前世の名前。まさかここでその名前が出てくるとは思いもしなかった。まさか、俺のことを知ってる────?いや、まさか。俺の知り合いにこんな美形は存在しない。これも、何かの巡り合わせなのだろうか。

「そりぇが………ショーヤがいいでしゅ!ありがちょうごじゃいましゅ、クロードしゃん」

 うっ……呂律のせいで空気が全く締まらない。それがムカムカイライラとしてくる。今まではしっかりと話せていたのに。こっちに来れば呂律の回らない舌。イラつきすぎて今すぐこの舌噛みきってやろうかと思ったぐらいだ。

「ふっ…喜んで貰えたようで、何よりだ。それから、敬語も敬称も必要ない。気楽に呼んでくれ。ショーヤ、急ですまないが、俺と共に来てもらう」
「…えっ?、あの……く、クロ…?………わっ!?」

 クロード改めクロに確定のように告げられ、動揺したそのとき、クロが優しく俺を抱き抱えた。急な高さの変化にビクッとしたが、クロに優しく撫でられると何故か気分が落ち着いてきた。そのまま睡魔が俺を襲ってきてウトウトと眠くなってしまう。

 (ほら、赤ん坊は寝るのが仕事だから)

「眠いのか?……案ずるな、安心して眠れ」

 クロの優しい声に更に深い微睡みまでに引きずり落とされ、動き始めたことを理解した次には既に俺は夢の世界へと飛んでいっていた。

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