「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百九十七話 更なる強さ

 翌日から、ヴォルムは魔物狩りの際に食べることを念頭に戦うようになった。あまり雑な殺し方をすると可食部位が減ってしまったり、美味しく食べられなかったりするからだ。強くなるために美味しさは関係ない。とはいえ、できる限り美味しく食べたいと思うのが人間の性だ。以前は腹に入れば食べ物なんてなんでも良いと考えていたが、それなりに美味しいものを食べ、作るようになった最近では食の喜びや楽しさを理解してきた。それに、せっかく図鑑にいろいろと情報が載っているのに、それを無視するというのは先人の研究を踏みにじるような気がして嫌だったのだ。
 それに、気を遣って戦うことで得られる恩恵は食に関することだけではない。制約のあるなかで戦うストレスや、武具の精密な操作が求められる場面が戦闘面での成長にも役立っているのだ。ヴォルムの武器さばきがどんどん上達していくのはもちろん、リフィルの魔術の操作も精度が上がっていて、今では十メートルくらい先の的ならば正確に中心に当てられるようになった。元々、動きが良かったのもあり、今では近接も遠距離も戦い分けられるようになっている。頼もしい限りだ。

「今日のはどんな効果が得られるんですか?」
「目が強化されるみたいだな。魔力を込めることで普通は見えないようなものや場所まで見えるようになるらしい」

 今日、狩った魔物は大きな鷹のような魔物だ。はるか上空から地上の獲物を捕捉して、気付かれないうちに急襲を仕掛けてくるのが特徴的な生態で、それに必要不可欠なのが魔眼とも呼ばれる特殊な眼だ。魔力を込めることであらゆる能力が向上する眼で、単純に遠くが見えるようになるだけでなく、いわゆる動体視力が良くなったり、魔力や生命エネルギーが見えるようになったりするらしい。
 魔力消費があることを思うと常時発動させておくような能力ではないし、魔術と併用するのには大きなハードルがある。だが、これが使いこなせれば遠距離での戦いで大きなアドバンテージを得ることができるし、斥候としても優秀だ。あるいは、煙幕などで急に視界が奪われるようなことがあったときに、魔力を見ることで相手の位置や動きを把握することもできる。分かりやすく便利な能力なのだ。

「……私も、食べてみたいです」

 そんな鳥をヴォルムが食べていると、リフィルがその肉に興味を示した。今までは魔物を食べるのに抵抗があったのか狩りに協力はしてくれても一切その肉を口にしなかったというのに、どういう心境の変化だろうか。

「無理に食べなくても良いんだぞ。別に美味しいものでもないし」

 これは別に、ヴォルムが独り占めしたいから言っている意地悪ではない。食べることを目的に育てている畜産と比べて、野生の魔物の味が落ちるのは当たり前のこと。更に、その上で特殊な手順を守って狩りをしなければ食べられなかったりと、食用にするには欠陥が多すぎるくらいなのだ。それをどうにか食べられるようにと調理しているだけで、味のレベルで言ったらそこらの屋台や寮で食べていたごはんよりも低い。今食べている鷹みたいな魔物だって、普段食べているような鶏肉の何倍も硬いし、臭い。それをどうにか香草で誤魔化しているだけなのだ。

「美味しそうだからって言ってるわけじゃありません。私も、強くなろうと思って」

 その言葉を聞いて、ヴォルムは一度食べる手を止めた。それからリフィルの方へと向き直る。

「最初はどうしても食べられないなって思っていましたし、今でも虫みたいな魔物はちょっと抵抗があるというか食べたくないですし、たくさん能力を得て人間をやめる覚悟もできていないんですけど、その、今日のは言ってしまえば鳥ですし、能力も私向けみたいだし、食べられないこともないかな、って。それに、能力を手に入れたヴォルムさんがそれを使いこなしているのを見ると、私もこんなところで足踏みしていられないなって気持ちになるんです」

 リフィルのまなざしには力がこもっていて、明確な意思があった。強くなりたい。それはヴォルムも願ったことだから分かる。リフィルの言っていることに偽りはない。
 だが、以前もリフィルの口から「強くなりたい」と聞いたときに疑問に思ったことがあった。魔物を食べるつもりならそれを否定するつもりはないが、食べる前にそれを聞いておかなければならない。そんな気がした。

「気持ちは分かった。食べたい魔物がいたら都度言ってくれれば用意しよう。でも、その前になんでそんなに強くなりたいのか、聞かせてくれないか」

 あまり言いたくないのか、質問に対してしばらく沈黙が続いた。リフィルの様子も困っているような、迷っているような、曖昧なものだった。

「……元々は、自衛のためでした。ヴォルムさん以外に頼れる人がいなくなってしまって、周りがみんな敵に見えてしまって、そうなったらまずは自分が強くないといつかどうしようもなく死んでしまうんだろうなって、そう思ったんです。教会から抜け出したことに後悔はありませんし、今では良かったとさえ思っています。考えてみると、結局は偉い人に対する信仰みたいなものでしたからね。それで、最近はそれなりに強くなってきた気がするんですけど、生命エネルギーを手に入れて強くなったはずのヴォルムさんはまだ上を目指している。そこでようやく、敵の強大さを思い知ったんです。一時期は諦めて町の観光をしていたんですけど、やっぱり諦めきれない。だから、強くなりたいんです。私は、ヴォルムさんと並んで戦えるようになりたいんです。いちいち気遣われて、無理しなくて良いぞって言われないくらいに強くなりたいんです」

 ポツリ、と話し始めたら止まらなかった。リフィルの口調はどんどん熱を帯びて、まっすぐに向かってきた。しかし、それだけ聞いても分からない。リフィルはなぜ戦いを求めるのだろうか。

「俺には復讐という目的がある。リフィルは、どうしてそこまでして戦うんだ? 俺にはずっと、それが分からないんだ」
「どうしてでしょうね。私にも分からないというか、分かっていても言語化できない部分なんです。ただ、こんなところでもうついて行けないと、離脱する自分が許せないのかもしれません。安心してください、そう簡単に諦めたりしませんから」
「いや、それを心配してるわけじゃないんだが……」
「何にせよ、心配は無用です。ずっと守られてるだけじゃ、私が強くなれないですから」

 はっきり言って、消化不良だ。リフィルの覚悟は伝わってきたが、結局、今回もそこで終わり。もっと踏み込んだ話をするつもりだったのだが、またはぐらかされてしまった。でも、リフィルは満足気な顔をしている。そこに水を差すのも気が引けるというものだ。
 ヴォルムは黙って魔物の肉を差し出した。

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