「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百七十七話 折れる

 結局、ロンが何をしたいのかは分からないまま、しかしいつまでも問いかけを無視することもできずにヴォルムは返事をした。

「俺の名前はヴォルムだ」

 途端、ヴォルムの声が聞けたことが余程嬉しかったのかロンの表情が一気に明るいものになった。

「ヴォルム! そうか、ヴォルムっていうのか! うん、覚えたよ。同じ力に目覚めた者として、よろしくね」

 勢いのあるその反応はどこか気味の悪いものであったが、それを表に出すことはできない。しかし、そんな事情をロンが知っているはずもなく、高いテンションのまま話は続けられた。

「うんうん、その調子で警戒も解いてくれたらもっと嬉しいんだけど、まぁ、そんなに都合良くはないよね。分かってるさ。さて、何から話そうかな。ヴォルムは聞きたいこととか、あるかい?」

 警戒を解かれるはずがないと自覚があるなら、まずはその気持ち悪い喋り方から変えたらどうなのか。ヴォルムが真っ先に考えたことはそれだったが、やはり否定的なことを言うのはまだ怖い。それでいて、ここまで来て無視もできない。そして、質問に対して本音の答えを返すのなら、ヴォルムは全てが聞きたかった。ロンがここに来た直接的な目的、力の正体についてのもっと詳しい話、力の手に入れ方や制御のし方、そして何より、ここから無事で帰る方法。

「まずは、あんたの目的が聞きたい。俺に会って、はい終わりではないんだろう? 何をするために来たんだ」

 その中からまずはロンの目的について聞いてみることにした。正直、それがよく分からないままというのが一番怖くて、有益な情報がどうとか言っていたけれど、そんなことよりも目的が明瞭にならないとまともに話を聞けるような気がしなかった。
 何せ、今のところロンが自分たちに――いや、この場合は自分に親切をするメリットがないのだから。あるとしたら、情報を先に出してその見返りに何かを要求するなんて手口が考えられるが、その場合差し出せるものが自らの身体か命くらいしかないヴォルムにとって最悪の事態になりかねない。しかし、それならば最初から力ずくで言うことを聞かせることもできるわけで、となるとやはり目的が分からない。本当に百年ぶりの同士に出会えたというだけで色々としてくれるつもりなのかもしれないが、追われる身であるヴォルムにはその厚意をそのままありがたく受け取るなんてことはできなかった。

「目的、かぁ……。うーん、なんて言ったらいいかな。継承? はなんか違うし、対話ってのもそうなんだけどそうじゃないって言うか、難しいな」

 それがはっきりしない限りはまともに話を聞くつもりがないことも同時に伝わったのか、どうにかして的確な言葉はないかと頭を抱えるロン。ちょっと待ってと言ってから数分、彼はうんうん唸りながら言葉を探しているようだった。

「えーと、まず、力に目覚める人がそもそも減っていて、君が百年ぶりの同士であることはさっき話したと思うんだけど、つまりはこの力について情報共有をする相手がいないまま、一人じゃこの力のことを理解できないまま死んでしまうんだろうなと思って、そうならないように手助けしに来たのさ」

 遂に口を開いたロンが言うにはそう言うことらしい。しかし、これをはいそうですかと信じられるほどヴォルムは純粋ではなかった。

「それだとお前にメリットがないように思えるが、つまりはただの厚意だって言いたいのか?」

 この問いは、言ってしまえば信用に足る答えではなかったと表明しているようなもの。ロンも簡単に信じてもらえるとは思っていなかったのか「まぁ、そうだよなぁ」と落ち込んでいる。

「実のところ、一から十まで厚意ってわけではない。それは認めよう。でも、基本的には新たな同士がわけも分からぬまま死んでいくのは可哀そうだな、って同情心からの働きかけではあるよ。それに、厚意じゃない部分は力について理解してからじゃないと頼めないことだし、強要するつもりもない。教えた代わりに、なんて頼みごとをするつもりもない。別件だ。メリットがどうとかについては、見返りを求めていないから……うん、ないね。君が頼みごとを聞いてくれるかどうかにかかってるとも言える」

 ここまでの話をまとめると、力を使いこなせるようになってからでないと頼めないようなことを依頼したいから、力についての情報を提供する。それについての見返りは求めない。同情心からの行いだから。その上で、別件として、まっさらな状態で依頼をする。受けるかどうかはヴォルム次第。
 その説明をするにあたって、下手に新たな情報を出してしまわないように気を付けていたり、打算的な部分があることを隠さなかったりしたことはなんとなく分かった。これは信じても良いのかもしれない。ヴォルムの中で、少しだけロンの信用度が上がった。

「いや、もうこれ以上は何も出ない! 何か話すとしたら色々と説明しなきゃいけないから……それだとダメなんでしょ? どうしたもんか、そろそろ話し聞いてくれる気になったりしてない?」

 戦闘力で言ったら圧倒的に強者であるはずのロンが、こうして弱々しく頼み込んでくる。状況だけ見たら胡散臭いことこの上ないが、ここまで聞いておいて、強くなれる手掛かりがあるかもしれないのに全く話を聞かないというのは勿体ないような気もしてきた。相変わらず胡散臭いことには変わりないし、完全に信用したわけではない。ただ、とりあえず話を聞いたから死ね、などとは言われないはずだ。頼み事とやらも、力を使いこなせれば問題なくこなせるレベルのものなのだろう。あるいは、本当に同士として認められるか、試験的なものなのかもしれない。

「……分かった、聞くか――」
「――本当かい!? いやぁ良かったよ。これで断られてたらただの怪しい奴で終わっちゃってたからね」

 それについては既に手遅れな気もするが、言わないでおく。さて、この選択が吉と出るか、凶と出るか。どうせ命を無駄に延ばしたって何もできずに死ぬのだから、危ない橋くらい渡ってやる。覚悟を決めたヴォルムが武器を下ろすと、長らく黙っていたリフィルがロンに声をかけた。

「あの……その前に、村の人たちがどうなったかを聞いても良いですか?」

 そういえば、そうだった。忘れていたが、ここに戻ってきたのは村の人たちを心配したからだったのだ。恐らくは村と敵対していた「鬼」であるロンが村を破壊したのだとしたら、リフィル的には色々と話が変わってくるのかもしれない。どうにか悪い方向にだけは転がらないように、ヴォルムには祈ることしかできなかった。

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