「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第五章 第百七十五話 リスク
水をかけて耐火性を高めた木製の的を狙って、リフィルが火の球を放つ。的の真ん中につけた印に寸分たがわず着弾したそれは潰れるように形を変え、広範囲に広がった。的や周りの植物に引火しなかったためすぐに炎は消えてしまったが、人の頭ほどの大きさの火球が飛んでいく様はなかなか迫力のあるものだった。
「ど、どうでしょうか」
相変わらず自信がないのか、恐る恐ると言った様子でリフィルが評価を求めてくる。答えるためにヴォルムは再度、炎を受けた的に目を向けた。
水をかけていたはずなのにそれがほとんど蒸発していて、一部が黒く炭化している。まだ熱が残っているのか白い煙が立ち上っていて、焦げ臭さもある。威力については十分、というか、はっきり言って予想以上だった。なぜそんなに自信がないのか、理解ができないほどだ。
「威力もあるし、狙いも正確だ。魔力の残量はどんな感じだ?」
「ごめんなさい、具体的にどれくらい残っているのかは分からなくて……。でも、まだまだ元気です!」
魔術を使いすぎて体内から魔力がなくなってしまうと、いろいろと身体に悪影響が出る。程度は人によって差があるようだが、吐き気や倦怠感、寒気や頭痛などと言った症状がみられるらしい。リフィルは特に変わった様子がないことからまだ魔術が使えると判断しているようだが、それがあと一発なのか、二発なのか、それともまだまだ力が有り余っているのか、それは外からは分からないし、本人も自分の限界を知らないとのことで具体的な数字までは割り出せないのであった。
「治癒系のは今すぐに試すことはできないから、いつか怪我でもした時に見せてもらおう。これだけ威力があればいくらでも使い道がありそうだ」
電撃と火球は人間や動物を相手にしたときの攻撃手段としてとても優秀だ。というのも、他の属性の攻撃魔術と比較した時に手軽にダメージを出せるのだ。水を飛ばしたりする魔術は、速度がないとただ水をかけるだけになってしまい、それが有効な相手でない限りはダメージを与えることができない。多少動きづらくはなったりするかもしれないが、それだけだ。直接命にかかわるような傷をつけるのは難しい。それに対して、電撃や火というものは触れただけでもダメージになる。特に水場での電撃や可燃性の物質があるところでの火は強力で、フィールドを利用した攻撃が仕掛けられるのも強みと言えるだろう。
リフィルの魔術は完璧ではないため、電撃は狙いが正確ではないし、火球は弾速が遅い。発動までに詠唱が必要なのも面倒で、咄嗟に攻撃をしなければならないタイミングでなら村で貸してもらった手作り弓矢の方が強いかもしれない。それでも、圧倒的な攻撃力という一点で使いどころがある。既に何通りも使い方を思いついている。ヴォルムの口が無意識のうちに弧を描いていた。
「それじゃあ、一旦戻るか……もしくはもうちょっと動きながら撃ったりしてみるか?」
「も、戻りましょう! まだ仕事が残っているんですから」
言われてみれば、柵を作らなければならないのだった。リフィルの魔術が想定以上のものだったから完全に頭から抜けてしまっていた。昼食もとりたいし、一旦村に帰ろう。そう決めて村に向けて一歩踏み出したそのとき、丁度真正面、前方から落石のような大きな音が聞こえた。次いで地面が揺れ、何事かと村の方を注視すると何やら煙のようなものが見えた。
村に何かがあった。そう理解した瞬間、脳裏によぎったのは「鬼」という存在だ。村の老人たちが放していた、この近辺に棲んでいる怪物。村の若者が退治、あるいは追い払いに行っていると聞いていたのだが、何かの間違いでここまでたどり着いてしまったということだろうか。
真相が何であれ、今村に戻るのは危険だ。村の人たちには申し訳ないが、今のうちに遠くへ逃げてしまおう。ヴォルムはそう判断してリフィルを連れて行こうとする。しかし、それより先にリフィルは村へ向かって駆け出していた。
「リフィル! 逃げるぞ!」
それを見逃すわけもなく、ヴォルムは呼び止める。当のリフィルは逃げると言ったことが余程意外だったのか、驚きを顔に貼り付けてこちらを振り返った。
「どうしてですか! 村に何かあったかもしれないんですよ! 行かないと!」
「だからだよ! わざわざ危険に飛びこむ必要がどこにある!」
ヴォルムの目的はこの村が抱える問題を解決することではない。戦場に戻り、仇を取ることだ。そのために力をつけることを当面の目標として動いているから、戦場へ最短ルートで戻るわけではない。とはいえ、寄り道をしていられるほど時間があるとも考えていない。戦場でヴォルムを生かした力が、命を削って得たものだからだ。
それに、危険に飛び込んで命を落としてしまったら、それこそ何のために生きながらえたのかが分からない。避けられるリスクは徹底的に避けるべきなのだ。
「素性の知れない私たちを入れてくれた村の人たちを見捨るなんて、私にはできません。逃げるならお一人でどうぞ。ここでお別れです」
説得したわけでもないが、リフィルの意思は固い。おそらくこのままヴォルムが何を言っても聞いてくれないだろう。力づくでも連れて逃げるか。それとも、リフィルの言う通りにここで別れるか。悩んでいる内に、リフィルは駆けて行ってしまった。
それを見て、咄嗟に身体が動いた。気付けばヴォルムはリフィルを追っていた。
「魔術が、惜しいだけだ」
そう言い訳をして、避けるべきと断じたリスクに飛び込む覚悟を決める。直後、身体能力の差からリフィルに追いつき、その身体を抱えた。
「ヴォルムさん!?」
「いつでも魔術を撃てるようにしておけ。いきなりの実践だ。気を抜くなよ」
戦闘を見据えて指示を出す。それを聞いて、リフィルはヴォルムが村に向かっていることを理解した。
「任せてください!」
腕の中で、リフィルの表情が明るくなる。対してヴォルムの表情は硬い。「鬼」という存在がどれほどのものなのか、全く見当がつかないからだ。せめて村の若者がどれくらいの戦力化分かっていたら予測もできたのに。情報不足を嘆いても状況が好転することはない。あらゆる可能性を頭に入れて、ついに村に到着した。
「これ、は……」
いくつかの家屋が潰され、燃えている。人が少なかったためか惨状、とまでは言わないにしても何かしらの災害の後のようになっている。これを「鬼」がやったのだとしたら、まずはその攻撃力に気を付けなければならないな。
そんなことを考えていると、前方に人影があることに気付いた。よく見ると、そこにはヴォルムと同じくらいの背丈の男が一人立っていた。筋肉質だが、それだけの平凡な男だ。
「お? もしかして君かな? うん、君っぽいな。いやー良かった、見つけられて」
平凡な男がヘラヘラと笑いながら近づいてきた。
来週の更新はお休みです。
「ど、どうでしょうか」
相変わらず自信がないのか、恐る恐ると言った様子でリフィルが評価を求めてくる。答えるためにヴォルムは再度、炎を受けた的に目を向けた。
水をかけていたはずなのにそれがほとんど蒸発していて、一部が黒く炭化している。まだ熱が残っているのか白い煙が立ち上っていて、焦げ臭さもある。威力については十分、というか、はっきり言って予想以上だった。なぜそんなに自信がないのか、理解ができないほどだ。
「威力もあるし、狙いも正確だ。魔力の残量はどんな感じだ?」
「ごめんなさい、具体的にどれくらい残っているのかは分からなくて……。でも、まだまだ元気です!」
魔術を使いすぎて体内から魔力がなくなってしまうと、いろいろと身体に悪影響が出る。程度は人によって差があるようだが、吐き気や倦怠感、寒気や頭痛などと言った症状がみられるらしい。リフィルは特に変わった様子がないことからまだ魔術が使えると判断しているようだが、それがあと一発なのか、二発なのか、それともまだまだ力が有り余っているのか、それは外からは分からないし、本人も自分の限界を知らないとのことで具体的な数字までは割り出せないのであった。
「治癒系のは今すぐに試すことはできないから、いつか怪我でもした時に見せてもらおう。これだけ威力があればいくらでも使い道がありそうだ」
電撃と火球は人間や動物を相手にしたときの攻撃手段としてとても優秀だ。というのも、他の属性の攻撃魔術と比較した時に手軽にダメージを出せるのだ。水を飛ばしたりする魔術は、速度がないとただ水をかけるだけになってしまい、それが有効な相手でない限りはダメージを与えることができない。多少動きづらくはなったりするかもしれないが、それだけだ。直接命にかかわるような傷をつけるのは難しい。それに対して、電撃や火というものは触れただけでもダメージになる。特に水場での電撃や可燃性の物質があるところでの火は強力で、フィールドを利用した攻撃が仕掛けられるのも強みと言えるだろう。
リフィルの魔術は完璧ではないため、電撃は狙いが正確ではないし、火球は弾速が遅い。発動までに詠唱が必要なのも面倒で、咄嗟に攻撃をしなければならないタイミングでなら村で貸してもらった手作り弓矢の方が強いかもしれない。それでも、圧倒的な攻撃力という一点で使いどころがある。既に何通りも使い方を思いついている。ヴォルムの口が無意識のうちに弧を描いていた。
「それじゃあ、一旦戻るか……もしくはもうちょっと動きながら撃ったりしてみるか?」
「も、戻りましょう! まだ仕事が残っているんですから」
言われてみれば、柵を作らなければならないのだった。リフィルの魔術が想定以上のものだったから完全に頭から抜けてしまっていた。昼食もとりたいし、一旦村に帰ろう。そう決めて村に向けて一歩踏み出したそのとき、丁度真正面、前方から落石のような大きな音が聞こえた。次いで地面が揺れ、何事かと村の方を注視すると何やら煙のようなものが見えた。
村に何かがあった。そう理解した瞬間、脳裏によぎったのは「鬼」という存在だ。村の老人たちが放していた、この近辺に棲んでいる怪物。村の若者が退治、あるいは追い払いに行っていると聞いていたのだが、何かの間違いでここまでたどり着いてしまったということだろうか。
真相が何であれ、今村に戻るのは危険だ。村の人たちには申し訳ないが、今のうちに遠くへ逃げてしまおう。ヴォルムはそう判断してリフィルを連れて行こうとする。しかし、それより先にリフィルは村へ向かって駆け出していた。
「リフィル! 逃げるぞ!」
それを見逃すわけもなく、ヴォルムは呼び止める。当のリフィルは逃げると言ったことが余程意外だったのか、驚きを顔に貼り付けてこちらを振り返った。
「どうしてですか! 村に何かあったかもしれないんですよ! 行かないと!」
「だからだよ! わざわざ危険に飛びこむ必要がどこにある!」
ヴォルムの目的はこの村が抱える問題を解決することではない。戦場に戻り、仇を取ることだ。そのために力をつけることを当面の目標として動いているから、戦場へ最短ルートで戻るわけではない。とはいえ、寄り道をしていられるほど時間があるとも考えていない。戦場でヴォルムを生かした力が、命を削って得たものだからだ。
それに、危険に飛び込んで命を落としてしまったら、それこそ何のために生きながらえたのかが分からない。避けられるリスクは徹底的に避けるべきなのだ。
「素性の知れない私たちを入れてくれた村の人たちを見捨るなんて、私にはできません。逃げるならお一人でどうぞ。ここでお別れです」
説得したわけでもないが、リフィルの意思は固い。おそらくこのままヴォルムが何を言っても聞いてくれないだろう。力づくでも連れて逃げるか。それとも、リフィルの言う通りにここで別れるか。悩んでいる内に、リフィルは駆けて行ってしまった。
それを見て、咄嗟に身体が動いた。気付けばヴォルムはリフィルを追っていた。
「魔術が、惜しいだけだ」
そう言い訳をして、避けるべきと断じたリスクに飛び込む覚悟を決める。直後、身体能力の差からリフィルに追いつき、その身体を抱えた。
「ヴォルムさん!?」
「いつでも魔術を撃てるようにしておけ。いきなりの実践だ。気を抜くなよ」
戦闘を見据えて指示を出す。それを聞いて、リフィルはヴォルムが村に向かっていることを理解した。
「任せてください!」
腕の中で、リフィルの表情が明るくなる。対してヴォルムの表情は硬い。「鬼」という存在がどれほどのものなのか、全く見当がつかないからだ。せめて村の若者がどれくらいの戦力化分かっていたら予測もできたのに。情報不足を嘆いても状況が好転することはない。あらゆる可能性を頭に入れて、ついに村に到着した。
「これ、は……」
いくつかの家屋が潰され、燃えている。人が少なかったためか惨状、とまでは言わないにしても何かしらの災害の後のようになっている。これを「鬼」がやったのだとしたら、まずはその攻撃力に気を付けなければならないな。
そんなことを考えていると、前方に人影があることに気付いた。よく見ると、そこにはヴォルムと同じくらいの背丈の男が一人立っていた。筋肉質だが、それだけの平凡な男だ。
「お? もしかして君かな? うん、君っぽいな。いやー良かった、見つけられて」
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