「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百七十話 安心

 とりあえずは安心して夜が明かせるのが分かったところで、二人は一旦眠ることにした。選択肢としては食料を少しでも探すことも考えられたが、いくら魔物が向こうから寄ってくる心配をしなくても良いと言っても夜の森は危険である。単純に足場は悪いし、もしかしたら魔物にこちらから寄って行ってしまうかもしれない。そうなったら退魔のまじないが無駄になってしまう。せっかく便利なまじないの効果があるのだから、それを活用しない手はなかった。
 そこで、さっさと自分の寝る場所を決め、こんなところで寝た経験のないリフィルのために落ち葉やら何やらでできるだけ快適な寝床を作れないかと画策していると、一つの質問があった。

「こういう時って、交代で眠ったりするのではないのですか?」

 確かに、外敵がいるような場所で休憩を取る時には見張り役を立てて眠るのが一般的というか、安全な方法ではあるのだが、色々と理由があって今回は二人で寝てしまうことにした。少し言いづらい内容ではあったが、ヴォルムは誤解を生まないようしっかりと答えることにした。

「まず、二人で見張りを回すってのが結構大変なんだ。夜のうち半分は起きていることになるから睡眠時間が短くなるのもそうだし、そこまでして守れるのは自分ともう一人だけだ。効率が悪い。それでいて今回は片方がリフィルだ。気配察知能力が優れているとは言い難いからな、悪いが労力の割に安心が得られない。無いよりはマシと言うかもしれないが、寝不足で翌日以降のパフォーマンスが落ちるのとどっちが良いかって話だ」
「それじゃあ、もし何かに襲われたらどうするんですか? 運が悪かったって受け入れるとは思いませんけど……」

 リフィルの懸念は理解できる。いくら退魔のまじないがあるからと言って、絶対に魔物が近づいてこないというわけではない。なんとなく嫌な感じがするから避けておこう、くらいの意識を魔物に持たせる程度の効果ですべての魔物を退けることは不可能なのだ。それに、ここで警戒しなくてはならないのは魔物ではなく人間だ。当然のように人間に退魔のまじないは効かないため、二人を探している人間がいれば普通に痕跡を追ってここに辿り着くことができる。そうなった時に二人して眠っていたら確かに危ない。殺されるか、そうでなくても拘束されることは間違いないだろう。しかし、それでも心配する必要はない。リフィルには理解の出来ない領域かもしれないが、ヴォルムには分かるのだ。寝ていても敵が近づいてきたことが。

「上手く説明はできない、というかきっと分かってもらえないと思うんだけど、寝てても大丈夫なんだ。敵が近づいてきたら分かる。戦場に長年いた俺のことを信じてもらえないか?」

 軍の中では割と当たり前だったこの技能も、一般人からしたら馴染みのないものだ。人間は自分が知らないものを受け入れるまでに時間がかかる生き物だし、こんな極限の状態とも言える場で根拠もないのにはいそうですかと信じてもらえるかは怪しいところだった。だが、リフィルなら信じてくれる。この短い期間のやり取りで、そう確信していた。

「分かりました。理屈は知りませんけど、要は安心して寝ていろってことですよね。不安があるとどうしても睡眠に影響が出ますから、疲れも取れなくなってしまいます。索敵の出来ない私にできるのは明日以降に備えてしっかり休むこと。それなら、全部任せて寝てしまおうと思います。実際のところ、ヴォルムさんが寝ているのか、それとも起きていて警戒してくれるのかは聞きません。どちらにしても明日以降の活動に支障がないと言うのなら、私はそれを信じます」

 そもそも、見張りを立てるものではないのかと疑問に思っただけでないならないで言うことはなかったと付け足して、リフィルはその場に寝転がってしまった。自らの腕を枕代わりに、目を閉じてもう眠っているようだ。意外と肝が据わっている。思いがけないところから元気をもらったヴォルムも、木の幹に寄り掛かるようにして目を閉じた。落ち葉を集めていたのは無視されてしまったが、言わないでおくことにした。

 森の中は朝になっても暗い。木々に朝日が遮られてしまうからだ。それでも外と時間の流れが変わるわけではない。朝は平等に訪れる。それを周囲の微妙な明るさの変化から感じ取ったヴォルムは、目を開けて今が大体どれくらいの時刻なのかを把握した。それから周囲を見渡して変わったことがないかを確認する。一応寝ている間に妙なものが近づいてくるようなことはなかったはずだが、ヴォルムの鋭敏なセンサーでも取り逃してしまうほどの何かがここで悪さをした可能性がないわけではない。そんな奴が追ってきているならその場で殺されそうなものだが、一応動き出す前に視認できるところに脅威がないのを確認してから立ち上がった。

「リフィル、朝だ、起きろ」

 それからリフィルの肩をゆすって起こす。本当に安心しきっていたみたいで、熟睡していたのが見て取れる。ここがどこで、何をしている最中なのかも忘れてしまっているのか、薄っすらと目を開けた後にふい、と向こうを向いてしまった。どうやらまだ寝足りないらしい。

「おい、そんなことやってる余裕はないぞ。教会から逃げてきたのを忘れたのか」

 それでも起きないリフィルに根気強く声をかけていると、五分ほどしてようやくこちらを向いた。

「…………ヴォルムさぁん? あぇ、ここは……えーと、おはようございます?」

 ヴォルムの顔を認識してからは色々と思い出してくれたようで、まだ完全に起きられてはいないが、身体を起こしてくれた。地べたで寝たからかガチガチに固まった身体をほぐすために動かしながら、これからの予定を確認した。

「昨日言っていた通りに村だか町だかに向かう。リフィルはそこに行ったことはあるのか?」
「いえ、位置関係的には隣町とも言えるんですけど、国境をまたぎますからね……必要なものがあれば国から仕入れるのが普通でしたし」
「まぁ、そうだよな」

 面識のある人が一人でもいるなら楽になると思ったのだが、そんな甘い話はない。味方によっては森の中で一晩明かすよりも不安の多い隣国の村。あるいは町。そこに向けて二人は歩き出した。

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