「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百六十六話 作戦会議

 ヴォルムたちは座り直して、今後についての話し合いをすることにした。議題はヴォルムの正体をいかにして隠すか。他にも話さなければならないことはあるのだが、差し当たって重要なのがこれだった。

「どうするか、って言ってももうバレてる気がするんだよなぁ……」
「それは、どうしてですか?」
「子供たちの反応的に」

 ヴォルムが考えていたのは、孤児院の子供たちのことだ。子供は純粋な目を持っている。また、大人のように目を瞑るということができない。孤児だからもしかすると一般家庭の子供よりは大人寄りの考え方をしているかもしれないが、見た限りではまだまだ小さく、純粋な子が多そうだった。
 最初にヴォルムを見た時にはリフィルの注意を受けても「おとこ」だ何だと言い続けていたし、一部の子は露骨に避けてくるし、孤児院に帰る時にも何かトラブルがあったようだった。取り繕わない本心が表面に出てくる。そう考えると、子供たちの言動はヴォルムが軍人であると明確に分かっていなくても、一般人ではない何者かであることには気付いていただろう。

「連れて帰る時も何か言われたんだろ?」

 ヴォルムの問いに、リフィルは言葉を詰まらせた。孤児院まで子供たちを送った後、戻ってくるのが遅くなった理由として内容まで語らなかった時点で本人には言いづらいことなのだろうし、そもそも子供たちが直接言ってこないのも妙だ。怖がられていたとすると、何を言われたのかはなんとなく想像できた。

「まぁ、何を言われてたのかは詳しく聞かないけど、人殺しだとか何とか言われていたんだろう。想像はできるし、間違ってもない。問題は、それが外部に漏れないかってことだ。何も知らない人が教会に人殺しがいるなんて話を聞いたら確実に噂になる。そしたら真実を確かめるために何かしらの措置が行われるのは確実だ」
「……確かに、そのようなことを言われました。それは事実です。でも、ヴォルムさんは悪人だから人を殺したわけじゃない。子供たちに言っても分からないのでしょうけど……」

 子供たちの鋭い観察眼は事実を見抜いたが、そこにある事情までは理解できない。その中途半端な理解でヴォルムが悪者にされているのが許せないのか、リフィルは心を痛めているようだった。
 それ自体はありがたい話である。自分のために心を痛めてくれる人がこの世にどれだけいるだろうか。しかし、子供たちに悪く思われるのを嘆いていられるような暇はない。今は時間が惜しいのだ。その上で、子供たちの認識を変えるのは困難であることから、原因を取り除くのではなく、どう対処するのかを考えるのを優先して考えることにした。

「それは仕方ない。それよりどう漏らさないかだ。簡単なのは孤児院から子供を出さないように閉じ込めてしまうことだが……」

 難しいだろう。ヴォルムはそう思ってリフィルの方を見た。予想通り、彼女は静かに首を振っていた。

「それは無理です。この町に孤児院が立てられた理由の一つでもあるのですが、この町はとても平和です。それこそ、子供たちが外で遊んでいても問題ないくらいに。だから、門限を決めて自由に外出ができるようになっています。言ってしまえば町全体で子供たちを見守っているわけです。一日二日ならまだしも、長い期間子供たちを閉じ込めておこうとしたら反発もあるでしょうし、町の人も気付きます。理由が説明できない以上、それは避けた方が良いでしょう」

 なるほど、魔法陣の設置など、暮らしやすい町でありそうなこの場所になぜ孤児院があるのか、ひいては孤児がいるのかと疑問に思っていたが、あの子供たちはそもそもこの街の住人ではなかったようだ。外から安全な地に連れて来られた者たち。その仕組みの良し悪しは一概にどうということはできないが、ヴォルムは安全な場所に子供を集めるというのは悪くないと思った。
 しかし、子供たちを閉じ込めておけないとなるとどう隠蔽するのかが問題になってくる。しかも外に遊びに行くのが日常で、町の住人との交流もあるのなら隠しきるのは不可能なように思えた。一応説得を試みる価値はあるかもしれないが、何をどうしたってヴォルムは軍人だ。無意識の内に戦いの中に身を置いたことによる影響が絶対に出てしまう。説得で全員を納得させられる自信はなかった。

「それを聞くと、やっぱりさっさと出て行った方が良い気がしてくるなぁ」
「ダメです。ヴォルムさんを匿っていたことがバレると私だけじゃなく、教会のみんな――いや、この町のみんなの命が危ないかもしれないんですから」
「なんか増えてない?」

 やはり、変なルールだ。もちろん、戦争しているのだから甘えは捨てるべきだし、となると違反者に罰を与えるのも考えとしては理解できる。ヴォルムが所属していた国でも戦時中にだけ適用されるいくつかの規則があって従わない者には罰が課された。価値観としてその仕組み自体に疑問はない。ただ、町全体を悪者にする――見せしめみたいなやり方はどう考えてもやりすぎだ。これに対して国民は納得しているのか、少し気になった。

「いや、まぁ良いや。ところで、リフィルはその規則についてどう思う。街のみんなはそれが普通だと思っているのか?」
「さっきも言った通り、私は良心に従って人を助けたのに罰を受けるなんてことがあってはいけないと思っています。でも、町の人がみなそういう考えを持っているとは言い切れません。もちろん疑問を抱いている人もいるでしょうが、皇帝の言うことを妄信している人も多いですから、自分に関係のないことだと表立って異を唱える人はまずいませんね」

 皇帝。この国を治める者だ。詳しい事情は知らないが、規則もこの皇帝が決めたことになっているのだろう。しかし、孤児院を平和な街に作れる国でこんなにも物騒な規則が制定されるのは少し妙だ。管轄が違うとか、代替わりしたとか言われればそれまでだが、それならばこの町ももっと荒れていてもおかしくない。妄信している人がいるくらいなのだから、影響力も強いだろう。
 違和感を覚えながら、ヴォルムたちはしばらく会議を続けた。


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