「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百六十五話 口論

遅くなってすみません。


 戦の神。ヴォルムには聞きなじみのない言葉だった。なぜなら、ヴォルムが今まで滞在してきた場所では神といったら全知全能の存在であり、頭に「戦の」なんて言葉を置いて分類をするようなものではなかったからだ。
 もちろん、各地で名前が違ったり見た目が違ったりと妙なことがあるものだと思ったこともあるが、今では地域が違えば名前や見た目が変わって伝わってしまうこともあるだろうとあまり気にしていなかった。
 しかし、もしかしたらそうではないのかもしれない。本当に神はたくさんいて、それぞれに役割があるのかもしれない。信仰心なんてものがないヴォルムの興味は、神の数が一なのか、そうでないのかという一点に絞られた。
 だが、それをリフィルに聞くことはできなかった。その手が震えていることに気付いたからだ。恐らく、ここが敵国だと言われた瞬間から、威圧的な空気を発してしまっていたのだろう。ヴォルムは敵地で孤立した軍人。状況的にも非戦闘員の彼女からしたら何をされるか分からなくて恐ろしいはずだ。質問に素直に答えてくれたのも、信頼関係がどうとかではなく答えなかったことで被害が発生するのを嫌がったからなのかもしれない。
 と、なるとこれ以上ここにはいられない。別にヴォルムはここの人間を害してまで情報を得ようとは思っていないし、留まってストレスを与えるのも本意ではないのだ。それに、考えようによってはここは敵地の真ん中とも捉えられる。そんな危険な場所に留まっているのは生命エネルギーの力で生き残った身としては本来避けたい状況でもあった。

「そう、か。分かった。それこそここにはもういられないな。すぐに出て行かせてもらうよ」

 ヴォルムは扉を開けて外に出て行くために立ち上がった。しかし、同時にリフィルも立ち上がり、意外にもヴォルムの行く手を阻むように扉の前に立ちふさがった。相変わらず恐れからの震えが止まっていない。

「ダメです。行かせませんよ。そんな顔をしている人を一人で送り出すことはできません」

 一体自分がどんな顔をしているというのか、言われるまでそんなものは意識していなかった。しかし、そんな顔と指摘されるくらいには酷い表情だったのだろう。ヴォルムは自分の顔をペタペタと触って確かめた。

「震えながら言われても、説得力がねぇな」

 触ったところで自分の表情なんて分からない。だからリフィルの震えを引き合いに出して、どけようと試みる。一歩前に出て近づいたが、それでもリフィルは退かなかった。

「第一、ここを出てどこに行くつもりですか。地理も把握できていないのに、外を出歩くのは命を捨てるのと同義ですよ」

 声だって震えている。それなのに、立ちはだかる彼女の眼には力強さがあった。有無を言わさぬ気概があった。ヴォルムは一瞬、その圧に負けてしまいそうになる。だが、すぐに反論の体勢に移った。

「それを言ったらここにいても変わらないだろう。敵地の真ん中にある教会。今のところは敵兵がここまで来るような気配はないが、いつ情報が漏れるかも分からない。危険度で言ったら同じようなもんだ」
「そ、それは……っ」
「そもそも、なんで引き留めるんだ。俺たちは戦争してるんだぞ。末端の市民にどこまで認識が共有されてるのかは知らんが、戦争ってのは殺し合いだ。俺だって、もう何人も殺してる。そんな奴、さっさと出て行ってほしいんじゃないのか? そんなに怖がっているのに、それでも引き留めるって言うのか?」

 一息に言葉を吐き出した後、しばらくの静寂に包まれた。お互いに何も言えないのに、立ち退くこともない。頑固だった。
 更に数秒――いや、数十秒か、もっとかもしれない。とにかく、長い空白を打ち破るように、リフィルが小さく呟いた。

「もう、手遅れなんです……」

 依然として、彼女の手は震えている。

「敵兵であるヴォルムさんを助けた時点で、私は罪人です。それがこの国の法律ですから。でも、私は目の前に困っている人がいたら、それが誰であろうと助け得るべきだと思います。だから、ヴォルムさんを助けたことを後悔していませんし、怖いのはヴォルムさんじゃない。国の方です。こんなおかしな法律があるこの国が怖いんです」

 自分がこうして生きている時点で、それが軍部にバレたらリフィルが罪人として裁かれる。それはおかしな話だと思った。敵国の軍人だと分かっていて助けたならまだしも、あの時も、今だってヴォルムは所属が分かるようなものを持っていない。もちろん、武器も持っていないから、素人からしたら何をしている人なのかなんて分かったものではないだろう。それを信念に基づいて助けたら罪だなんて、何かのトラップか。

「それで、俺をここから出さないつもりなのか」
「はい。私も国に貢献したいという気持ちはありますが、こんなことで死ぬのは嫌ですから、ここで匿って隠しきります」

 やはり、リフィルの目からは強い意思を感じる。しかし、意思が強かろうと、どうにもならないことだってあるのだ。

「本気でそんなことができると思ってるのか?」
「ヴォルムさんは私に助けてもらった恩がありますから」

 力で押し通されたら勝てない。それが分かったうえでの言動。ヴォルムからしたら助けられたといっても生命エネルギーの力でどうせ生きていただろうし、色々と手伝ったから恩なんてものはほぼ感じていない。きっと、それも分かっているのだろう。
 それでももうそこにすがるしかないから、そこにすがってでも引き留めたいから。そんなことを言うのだ。
 ヴォルムは両手を挙げて降参のポーズをとった。

「……分かった。もうしばらくはここにいよう」
「――っ、本当!?」

 彼女も希望が薄いことは理解していたのだろう、短い付き合いではあるが、一番勢いのある喜び方だ。ヴォルムはそれを抑えるように挙げていた手を突き出して、加える。

「だが、そこで思考は止めない。子供たちは勘づいているようだし、早急に対策を考える必要がある。他にも考えておかなければならないことがあるんだ。止まってられないぞ」

 リフィルが力強く頷く。手の震えはいつの間にか止まっていた。

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