「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百六十四話 衝撃の事実

 部屋まで戻ると、ヴォルムが起きてから少し話した時と同じように、机の上にティーセットが載せられた盆が置かれ、リフィルは椅子に座った。それを確認してヴォルムはベッドに腰かけると、まずは紅茶をすすって口の中を潤わせた。

「早速、本題に入ろうか」

 ヴォルムはキッチンからここに来るまで、どの順序でどこまで話をするべきか、どこまで話したら自分の目的が達成できるかを考えていた。ヴォルムの話そうとしていることは戦争についての話題もあり、リフィルが戦争について知っていると敵にバレると彼女に危険が及ぶ可能性がある。そう思うと中々その線引きをするのは難しかった。

「俺が外で倒れていた理由、それから、そうなるに至った過程、そして、これからどうするつもりなのか。いつまでも得体の知れない男をここに置いておくなんてのは難しいだろうから、ちゃんと話しておくよ」
「得体の知れないなんて、そんな……。確かに詳しい出生などは知りませんけど、それを言ったら個々の孤児たちだって同じです。今日みたいに教会での仕事をしてくれるのであれば、いつまでもここにいても良いんですよ」

 ヴォルムが言いたかったのは、それどころではない隠し事があるということ。子供たちはなんとなく気配を察知して避けていたようだが、リフィルにはそれが分からないらしい。良い意味で能天気と言うか、鈍いのだ。

「孤児の事情は俺も知らんが、良い大人が外で倒れてたのにその理由も語らないってのは変な話だと思った方が良いぞ。翌日にはこうしてピンピンしているのも、おかしいとは思わなかったか?」

 そう言うと、リフィルは考え込んでしまったようだった。「確かに……」なんて言いながら頷いている。

「で、でも、元気そうなのは空元気と言いますか、心配させないように気丈に振る舞っているのかと……」
「心配はさせたくなかったけど、それは本当に元気だったからだ。それも倒れていた理由が関係している、と思ってる。実は詳しくは俺も分かってないんだけど」

 恐らく、生命エネルギーには生命維持のために身体を整える効力がある。傷があれば治すし、身体に害のある毒素なんかは浄化する、そんな力が。倒れてしまった時は生命エネルギーが空になってしまったからもう死ぬのだと思っていたが、こうして生きている以上、残量がゼロになったとは考えづらい。そこで、目を覚ました時にすこぶる体調が良かったのはその力のお陰だと考えたのだ。

「その、理由とは……」
「倒れた直接的な原因は過労みたいなものだろう。あそこまでくるのに色々と無茶をしたからな。その無茶っていうのが、戦争だ。俺は旅人じゃない。本当は戦争に駆り出された軍人なんだ」

 ひどく驚いた様子のリフィル、しかしこんなところでいちいち話を止めていられない。どこの国の所属で、どこと敵対し、何が起こって逃げてきたのかを話した。そう、結局全部話したのだ。無駄に危険な情報を渡すものではないかと考えていたのだが、それを言ったらこうして匿っている時点でもう手遅れだからだ。既に危険ならば、いっそのことすべて話して、理解を得た上で全面的に協力してもらった方が動きやすい。

「どうだ? ここまでは良いか?」
「え、ええ。その、生命エネルギーについては少し信じがたい話ではありますが、嘘を言っているようには見えませんし、嘘ならば敵のことも、ここに来る過程も全て噓であったことになります。私にはヴォルムさんがそんな辛い話を作れるような人には見えませんから」

 信頼を勝ち取れていたみたいでありがたい。話がスムーズに進む。

「そこで、これから俺がどうするつもりなのかって話だが、できればあの遊撃部隊が何者だったのかを調べたい。事前情報ではあんな化け物じみた強さの部隊――いや、個人はいなかった。それを調べるためにも、まずはここがどこなのかを教えてほしい」

 それ以降も、色々と聞きたいことはあった。そもそも戦争があったことは知っているのか、お金を稼ぐならどこに行けば良いか、武器や食料の調達はどこですれば良いか。できるなら町の中を案内してほしいくらいだった。
 しかし、ヴォルムがそれらの質問をすることはなかった。リフィルがもたらした情報が、余りにも衝撃的だったからだ。

「……あの、その、非常に申し上げづらいのですが、ここが、その、話に上がった隣国ではないかな、と……」
「は……?」

 とても言いづらそうに、遠慮がちにそういったリフィルは、そのまま顔を伏せてしまった。彼女の話が本当なら、ヴォルムは今、戦争真っ只中の相手の国に滞在しているということになる。これはマズイ。どの立場から見ても良くない状況であることは間違いなかった。

「せ、戦況なんかは分かるのか……?」

 国民であれば、戦争をしているということは知っているだろう。その上で、どこまで詳しい話を知っているのか。特に、寝ている間や、起きてから今までに戦況に変化があるなら知りたかった。あの国の生まれではないにしても、軍人として地位を貰い、それなりの生活をしていた身としては気になって仕方がなかった。

「ここは戦場からも、指揮系統のある首都からも遠いですから、詳しい話は分かりません。ただ、軍事作戦の中枢に魔術師として参加している司教様が順調だと言っているのを聞きました。夜に寝るためだけに帰ってきて、朝早くに発ってしまわれたので昨日時点での情報です」

 順調。つまりはあの遊撃部隊は十分に仕事をしたということだろう。そう考えると、ヴォルムが殺した二人以外にも同じような猛者がいそうである。このままだと戦争は一方的なものになるだろう。ヴォルムは少しの時間呆けてしまった。

「戦場に、あり得ないほど強い人間がいた話は覚えてるか」
「はい」

 今から自分が戻ってもどうしようもない。それは理解している。それでも、軍人として敵地から情報を得るのを怠るわけにはいかなかった。

「あの出所については何か知ってたりはしないか」

 リフィルの目をまっすぐ見る。戦場からも中枢からも離れていると言っていた。しかし、司教が何か漏らしたのを聞いているかもしれない。一抹の希望にかけて、ヴォルムはすがるように聞いた。

「これについても、私は詳しいことは知りません。司教様のお話を聞いただけです。それによれば、神様に力を授かったとおっしゃっていました。戦の神は我々の味方だと」

 そう言ったリフィルの手は震えていた。

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