「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百六十一話 孤児

  出来上がった料理は鍋やザルに入れたまま食堂へと運ぶのだそうで、ヴォルムはもちろんそれも手伝った。と言っても、熱々の鍋をそのまま運ぶわけにもいかないので、台車に乗せての運搬である。

「いやぁ、助かりました。今日はたまたま、私以外の大人がみんな出払ってしまっていたので」
「へぇ、それは何と言うか、そんな大変な時なのに助けてくれたのか」

 そもそも普段はこの教会に何人の大人がいるのかを知らないヴォルムからするとそれがどれほどの事態なのか、見当もつかない。だが、翌日の仕事を一人で回さなければならないのが分かっていて、その仕事を増やす人助けをしようという考えは湧いてこないだろう。改めて、リフィルの優しさが実感できた。しかし、当のリフィルはヴォルムの言葉を素直に受け取らなかったようで、どこか慌てた様子だ。

「えっ、そんな、恩を着せようとか、そういうつもりではなくてですね……!」

 それがおかしくて、ヴォルムの心の中に意地悪したいという感情が湧いてくる。

「これは、もっと色々と手伝わないとなぁ……」
「だ、だからぁ!」

 余程そう思われるのが嫌だったのか、リフィルがポカポカと肩のあたりを殴ってきた。全く痛くはないものの、抗議の意思は伝わってくる。涙目で訴える姿は同情を誘うもので、なんだか悪いことをしているような気になってしまった。

「大丈夫。分かってるよ」

 これ以上は本当にいじめているみたいになってしまう。そう思って、ヴォルムはこれ以上はやめておくことにした。それを聞いて「本当に?」なんて聞いてくる顔があまりにも弱々しいからこらえきれずに笑ってしまったのだが、その時、都合良く食堂に到着したので、笑ったことに言及される前に何とか話題を逸らすことに成功した。

「で、これはどこに置けば良いんだ?」
「…………果物は前の机にお願いします。あとは台車に乗せたまま机のこちら側に」
「了解」

 ヴォルムが指示通りに台車を押して行くと、今までそれについて来ていたリフィルが別の方向へと歩き出した。それに気づいて行く先を辿ると、彼女の目線の先に扉があることが分かった。

「私は孤児院の方に行って、子供たちを呼んできますね。その後は配膳を手伝ってもらいますので、そこで待っていてください」

 孤児院。台所で作業していた時も言っていたが、この大量に作られた料理のほとんどはその孤児院の子供たちのために作られたものだ。いつの間にか用意されていた皿の枚数を見るに、人数は二十人ほどだろうか。そんなことを考えながら、リフィルが扉の向こうに消えるのを見送った。
 ヴォルムは待っていろと言われたので、この部屋からは動けなくなった。しかし、リフィルが孤児を引き連れて帰ってくるまでの間は暇である。彼女の性格からしてそう長い時間は待たされないだろうと思うが、先程まで何かと手伝おうと仕事を探していたこともあり、手持ち無沙汰になってしまったのだ。
 何かすることはないか。部屋の中を見渡してみても、特にこれといって見つけられるものはない。結局、果物を置いた机や台車の配置を微妙に変えたりしながら、帰りを待つこととなった。

「お待たせしました。この子たちが孤児院で面倒を見ている子供たちです」

 ほどなくして、リフィルが子供たちを連れて戻ってきた。人数は十五人。思っていたよりは少なかったが、想定の範囲内と言って良いだろう。ヴォルムは努めて優しい笑顔を作るように心がけ、しゃがんで子供たちと目線を合わせた。人との関わりを構築する際に、第一印象が大切であることを知っていたからだ。それも子供相手となればなおさら。一度怖がられてしまうと、良い関係に持って行くまでに相当な時間等労力が必要になる。リフィルの面倒を増やさないためにも、慎重に言葉を選ぶのだった。

「はじめまして。旅人のヴォルムです。よろしく」

 声音もいつもより優しく、できる限り粗っぽくないように気を付けたのだが、子供たちはぽかんと口を開けたまま、しばらくの静寂が場に流れた。これはマズイことをしてしまったか。ヴォルムは額に嫌な汗が浮かぶのを感じた。

「リフィルねぇがおとこつれてきた!」
「おとこだ! おとこ!」

 しかし、杞憂だったのか、子供たちはそんなことを叫びながらはしゃぎ始めた。性別が男の人間を拾ってきたという意味なら事実と相違ないのだが、きっと彼らの言う「おとこ」というのは交際相手という意味の「おとこ」だろう。そうなると完全に勘違いなのだが、ヴォルムは子供の扱いが分からない。こうも盛り上がっているのに否定して水を差して良いのかと対応に困った。

「なっ……! ちょっと、やめなさい! 失礼でしょ! ヴォルムさんはそんなんじゃないわ! ほら、ヴォルムさんからも!」

 困った顔をして動けないでいるヴォルムに対して、リフィルは割と激しく抗議した。別にそれくらいで失礼だなんて思わないのだが、事実にそぐわないことは正していく教育方針らしい。

「そう、俺は助けられただけなんだ。昨日、町の外で倒れてしまってね」
「助けたのは私ですが、他意はありません。倒れている人を助けるのは当然の行いですから。良いですね?」

 念を押すようにリフィルが付け足す。やはり教会としては嘘や偽り、間違いというのは正さなければならないのだろうか。当の子供たちは分かっているのかいないのか「はーい」と元気な返事をした。

「よろしい。それでは、皆さん席に着いてください。今から食事を配りますからね」

 とりあえずは分かってくれたとの判断なのか、リフィルがそう促す。いつも通りの文言なのだろう。子供たちが一斉に食堂の机に向かって移動を始めた。各々、自分の席があるらしく、その動きには淀みがない。

「へぇ……」

 よく教育されているのだなと感心してその姿を追う。すると、小さく耳に聞こえる単語があった。

「おとこ、おとこ」

 パタパタと駆けて行く少年から発せられていたその言葉は、明らかに先程の説明を理解していないものだった。これは誤解を解くには大変な労力が必要だ。ヴォルムはそんなことを予感して、リフィルの方を見た。どうやら子供たちが口ずさんでいる言葉は聞こえていないようだ。それが良いことなのか悪いことなのか、今はまだ判断できないが、とりあえずは食事に移れそうであることを確信して、ヴォルムはその事実を胸にしまうのであった。

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