「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百五十五話 敗北の後

 一言で言えば壊滅。それが戦闘の結果だった。
 相手は二人しかいないのに、戦力差が開きすぎている。終始遊ばれているような感じで、仲間がやられていく間も一切本気を出してはくれなかった。

「……つまらん。いかにも精鋭ですみたいな面してたのによぉ、何だこの弱さは」
「そう言うでない。彼らなりに全力で楽しませようとしてくれたではないか」

 倒れ伏すヴォルムたちを前に、大剣を担いだ男が不満げな顔をした。もう一人がフォローしたつもりなのだろうが、ヴォルムはそれを暗に物足りなかったと言っているように受け取った。実際そうなのだろう。ヴォルムだって、負けるにしてももう少しは戦えるものだと思っていたのだから。剣も、魔術も、何もかも届かない。二人の間に連携なんてものはなかったが、個の力だけでヴォルムたちは崩された。
 それでいて、命を落としたものがいない。詳しい容態は不明だが、全員生きているのだ。完全に舐められている。侮られている。復讐を恐れていない彼らには、圧倒的な強さに対する自信があった。悔しい以上に情けなかった。

「で、どうすんだっけ。この奥になんかあんだろ?」

 大男たちが歩き出す。止めなければならない。ヴォルムは立ち上がろうと手脚に力を込めたが、上手く身体が動いてくれなかった。その不調の原因はすぐに分かった。腱だ。足首の腱が切られている。そのせいで脚の筋肉が働けなくなっているのだ。
 このままではいけない。救護班がやられる。敵が何の目的でこんなに強力な戦力を救護班の殲滅に回しているのかは分からないが、相手の思惑通りにさせたら戦争に負ける。そんな気がした。というか、それよりももっと大切なことがあった。彼女の存在。ヴォルムがここを守る理由はすべてそこにあった。殺らせない。ヴォルムは無理矢理立ち上がろうとして、しかし、また地に倒れた。

「お? まだやろうってか? いいねぇ、根性あんじゃん」
「ふむ、しかし立つこともままならぬようだぞ。これでは戦えん。ほれ、無視して行くぞ」

 それを見ていた二人が感心したように声を漏らすが、腱を切られたヴォルムが立てるはずもなく、もっと言えば戦えるはずもなく、取るに足らないと判断された。彼らが足を止めたのはほんの一瞬。その程度では大局が変わるようなことは起こり得なかった。
 いつの間にか遠くで聞こえていたはずの戦闘の音も聞こえなくなっている。向こうでも決着がついたのだろう。恐らくはこちらの敗北で。となると、こちらにも敵の残りの勢力がやってくるのだろうか。そしたら、今は殺されずに伏している兵たちも殺されてしまうのだろうか。
 直接殺されないとしても、ここから動くことができない以上、ヴォルムたちが生き残る確率は限りなくゼロに近い。今こうして生かされているのも、どうせ死ぬから、と向こうが思っているからなのだ。
 そう思った途端、ヴォルムの頭の中で何かが吹っ切れるような感覚があった。
 人はしばしば「死ぬ気で」という言葉を使うが、この時のヴォルムはいわゆる本物の死ぬ気を会得していた。実感のある死を目の前に、大事な人の死を目の前に、どうせ死ぬなら、命を削らずに死ねるか、と。
 半ば無意識の内に、ヴォルムは命を消費した。命というのは、言ってしまえば莫大なエネルギーである。本来生きるために使われるそのエネルギーを外に放出したとなると、常人が出せる出力なんて比にならないほどのエネルギーが手に入る。周りの空気すらも圧倒的なプレッシャーで塗り替えてしまうほどのエネルギー。敵の二人もその変化に思わず足を止めた。ヴォルムに向き直り、そして、彼が何をやったのかを理解する。

「ハッハァッ! おいおいおいおい、やったなぁ! 楽しくなるぜぇ、これは」
「……まさか、ここまでとは。さっさと殺しておくべきだったか」
「なーに言ってんだ。俺様はこれが見たかったんだ! やらしてもらうぞ」

 大剣の男が目を輝かせる。それを見てもうひとりは何かを考えている様子だ。対するヴォルムはそんな二人の様子には構わず、まずは腱を治した。ヴォルムは元々回復系の魔術が使えたわけではないが、生命エネルギーを転用したからだろうか、なんとなく治せる気がして足に集中させたらできた。そんな感じで、ヴォルムは今できることを、命を削って得た力――便宜的に生命エネルギーと呼ぶそれの扱い方を誰に教わることなく理解した。
 ついでに脚以外の傷も治し、身体から漏れ出るほどのエネルギーを纏ったヴォルムが立ち上がった。

「おい、我は先に行って任務を――」
「――行かせるかよ」

 その様子に尊大な態度の男が先を急ごうとする。が、その前にヴォルムが立ちはだかった。瞬間移動。ワープ。そんなものの類ではないかと見紛うほどの速度。大剣の男は近接戦闘を得意としているということもあり目で追えていたようだが、尊大な態度の男は少し意識を別の場所に向けていたとはいえ、完全に反応できていなかった。
 その差を瞬時に見抜いたヴォルムはまずは尊大な態度の男を標的にした。先程の戦闘から、こいつはどうにも遠距離戦を得意としているように見える。本気を出していなかったからそれが本当にこいつの一番得意とする戦い方なのかは定かではなかったが、少なくとも自分が本気で動けば捉えられない。
 考えるより先に身体が動いていた。一足で攻撃範囲まで近づき、エネルギーを纏わせた右手を叩きこんだ。男にヒットする前に何やら硬い感触があったが、それを突き破っての攻撃だ。勢いは全く減衰していない。速度重視とはいえ、相当な威力のボディブローが綺麗にきまった。
 しかし、くの字に折れ曲がった男の身体が吹き飛ぶようなことはない。不審に思って距離を取ると血を吐いたから全くのノーダメージというわけではないのだろうが、衝撃を逃がされた。

「油断しすぎだぜ、ってのは、ちょっと酷か?」
「いや、正直侮っていたよ。ここまでとはね」

 確実にダメージは入った。しかし、男は笑みを浮かべている。案外タフなのか。それともトリックがあるのか、どちらにしても、慎重に戦わなければならない。先程は何もなかったが、カウンターが飛んできてもおかしくはなかったのだ。
 無駄なところでダメージは負えない。ヴォルムは自身の強化状態には限りがあることを悟っていた。回復や防御に回さず、効率よく攻撃として叩き込む。それが、勝利への道だ。

「ここから先には行かせない。ここでお前らを殺す」

 第二ラウンドが始まった。

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