「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百五十二話 不穏な戦争

 戦争になる。軍の上層部が参加する会議に呼ばれたヴォルムは、そこでそう聞かされた。今までも何度か戦争には参加したが、国民に発表がある前に知らされるというのは初めてのことである。徐々に地位を獲得していると感じていたのが間違いではなかった。そう思うと喜ばずにはいられなかった。
 同時に、戦争に至った経緯や、序盤の大まかな作戦を聞いた。相変わらず無理のある吹っ掛け方をしているようで、今回も送り込んだ使者にトラブルを起こさせ、それを相手のせいにして戦争に発展させようということらしい。相手の立場からしたらたまったものではないだろうが、この国は同様の手順で、今までも戦争を起こしてきた。そして、その全てで勝利をおさめ、領土を拡大してきた。生粋の国民ではないヴォルムは相手国に同情していたが、立場というものがある。その感情は表に出さなかったし、作戦中に手を抜くことも、手心を加えることもなかった。
 肝心の作戦についてはまだ正式にこれでいくという決定はなされていないらしく、一応話は聞いたが変更になるかもしれないということだった。というのも、相手国が思いのほか好戦的だったらしいのだ。一見、こちらの方が戦力的には優位のはずなのに、なぜそんな態度を取れるのか、首脳陣は何か裏があるのではないかと警戒しているらしい。確かに、単純な戦力差では勝っていても戦略によって負ける可能性は大いにあるし、一騎当千の切り札を持っている可能性だってある。諜報部隊が開戦までに情報を集められれば良いが、そうでなければ不安を抱えたまま戦場に出ることになる。今までとは何かが違う戦争になる。そんな予感がしていた。
 ヴォルムはそこで聞いたことを部隊の誰にも話さなかった。相手には何か秘策があるのかもしれない。それを話すことで不安が伝播し、指揮が下がることを避けたかったのだ。話すことで得られるメリットももちろん理解していたが、現時点で秘策の中身をまったく想定できない以上、どう備えても無駄になる可能性が高い。部隊全体で警戒したとして、結局意味がないのなら知らないのと一緒だ。むしろ、精神的には知らない方が気が楽である。今回も自分たちはいつも通りのパフォーマンスを発揮するだけ。隊員にはそう伝えた。

「いよいよ、明日から戦場に出る。絶対に、生きて帰るから、お前も生きていてくれ」
「分かってるって。救護班だからって他人の命ばっかり優先して自分が死んじゃったら意味ないもんね」
「あぁ、それを責めるような奴がいたら、俺がぶん殴ってやる」
「あはは、頼もしいね」
「それと、この戦争が終わったら渡したいものがあるんだ。その――」
「――分かった。ちゃんと生き延びるよ、私は」

 彼女ともそんな会話を交わし、そして、戦場に向かう。ヴォルムの部隊は所謂遊撃部隊としてこの戦争に参加することになった。前線で戦うというよりは、様々な戦場に駆け付けて支援をするという役割。基本的には負けそうなところを助けに行くか、勝てそうなところをさっさと潰すために呼ばれることが多い。
 今回の戦争では、初日からいくつかの戦場を回っていた。というのも、相手の戦力が分散しているのだ。大部分が遊撃部隊として機能しているような、そんな感覚。部隊ごとの戦力は減ってしまうため、まともにこちらの軍とぶつかれば勝ち目はないはずなのに、ヒットアンドアウェイですぐにどこかへ行ってしまう部隊をこちらの軍は素早く追いかけることができない。また、何処から襲撃されるか分からないという緊張感が動きを悪くしていた。ヴォルムの部隊も呼ばれては急行するのだが、既に逃げられてしまったと報告を受けることもあったくらいだ。しかし、動き回っていれば相手の部隊と鉢合わせることもある。今の所、二回。そうやって鉢合わせた遊撃部隊を撃破している。しかし、流石に隊員に疲れが見える。初日からハイペースで動き回りすぎなのだ。上層部から期待をかけられるのは嬉しいが、これ以上無理をすると取り返しのつかないことになる。作戦内容の見直し――対処療法的ではあるが、こちらも遊撃部隊を増やして様子を見るのはどうか。提案をするべきかと考えていた。
 その時であった。ヴォルムの部隊に、意外な場所からの救援要請が届いた。救護班が負傷者を治療するために前線の近くに構えている拠点からの救援要請だった。あそこは重要な場所だから、相当分厚い警備があったはず。それに前線に展開したこちらの軍勢を越えないとたどり着けない場所に配置してあるはずだ。それなのに、なぜ。いくら相手の部隊が遊撃部隊を主軸にしているからと言って、救護班が攻撃を受けているという状況は不可解だった。
 とにかく、急行しなければ。ヴォルムは部隊を引き連れて要請のあった場所へと向かった。そして、そこで最悪の情景を目にする。

「大丈夫か!」

 見渡す限りの、赤。それは人から流れ出た血液だけのものではない。炎だ。救護班のテントに火が放たれていた。
 どうして。ヴォルムの頭の中には疑問符が浮かんでいた。救援要請があったから戦闘になっているとは思っていたが、まさか、こんなに一方的に蹂躙されているとは。有効な策として遊撃部隊を主軸にする作戦があったから強気に出たのかと思っていたが、この状況を見るに、それは副産物でしかないらしい。一騎当千の強力な切り札。その存在を後ろに見て、ヴォルムは恐怖した。
 消火作業に徹し、生きている人を集める。ヴォルムの部隊は救護班のように人を治療することはできないが、指示を受けて動くことはできる。生き残った救護班の人間と協力して、立て直すとまではいかなくても、これ以上の被害が出ない状態までには復旧することができた。
 しかし、そこに新たに悪い知らせが入る。他にもいくつか展開されている救護班の拠点のうち一つが、また攻撃されているとの知らせだった。ここから一番近い場所であることを考えると、救護班の拠点の位置がバレている可能性が考えられる。

「救援要請があった拠点から、もう一つ離れたところに向かう。ここの惨状を見るにもう間に合わないだろうから、次の場所で迎え撃つという算段だ。要請には背くことになってしまうが、最終的な被害を考えて独断で動く。異論はないな」

 隊員は戦場におけるヴォルムの判断を信頼していた。誰も異を唱える者はおらず、スムーズに移動が始まる。いつもより急ぎ気味の行軍。現在、戦闘中とはいえ、切り札がいるのなら殲滅に時間はかからないだろう。次の拠点に着くのは、果たしてどちらが先になるだろうか。不安に駆られる理由は負けを意識してしまったからではない。次の拠点には彼女がいる。それだけがヴォルムが急ぐ理由だった。

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