「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十七話 登場

 結局、納得のいく合言葉を決められるまでに一時間ほどかかり、それから今後の動きについて話し合っていたら、魔王が部屋から去る頃には日付が変わっていた。魔王だし、正面からは入って来られないよなと見過ごしていたが、窓から入ってきた時に常識のない奴が来たと思ったのは間違っていなかったみたいだ。

「魔族はどうだか知らねぇが、人間にとって睡眠は大事なんだぞ……」

 愚痴をこぼしながら、今度からはこんなに遅い時間にならないように言っておけば良かったと後悔する。ため息を吐きつつベッドに横たわると、部屋の隅で丸まっているフォールが目に入った。俺たちの話が長引くことを察して、さっさと眠っていたみたいだ。
 静かな部屋に一人と一匹。孤独ではないはずなのに語りかけても返事がないという状況が寂しさを助長させているような気がした。

 翌朝、俺たちは宿の食堂で朝食を食べるついでに魔王と話したことについての情報共有を行った。曰く、もうしばらくはこの街に待機していてほしいとのことで、どうやらそう遠くない内に勇者一行がセオルドに来るそうなのだ。まずは王国へ帰り、諸々の催しを終えた後にはなるが、俺たちに会いたがっているらしい。師匠としては嬉しいものだ。
 さらに、いざ開戦となった時に総大将に会ったこともないのに戦うのは難しいだろうということでヴォルムが来てくれるそうだ。過去、具体的に何があったのかをヴォルム目線で語る予定だと言っていたが、何千年も神の命を狙い続けている彼の膨大な量の昔話をどう話すつもりなのだろうか。神との戦いと聞いて密かに興奮している身としては、話も上手な完璧超人ヴォルムがどんな風に話してくれるのか、とても楽しみだった。

「で、私が頼んでいたことはどうなったの? まさか忘れたんじゃないでしょうね」

 そんな話はどうでも良い、と言わんばかりに話題を切り替えたのはベネッサ。敵勢力を各個撃破するのかどうかが気になるのだろう。ここで焦らしても殴られるだけなので、俺は渋らずに情報を開示することにした。

「喜べ。元々するつもりはなかったそうだが、提案したら指示した対象だけを狩るならやっても良いと許可が出たぞ」
「やったわね! 今から楽しみだわぁ……」

 恍惚の表情を浮かべるベネッサ。彼女がこのパーティに残った理由を考えればそれはとても自然な反応だ。しかし、今喜びすぎるのは良くない。話はまだ終わっていないのだ。

「まぁ待て、喜べとか言った俺が悪かったけど、話はまだ終わってないんだ」
「……何よ」
「ベネッサにとってはあまり嬉しくない話かもしれないが、とりあえず聞け。まず第一に、敵戦力の内、有力とされている者たちは各個撃破の対象外だ。臆病な神を確実に戦場に引きずり出すために強い奴は消せない。それから排除するにしても目立たないようにする必要があるから、戦闘というよりは暗殺をすることになる。元々予定にない作戦だし、どうしても戦闘をしたいなら排除に向かわなくて良いってことだが、どうする」

 俺としては各個撃破にこだわる必要はないと思っている。強い敵と戦いたいなら、わざわざ危険な神の手下を狙うよりも普通に冒険者として強い魔物を標的にした方が安全だからだ。
 神の手下に手を出して、バレなければ良いが、素性が割れてしまったら俺たちは逆に狙われる身となる。世の中にはヴォルムのようなトンデモ人間がいることを考えると、神陣営の強者にも俺たちより強い者はいるだろう。そんな奴とまともに戦いたくないし、逃げ隠れて生活するのにも相手が悪すぎる。
 魔王がリストアップした弱いと言われている奴らも実際に会ってみないことにはどれくらいの実力なのか分からないし、暗殺者集団でもない俺たちが慣れないことを簡単にできるとも思えない。やりたいと言われれば拒否する理由はないが、元々これはベネッサの願望である。俺にはやりたい理由もなかった。

「そう。そこに交渉の余地はないのね?」
「ああ、これでも無理言って聞いてもらった方だ」

 元々はなかった作戦――それもリスクのある作戦を追加してもらったのだ。条件についてはこちらからあれこれ言える立場ではない。

「……それでも、私はこっちから攻める方を選ぶわ」

 やはり暗殺となると想定していたのと違うのか数秒悩む様子が見えたが、最終的にはそれで納得してくれたみたいだ。流石に大事なところでわざとミスをして戦闘に持ち込む、なんてことはしないと信じているが、俺のベネッサに対する印象は実際と違っていることが多い。作戦の時は最大限警戒して、何かあってもすぐにフォローできるようにしておこう。

「オーケー、分かった。暗殺はするってことで、他にも色々仕事がある。リストを作っておいたから、モミジとユキにはこの中からやりたいものを選んでほしい」

 それから、暗殺だけしていても暇な時間が多すぎるということで、二人には暗殺以外の仕事を選んでもらった。俺はあれをやれこれをやれと細かく指示されるものだと思っていたから、こうして希望が聞かれるというのはなんだか意外だった。待遇が良いのは悪いことではないはずなのだが、なんだか裏があるような気がしてならなかった。ちなみに、身体を売ったり、極端に時間がかかったり、俺が危なさそうだと判断したものはあらかじめ抜いたリストを作れたので、効率が良いからと娼婦になったり、長い間会えなくなったりするようなことにはならないだろう。早速昨晩の伝えたいことだけを伝えるための一対一の話し合いが有効に使われているのである。

「うーん、この中だと資金調達が楽そうだけど」
「……依頼をこなして、お金稼ぐ」

 言われて思い出したが、この二人も中々に戦闘が好きなタイプの人間だった。とはいえ、雇ってもらってお店で働くよりも冒険者として依頼をこなした方が効率が良いのも事実。高難度の依頼を複数こなせれば冒険者としての地位も確立できるため、まさに一石二鳥だ。

「まぁ、それが妥当だよな……」

 あまり戦いの中に身を投じていたくない身としては嬉しくはない選択だったが、一番妥当な選択でもある。俺は無暗に反対せずにその意見を聞き入れることにした。その時、

「で、暇なのはいつだ?」

 気配も何もしなかった。急に背後に現れたヴォルムに声を上げることすらできなかった。

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