「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十六話 来訪

 メンバーが減り、宿でとっておく必要がある部屋の数も減った。部屋割りは男女で分けているため、俺は一人だ。フォールがいるとはいえ、昨日まで同室だった二人がいなくなるとやはり寂しさを感じる。

「こんな広かったっけ……」

 別にそんなことは思っていなかったが、雰囲気に流されるように口からこぼれた。言ってしまった後で気づいたが、この場には俺が何を言っても返事をしてくれる者がいない。余計に寂しくなるだけだった。
 その寂しさを少しでも紛らわせようとフォールを撫でる。俺の沈みがちな気分を察してくれたのか、フォールはただ俺の手を受け入れてくれた。考えてみれば、フォールも一緒に行動する以上、神との抗争に巻き込まれる可能性が高い。というか絶対に巻き込んでしまう。神との抗争について理解しているのかと訊かれたらきっとしていないのだろうから、そんなところで死んでしまわないよう、せめて自分の身は守れるくらいには戦闘力をつけてもらわないといけない。魔術が使えることが発覚してからは戦闘訓練もしていたが、まだ実力に関して測り切れていない部分も多いし、モミジとユキ、それにベネッサとの連携も見直す必要がある。そう思うと、俺たちはまだまだ弱い。調子に乗ってはいけない。そんな気になった。
 その時、ふと外に気配を感じた。ベッドに腰かけていた俺は跳ねるように立ち上がり防御障壁を展開する。そして、フォールの前に出て身構えた。視線を注ぐカーテンの向こうで窓が開き、カーテンが風にあおられた先に一つの人影を見つけた。

「そんなに警戒しないでくれ。私だ。ライヒメルだ」

 敵襲か、でなければこんな時間に窓から入ってくる非常識な奴か。どちらにしても面倒なことになりそうな予感がしていたが、姿を現したのは丁度用のある魔王だった。いまいちどうコンタクトを取れば良いのか分からず、今後の動きが全く読めない状況だったのでパーティを再結成したこのタイミングで来てくれるのはありがたい。
 相手が魔王なら安心だ。俺は障壁を解除しようとして、ふとある可能性に気付いて止まった。

「合言葉は?」

 こいつが魔王に変装した何者かである可能性。神が俺に送った刺客であった場合、今すぐ障壁を取っ払ってしまうのは危ない。そこで本物か確かめるための合言葉だ。俺たちの間に取り決めた合言葉なんてものはないから、本物であればそんなものはないと否定してくれるはずだ。逆にこいつが偽物であれば取り繕って変な合言葉を言ってくるか、あるいは忘れたなどと言ってごまかそうとしてくるだろう。鎌を掛けていることがバレてしまったらその限りではないが、信じるか否かの判断材料にはなる。俺は構えを解かないまま魔王の返答を待った。

「合言葉か……。私の記憶が確かならそのようなものを決めた覚えはないのだが。一体何のつもりかな?」
「いや、悪い。偽物が変装してるかもしれないからな。気分を害したなら謝るよ」

 俺は頭を下げながら障壁を解除した。それを確認した魔王がそれなら仕方ないと言って開け放たれたままになっていた窓を閉めた。

「それで、今日は何用で? 色々と話しておかなきゃいけない話がありそうだけど」

 これから神との戦争に向けて、具体的に何をすれば良いのか。現状、戦力はどうなっていて、準備などはされているのか。聞きたいことは山ほどあるし、ベネッサから頼まれているように各個撃破をするのはどうか提案しなければならない。

「ふむ、そうだな。話の前に確認をしておくが、隣の三人は協力者とカウントしても良いのだな? スマル君が信用に足るというのなら私はそれを信じることにするが、もし裏切るようなことがあった時は……」

 一体どうなってしまうのだろうか。きっと命はなくなってしまうのだろうが、その前に苦しめられたりはするのだろうか。実を言うとこの世界でそういった場面を目の前にしたことがない上魔族の習慣なんてものは知らないため「分かるよな?」みたいな顔をして威圧感を出されても分からない。自分が死ぬのも三人が死ぬのも俺にとってはこの上なく最悪な事態なので具体的にどうなるかが分かっていなくても裏切るつもりなんてないのだが、魔族の、それも長だったものが与える罰というのがどれほどのものなのか少し気になった。

「大丈夫だ。俺が保障する」

 しかしそんなことを聞き返しても茶化しているようにしか聞こえない。今は真面目な場面。特に仲良くもない魔王にいきなり冗談のようなことを言っても笑ってはくれないだろう。

「そうか。それなら良いが、この場には呼ぶか? 後から説明し直すのも手間だろう」
「いや、いいよ。後から俺が説明したいことだけ説明する」

 基本的にはできるだけ仲間内での情報共有はした方が良い。それは間違いない。ただ、この件についてはその限りではないと思っている。例えば、自称世界の管理者である神がいなくなることによる不利益があるかもしれないことを共有した結果、作戦に反対する者が出てくるかもしれない。反対しなくても自分のやっていることに疑問が生まれると動きが鈍る。しかし相手はこちらの所属だけを見て全力で消しにかかってくる。本当は勝てるはずの相手に勝てなくなるのだ。
 それと、末端である俺たちが多くを知らない方が良いという考えが俺の中にある。相手からしたら肩書のある敵幹部は消せればアドバンテージが大きいが、それにかかるコストを考えると迂闊に手を出せない。逆に言えば末端にはいくらでも手出しができる。そんな末端が重要な情報を抱えていると分かれば、敵は嬉々としてそれを狙うだろう。そもそもこの場で魔王が俺にくれる情報はそんなに多くはないはずだが、念には念を、隣の部屋の三人に危険が及ばないよう、さらに厳選した情報だけを渡すようにするのだ。

「で、何の話をするんだ?」

 急かすようになってしまったが、もう夜だ。時間のかかりそうな話を今から始めるというのには少なからず抵抗がある。できるなら早く話すか、別日に改めて場を設けてほしいところだ。

「そうだな。もう遅い時間だ。早速本題に、と行きたいところなんだが」
「まだ何かあるのか?」
「合言葉を決めようではないか」
「……は?」

 思わず顔をしかめてしまう。時間がないと言っておきながら本題から外れるのとはどういうことだ。

「これからもこうして話すことがあるだろうからな。その時のために合言葉を用意しておくのは賢明だと思うのだよ。例えば――」

 意外なことに楽しそうに考え始めた魔王を見て俺は長くなることを悟り、少しでも早く終わらせようと一緒に案を出すのだった。

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