「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十五話 解散

 神と戦うことを話してから三日間、俺たちパーティは依然として各々の目標のために動いていた。目的地までの旅の準備をする者、新たなパーティを探す者、情報のすり合わせをする者、新たな技能を得ようと励む者。案外簡単にそれぞれの進む方へ向いたのでリーダーとしては少し寂しかったが、下手にゴチャついたことになるよりは良い。それに、離れていくのは奴隷だった者たちだ。逆らえなかったからパーティを組んでいたというのは流石に酷すぎるにしても、そういった面は少なからずあっただろう。離れることに躊躇いがないのも十分納得できた。
 そして、明日オルがこのセオルドの街を発つということで、正式にパーティの解散、それから送別会をすることにした。会場はお高めのレストラン。馴染みの酒場でも良かったのだが、雰囲気的に合わないのと飲酒を禁じられた俺やそもそも飲めないリースが楽しめないということで食事がメインのレストランになった。
 比較的静かな空間でしっかりと味わって食べる。冒険者になってからはそんな機会はなくなってしまっていたので、久しぶりだ。

「な、なんだか落ち着かないニャ……!」

 ギルドの食堂や酒場、外に出ている屋台で食事をすると大抵は周りが騒がしい。それに、しばらくは奴隷商のもとで暮らしていたわけだから綺麗なレストランに慣れていないのだろう。カーシュはキョロキョロと目線をせわしなく動かし、リースもどこか緊張しているように見えた。オルはテーブルマナーが分からないと不安がっていたが、普段から綺麗な食べ方をする男なので気にしなくて良い旨を伝えると堂々とした振る舞いに戻った。

「んーっ! 美味しいわね!」

 ベネッサは意外なことにそういった知識があるらしく雑ではあるが通例に従おうという意思が見えた。周りの目――特にベネッサは大衆を凡人と決めつけて見下す癖があるので他の客の目はまったく気にしていないようだったし、俺たちにも全く気を遣わず一人だけワインを美味しそうに飲んでいるが、それでもちゃんとするということはどこかで教わったりしたのだろうか。

「ベネッサのことだから食べづらいとか言って適当にするのかと思ってたけど、ちゃんとしてんだなぁ」
「失礼ね。私を何だと思ってるの。それに、食べやすさの話をしたら結局は食器を上手く使いましょうってことなんだから、下手に我流で押し通すより食べやすいはずよ。……でもまぁ、色々気にしてちゃんとしなきゃって思いながら食べるのは窮屈で疲れるかもしれないわね」

 これはもしかして店の選択を間違えたか。そんな不安が湧き上がってきたが、今さらどうすることもできない。暗い感情で食事の味が分からなくなっても困る。俺は意識して気にしないようにした。
 それから特に問題なく食事は進み、途中からカーシュも空気感に慣れてきたのかいつもの調子を取り戻していた。カーシュはなんだかんだ場を盛り上げてくれるので、彼の調子が戻ってからはみんな楽しく食べられていた。

「いやー美味しかったな」
「また来たいわね」
「……うん、来よう」

 全員がデザートまで食べ終わり、少しの静寂が流れる。これから何が起こるのか、俺が何を言うのか、みんなが知っているのにもかかわらず場に緊張感が走る。

「このパーティは誘拐されたモミジとユキを奪還するために奴隷を買って組んだ即興のパーティだ。目的が達成されれば解散するのが筋というものだろう。もとよりその予定で活動してきた。だから、今日、この場を以ってこのパーティは解散とする。これからは各々好きなように生きてくれ。機会があったらまた飯でも食おうな」

 パーティの結成にも解散にも、特にこれと言って書類が必要だったりすることはない。基本的には固定のパーティを組むものだが、そこにあるのは口約束だけである場合がほとんどだ。奴隷を雇うのとは違って連帯責任はない。自然発生、自然消滅があり得るくらいにはパーティというのは不安定なものなのだ。
 今回は同一の目的のために集めた一時的なパーティだったため自然に発生したわけではないが、解散のタイミングは正直悩みどころだった。モミジとユキが救出出来たら当然目的達成で解散しても良いのだが、二人を加えたパーティとして存続させる選択肢もあった。神の一件のお陰で解散せざるを得ない状況になったが、あれが無かったら俺はどうしていただろうか。
 簡単に離れるという選択を取ったみんなは結局のところこのパーティのことをどう思っていたのだろうか。別れという悲しげな空気が少しだけ俺をネガティブにした。

「なんか、やっぱりちょっと寂しいニャ。また会う機会もあるって、分かってるんだけどニャ……」
「そうだな。他では絶対にできない経験をさせてもらった。いつもそれでは疲れるが、平凡を選んだ身としては少し羨ましくも思える」
「勉強を教えていただきましたし、その、他にも色々とありがとうございました」

 俺の不安は杞憂だったみたいだ。寂しいとか羨ましいとか、感謝の気持ちは本物だ。

「こちらこそ、今思い返すと魔王城に乗り込むってのは無理な注文だったと思うよ。それなのについてきてくれてありがとう。突飛なことも良いけど、普通の魔物の討伐以来とか受けておけば良かったかもな」

 訓練の日々からワイバーンに乗って魔王城に乗り込む。俺たちがしたのはそれだけだ。一般的なパーティがしているようなことは何もしていない。当時はそれが最善だと思っていたし、今でもモミジとユキの奪還は最優先事項で早いに越したことはないと思っているが、それなら終わった後にでも一度機会を設ければ良かったと少し後悔だ。

「多分スマルなら一人でも乗り込んできただろうけど、あなたたちの存在が支えになっていたのは確かだと思うの。だから、ありがとう。スマルを支えてくれて。私を助けてくれて」
「……ありがとう。本当に、こうやって今、ここにいられて良かった、と思うから」

 モミジとユキも、別れの言葉の代わりに感謝を述べる。

「……そうね、せいぜい凡百に成り下がらないことね」

 ベネッサなりの激励。そう思うとなんだか微笑ましかった。
 その後、特にそれ以上は何も言わず、本当に解散となった。各々が次の拠点に向けて歩き出す。俺たちはそれを見送り、宿へと帰った。

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