「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十一話 フルメンバー

 大きな喧嘩になっていなければ良いけど。そんなことを考えながら、俺はみんながいる場所へと転移した。

「もう少し待っても――」
「だから、何度も言って――」

 案の定というか何というか、言い争いは白熱しているようだった。まだ殴り合いの喧嘩には発展していないが、この様子だとそうなってもおかしくなさそうである。ここで騒ぐと軍の索敵班に見つかってしまうかもしれないということも忘れてしまっているのだろうか。俺はとりあえず声をかけるより先に隠密行動時に展開していた結界を発動する。
 それから何を言い争っているのかが分かるまで内容を聞いてみることにした。言い争っているのはモミジとベネッサ。モミジは俺が帰ってくることを信じて待とうと主張し、ベネッサは俺に言われた通りセオルドの街まで帰ろうと言っているみたいだ。

「少しここで休憩して行ったって良いじゃない!」
「ここに長居するのは危険よ! パーティリーダーの言うことを聞きなさい!」

 彼女らもここに着いたばかりなのだろうか。特段疲れるようなことはしていないだろうし、モミジの体力が並の人間とは比べ物にならないことを俺は知っているのだが、要は俺のことを心配してくれているのだろう。なんだかんだ家族みたいなものだしな。その気持ちは嬉しいが、このままだと魔王城にまた乗り込もうと引き返しそうな気もする。それは本当に危ないのでやめてほしいところだ。
 対するベネッサは俺が委譲したリーダーという責務を全うしようとしていた。この場所が安全でないのは確かだから、メンバーの安全を考えて早く離れようというのも理屈が通っている。リーダーの言うことは絶対ではないにしろ、言っていることが間違っていないのなら従うのが通常のパーティのあり方だ。とすれば、合理的な判断をしたベネッサの指示には従うべき場面である。
 しかし、モミジやユキにとってこの指示は久しぶりに会えた俺という存在を見捨てることになり、簡単には頷けないのだろう。他のメンバーが積極的に口を挿もうとしないのも、そういう思いがあるからなのかもしれない。
 嬉しいもんだな、なんてことを考えて口論の外にいるメンバーに目を向けると、丁度驚いた顔でこちらを見ているリースと目が合った。せっかくなので微笑みながら手を振ってみる。すると、リースが隣にいたカーシュの服を掴んで俺の方を指さしてきた。二人とも口をパクパクさせている。面白い顔だ。
 数秒後、更にオルが驚く二人を見て俺に気付いた。そして、口論中の二人の間に入ってこれまたこちらを指さしてきた。

「私一人でも戻るから――え?」
「何のためにここまで来たと思って――っ!」

 モミジとベネッサも俺の存在に気付いたみたいだ。

「スマル! 良かった……っ!」

 駆け寄って来たモミジが涙ぐみながらそう言う。本当に心配してくれていたのだな。ほぼ説明もしないで飛び出してしまったから、なんだか悪いことをした気分になってくる。

「心配かけて悪かった。ありがとう」
「本当よ。でも、これで私の役目は終わりね。早く指揮を執ってくれる?」

 ベネッサは対極的で、ゆっくりと歩いて近付いてくる。心配というよりは呆れが強そうな表情だ。咄嗟に俺が不在の間のリーダーを任せてしまったが、面識のなかった二人がいきなり加わったパーティを導くのは難しかっただろう。現にこうして喧嘩のようなことをしていたのだから、さっさとやめたいと思うのももっともな感想だ。
 ただ、俺がやっている時にこんなに意見が食い違うことはなかったから、少し意外でもあった。俺のまとめ役としての能力が優れている、というよりはただ問題が発生しなかっただけのようにも思えるが、どうしてあんな言い争いになってしまったのだろうか。

「そうだな、細かい話は向こうに着いてからにしよう。ワイバーンは放してやるつもりだけど、ここで放すと狩られるかもしれないからな。一応セオルドの近くまで連れて行く。異論は……なさそうだな。よし、じゃあ帰るぞ」

 転移魔法陣を展開し、その内側に収まるように寄ってもらう。それから拾っておいたクリスタルを一気に三つ砕いて魔法陣を発動させた。

「帰りは楽で良かったニャ」

 帰りも空を飛ぶことを覚悟していたらしいカーシュが安心した様子で笑う。転移で帰れているのはクリスタルを大量にストックしておいて、持ち出すことを許してくれた魔王のお陰なのだが、それを言うと色々と問題がありそうなので言わないでおくことにした。魔王と結託していると思われても困るし、もしかすると彼らを神との戦いに巻き込んでしまうかもしれない。
 危険でなければ戦力として手伝ってもらうのもありだが、それを判断するのはヴォルムと話をしてからだ。既に逃げられない身としてちゃんと事情は聞いておきたいし、それが嘘である可能性も考慮して立ち回りを考えなければならない。できることなら誰も巻き込みたくはないのだが、一人で会いに行けるような暇はあるだろうか。それとも向こうからこっそり会いに来たりするのだろうか。
 魔王が倒されたと報じられ、色々と世界の情勢も変わるだろう。考えなければならないことで一杯だ。楽な思いをしているカーシュとは反対に、俺は大変になる未来を想像してげんなりした。

「術者は楽でもないって言ってやろうと思っていたけれど、その様子を見るとそうでもなさそうね」

 転移が完了するなりベネッサが愚痴をこぼした。魔術を扱う難しさをこの場にいる誰よりも分かっている身としてフォローしてくれるつもりだったみたいだ。確かに転移魔術は難しい魔術に分類されているし、移動距離が延びるほどに消費する魔力量も増える。つまりは使用者への負担が大きいということになるのだが、俺の場合、やっていることは至極簡単だ。魔力操作で魔法陣を描き、クリスタルに内包された魔力を使って発動させるだけ。移動に使うなら戦闘時のように考えなければならないことも少ないので実は負担なんて物はほぼないのだ。

「ベネッサも疲れたくないならもっと魔力制御の練度を上げるんだな」

 半ば煽りのようになってしまったアドバイスをすると、無詠唱の雷の矢が飛んで来た。恐ろしい速度だ。ちゃんと成長しているのは良いことだと思う反面、迂闊なことができなくなった気がして肝を冷やした。


先週の更新分が正常に更新できていなかったみたいなので二話纏めての投稿です。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品