「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百三十六話 魔王

 声のした方に駆けて行く。俺たちが入ってきた正面の入り口に結界が張られていて出入りができないようになっていた。勇者たちがいるのはそこから三方向に分かれた内の真ん中の廊下を選んだ先。さらにその先の階段の上だ。謁見の間というのだろうか、正確には違うかもしれないが、いかにも王様が座っていそうな豪華な椅子が置かれたスペースがそこにあるのだ。

「まだ何も起こってないでくれよ……」

 覚悟しろと叫ぶ声が聞こえてからそれなりに時間が経った。神の眼を使った時にはまだ戦闘は始まっていないようだったが、その後に長々と話をするとも思えない。魔王が偽物なら戦闘になった時にその実力から罠がバレてしまうから引き延ばそうとするかもしれないが、それで場を持たせるのもそろそろ限界だろう。

「これでも魔術師なんだけどな……っ!」

 俺はとにかく急いで階段を駆け上った。世間的には肉体派ではないはずの魔術師なのだが、なんだか最近は駆け回っていることが多いような気がする。
 舌打ちをしながら、左右に伸びる廊下には一切目もくれず正面の大扉を開いた。まずは状況確認。誰かに声をかけるよりも先にいざという時のために障壁を貼れるように準備した。
 一斉に中にいた奴らの目がこちらを向く。警戒の色。驚愕の色。それぞれ違う反応を見せたが、魔族の男だけがうっすらと笑ったように見えた。

「え、あれ、スマル!?」

 コウスケが俺を認識して叫ぶ。俺がこんなところに来るとは思っていなかったのだろう。相当驚いている様子だ。だが、いくら驚いたからと言って敵から目を逸らしても良い理由にはならない。現れたのが敵勢力なのだとしたらまだしも、俺を認識した上で眼前の魔王より俺に注目していてはその間に何をされるか分かったものではないからだ。
 しかし、それを今伝えていられるほどの余裕はない。魔王が動いたのだ。何をするつもりなのかは分からないが、意識が逸れている今、勇者たちを狙う攻撃だったらまずい。彼らがここでやられるという最悪の事態を防ぐために、彼らと魔王との間に障壁を張った。

「役者は全員揃ったようだな」

 瞬間、部屋全体に及ぶほどに大きな魔法陣が床に広がった。範囲殲滅系の魔術かと身構えるが、見たところそうではなさそうだった。転移の魔術に似た何か。大きすぎて全体が見えなかった俺に分かったのはそこまでだった。
 と、なるとこれを避けるには範囲外に逃げるしかない。幸い俺の立っている場所は扉のすぐ近くだ。効果範囲がこの部屋全域だとするならば、発動までの残り数秒の間に少し後ろに下がるだけで回避できる。
 しかし、勇者たちはこれを避けることができずにどこかへ飛ばされてしまうだろう。加勢しに来た俺だけがここに取り残されるわけだ。

「それは避けたいな、っと!」

 そこで俺は魔法陣に魔力をぶつけることで妨害ができないかと試みた。これだけ規模が大きい魔法陣だと少しでも狂いがあるだけで発動できなくなるのではないかという期待を込めた試みだったのだが、そこそこ力を入れて干渉したつもりだったのにはじかれてしまった。妨害対策はばっちりということらしい。流石に魔王というだけあってその辺りの扱いには長けているみたいだ。これで影武者だったら魔王がどれだけ強くなってしまうのか分からないため、未確定ではあるが、とりあえず目の前の魔族を魔王と認識することにした。

「宴の会場に、移動しようか」

 その言葉と共に魔法陣が一層強く光を放つ。一体何を言っているのか。宴の会場とはどこなのか。何一つとして分からなかったが、とにかく俺は突っ立ったままの勇者たちの近くに駆け寄った。半ば迷信みたいなものだが、転移した時にできるだけ近くにいられるようにだ。
 そして、広い部屋を白光が呑み込んだ。

 閃光のあまりのまぶしさに瞑っていた目を、開く。目に映ったのは一瞬まだ光の中にいるのかと錯覚するほどに真っ白な世界。いつか神と対峙した時の空間によく似た景色だった。
確認できる限りでは人の立ち位置などは変わっていないみたいで、目に見える外傷もない。ただ転移しただけのようだった。
 それにしては大きく複雑な魔法陣だった気がする。そんなことを考えていると、魔王が口を開いた。

「ようこそ。と言ってもここは別に私の作り出した空間というわけではないのだが、とにかく、君たちをここに連れてくることができて良かったよ。私はご存じの通り今代の魔王をやっている、ライヒメル=デモニアだ。よろしく」

 魔王というからもっと悪者感の強い人相を思い描いていたのだが、モミジとユキが言っていた通りにその姿や立ち振る舞いは穏やかなものだった。お辞儀も綺麗で、どちらかというと王に仕える執事のような雰囲気だ。

「なんだ? 俺たちも自己紹介した方が良いか? 俺は『武』の勇者コウスケだ。コウスケ=マツダ。よろしく」
「えと、私は『知』の勇者をしています。ユウカ=ササキと申します。よろしくお願いします」
「本当にこれ必要か? 『技』の勇者、レイジ=スズヤだ」
「エル=ソルガリアよ」
「ブルーと言う」

 勇者たちは特に以前と変わっていないようで、聞いたことのある自己紹介だ。なんてことを考えていたら、次はお前の番だと言わんばかりに視線が集まった。

「ただの冒険者をしている、スマルだ。正直場違いな気がするが、とりあえずはよろしくと言っておくよ」

 エルとブルーは言っていなかったが、二人にはちゃんとした肩書がある。そんな中で俺だけただの冒険者なのは非常に居心地が悪い。だから、宴か何かは知らないがさっさと帰るために話を進めることにした。

「で、俺たちは何でここに連れて来られたんだ? 別に場所を移して戦うような感じではないってことは分かるんだが」
「そうだな、いつまでもお待たせしては悪い。早速本題に入るとしよう」

 そういった魔王はくるりと後ろを向くと、仰々しく腕を広げて叫んだ。

「我が神よ!」

 すると、白かった空間が一気に暗くなり、禍々しい空気に包まれた。そして、強烈なプレッシャーとともに、どこからともなく人影が現れる。

「ふむ、どうやら集まったようだな。我が名はボルザック。『戦』の神である」

 予想通り、神が出てきた。

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