「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百三十五話 決断

「覚悟しろ、魔王!」

 階段を上り切ったところで聞こえてきた声は、間違いなく勇者の声だった。『武』の勇者コウスケ。修行をつけてやっていた時から格好つけたがるというか、目立ちたがるというか、いかにもな立ち振る舞いを好んでしていたからきっと本番でもそうなのだろうとは思っていたが、まさかこんな間近で聞くことになるとは。今も変わらず――いや、軍を率いる立場となった今、俺が知っている頃よりもより振る舞いが派手になっていそうだ。

「まずいな……」

 階段からでは向こうの詳しい様子を知ることはできない。だがそんな立ち位置からでも敵が集まってきていることは認識できた。恐らく時間が経てばもっと集まってくるのだろう。ここから誰にも見付からずに逃げることを目標としている身としては最悪の状況だ。
 本当はいち早く出て行きたいのだが、今動き出すのは危ない。とりあえずは様子見に徹することに決めた。そこで、気になったことモミジとユキに聞いてみる。

「そういえば、二人は魔王に直接会ったのか?」
「そうね、ここに転移してきた時に目の前にいたわ。でも、魔王だからって恐ろしいとか、そんな感じじゃなかったわ」
「……何回か話した。温厚なただの魔族」

 魔王というとやはり悪者のイメージが強い。それは俺が転生者であるからではなく、この世界でも同じような認識だ。魔族側からしたら違って見えるのだろうが、史実に基づけば魔王は人類の敵である魔族の親玉だ。幾度となく戦争を繰り返し、その度にお互いに被害を出してきた。
 二人によると実際は温厚とのことだが、現在、人間と魔族は戦争をしている。いくら普段は穏やかでも、本質的には魔王だということなのだろうか。
 不思議な感覚ではあるが、それを信じるというか、確かめるためにもここで死んでほしくはないなと思った。

「勇者と魔王が戦ったらどっちが勝つと思う」

 だから、直接両者を見ている二人の意見を聞く。

「勇者は複数人いるから……真っ向勝負なら勇者たちでしょうね。魔王にも部下がいるはずだからそんなことにはならないと思うけど、魔王と一緒に戦うのがどんな魔族なのかまでは知らないのよね」
「……どちらが勝つにしても、接戦。横槍が入れば分からない」

 そう言いながら、ユキがさらに何か言いたげな表情でこちらを見つめてくる。意図は伝わった。だが、それに踏み切るかどうかは別の話。助け出してさっさと逃げるつもりだったのに、いきなりそんなに急な方向転換をしても大丈夫だろうか。
 パーティリーダーとして、上手く舵取りできる自信はなかった。

「……動きそうね」

 俺がどうしようかと悩んでいると、ベネッサがぽつりと言った。何かを感じ取ったらしい。動く、というのは戦闘が始まるということだろうか。魔力感知に集中してみると、確かに勇者たちと魔王が対峙して、緊張感が高まっているような気がした。しかし、同時におかしな点にも気づいた。

「魔王は一人なのか……?」

 勇者たちは一パーティとしてちゃんと欠員なく揃っているのに対し、魔王側には一つの魔力しか感知できなかったのだ。一応城の外、特に入り口付近には周りから集まってきた魔族の反応がたくさんあったが、中にいるのはたった一人だ。いくら魔王が魔族を統べる王であり、戦力として最強の存在であったとしても、天敵であるはずの勇者をたった一人で迎え撃つなんてことがあるだろうか。
 本当に温厚で交渉でどうにかしようとしているのか。それならそもそも戦争を始めなければ良いのではないか。勝つ自信があるから。それにしても看守すらいないのはどうなのか。
 色々と考えが頭の中を回る。

「罠、じゃないよな……?」

 そして、城とたった一人の魔族を囮にした罠作戦。その可能性に気づいた瞬間、一気に焦燥感に駆られた。

「罠って、どういうことニャ」
「ここは魔王城だ。それは人間側の軍も分かってる。だからここに勇者一行を派遣した。でも、その情報を先に魔王軍が掴んでいたらどうすると思う。余程のことがない限りは何か罠を仕掛けるだろう。ずっと、壁から矢が飛んでくるとか毒ガスが噴き出るとかそんな罠を想像してたが、城を丸ごと囮として使うのなら、そんな細々したことはしなくて良くなる。ここではないどこかから、魔王や魔族のエネルギーと、クリスタルのエネルギーを集めて城諸共吹き飛ばしてしまえば良いんだ」

 だから細々した仕掛けはおろか、無駄な人員も必要ない。囚人は別に消えたところでどうでも良いという判断とすれば、この不気味な程に人気のない魔王城に説明がつく。
 しかしこれはあくまで可能性の話だ。確実にこうなるという予言ではない。当然のように俺の予想や組み立てたストーリが間違っていることだって考えられる。だが、可能性がゼロではないというだけで、警戒するには十分だった。
 しかも、命にかかわるかもしれない可能性だ。すぐにでも動き出さねばならない。最悪、ここから全員で転移でも良い。俺の負担はこの際考慮しない。

「最悪の事態に備えて、動き出そうと思う。外にはすでに魔族がたくさんいて普通に出て行けばバレるだろうが、どうやら駆け付けた魔族も城の中には入ってきていないようだから、城の中はほぼ自由に歩き回れる。それを利用して上の方から出るぞ」

 そこから半ば滑空にはなるだろうが、飛行魔術でワイバーンの待つ場所まで戻る。俺一人の魔力では足りなくても、クリスタルを砕けば問題ないだろう。これで俺たちは脱出できる。
 ただ、どうしても勇者たちのことは心配だった。これでも彼らを育てたという自負がある。そんな彼らが罠にはめられるかもしれないというところで、師であるはずの俺がそそくさと逃げて行っても良いのだろうか。いや、悪いなんてことは絶対にないはずなのだが、勇者とはいえ彼らは人間だ。いくら戦闘に長けていたって、身体的な耐久力はそう大きく変わるものではない。ただ城が崩落しただけでも生きてはいられないだろう。
 もし、ここで勇者たちが死んだとなったら、俺は今のこの選択を許せるだろうか。
 自分のパーティを優先したと言い逃れし続けることになるのだろうか。

 俺は懐からクリスタルを取り出し、立体魔法陣を刻む。人数分用意して、配った。

「これは……?」

 急にクリスタルを取り出した俺に、困惑気味のモミジが言う。

「球状の障壁の中に入って岸まで自動で飛んで行くようになってる。まぁ、飛行魔術――移動手段だ。今から一時的にパーティの指揮権をベネッサに委譲するから、向こう岸までしっかり頼むよ」

 委譲の証、ではないが、現在展開している結界の核となる部分をクリスタルに移し替えたものもベネッサに渡す。ベネッサは何も言わなかった。何を考えていたのかは分からないが、逆らうことはないだろう。

「スマルは、どうするの……?」

 言いながらモミジが前に出る。どう、と言われると罠なのかどうかを確かめてから動くことになるため表現が難しい。だが、いくらでも言いようはある。俺は少し悩んでから口を開いた。

「……ちょっと教え子の前で格好つけてくる」

 戦場へと駆けだした。

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