「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百三十一話 上陸

 しばらく海上を飛んで、徐々に向こう岸がはっきりと見え始めた頃、遂に岸に魔族が集まっているような気配を感知した。見張りが俺たちを見付けて仲間を集めたのだろう。理想を言えば誰にも気付かれない内に城の中に入り込み、一度も戦闘せずにモモとユキを助け出せたら良かったのだが、戦争中ということもあってか、そこまで甘くはないみたいだ。

「多分気付かれた。まだ射程外だろうけど、警戒しておいてくれ」

 俺の忠告にみんなが頷く。いくら訓練をして以前とは比べ物にならないくらいに強くなったとは言え、相手は未知の部分が多い魔族。それも親玉の本拠地である魔王城が近いとなれば不安もあるだろうに、今更怖がって委縮しているような奴はいなかった。心強い限りである。

「こっちから仕掛けるつもりはないのよね?」

 特にベネッサは委縮どころか戦いを楽しみにしている節すらあった。だが、俺たちの目的は戦争に加担して魔族を退けることでも滅ぼすことでもない。ただ囚われた二人を助け出す。それだけに全力を注ぐのだ。

「ああ、戦闘はできるだけ避けるつもりだ。その方針は変えない」

 だから、反撃もできる限りしたくないし、基本は隠密行動だ。今は仕方なく敵の前に姿を晒しているが、上陸してからは誰にも見付からないように動くつもりだし、帰りは保険として魔力を残しておく必要がないので、認識阻害の結界も全力で張ることができる。
 戦いたいベネッサからしたらあまり面白くないとは思う。だが、大事にしても良いことがないのは分かり切ったことだ。今は作戦通り、俺の指示に従ってもらおう。
 それに、そろそろ魔族が攻撃を仕掛けてくるから、一時的に退屈はなくなるはずだ。予想では射程圏内に入っても十分な威力を確保するためにある程度近付くまでは仕掛けてこないと踏んでいたのだが、どうやら例のクリスタルか、それに準ずるものを用意しているらしく、贅沢なことにそれを使った攻撃が飛んで来そうなのだ。
 セオルドの街を襲った魔族が使ったような強力な攻撃がポンポン飛んで来るとは考えづらいが、それにしたってこちらから有効打が与えられない距離で十分な威力を持った攻撃が放たれるというのは厄介だ。
 俺はいつでも障壁が自由に展開できるように魔力の流れを制御して準備した。
 その時、丁度魔族側からの攻撃が放たれたようで、鈍い色の光球がこちら目掛けて飛んで来た。

「何か来るニャ!」

 直感的に反撃ができない距離であることを悟ったらしいカーシュが、一方的な攻撃に少し焦りながら報告する。だが、たった一つの光球ごときを避けられないワイバーンではない。それぞれがぶつからないようにうまく連携を取って、光球の軌道から外れた。
 それを確認したのか、岸では新たな魔術が構築される。今度はちゃんと数を揃えて、弾幕を張られた。魔族もクリスタルを無駄遣いする馬鹿ではないらしい。

「俺が受ける! 後は避けろ!」

 大きく散開すれば避けられそうではあった。だが、俺が一人で防御を担うため、カバーしきれなくならないよう、あまり仲間と距離を取りたくなかった。そこで、事前に話していた通り、俺以外が回避に徹し、俺がそれを邪魔しないようにすることで被弾を回避した。当然、俺を掴んでいるワイバーンは光球を避けるために飛んでいないため、何発も目の前に光球が飛来する。だが、その全てを障壁で防いだ。
 一人を捨てることで他が生き延びるような作戦ではあるが、見方を変えれば防御力が一番高いところに攻撃を集めているだけである。所謂タンク。その役割を遠距離戦でもしているような感覚だ。

「とりあえずは大成功、っと」

 心配はしていなかった。だが、何事にも万が一というものはある。それに、一人を捨てても避けきれないような物量で押し切られればこの作戦は意味を成さない。だから、第二波を防ぎ切りみんなの無事を確認した時は良い判断ができた証明のようで嬉しかった。

「次に備えろ! 数が増えるぞ!」

 しかし、ここは戦場。喜びに浸っていられるような暇はない。仕留められていないことを確認した魔族たちは、今度こそはと数を大幅に増やしてきた。岸に見える発射前の光球の数は先ほどの十倍以上。更に、威力と弾幕の密度を上げるためなのか、俺たちが近付くまで撃って来ないようだ。

「迂回しても良いのではないか?」

 それを見たオルがそう提案する。確かに、わざわざ危険な場所に近付く必要はない。俺たちが今、魔族のいる岸を目指して飛んでいるのは単純に最短距離で着く航路で飛んでいたからだ。それ以外に何かこだわりがあったわけでも、作戦上重要な場所があるわけでもない。しかし、迂回したところでそう大きく状況は変わらないというのが俺の意見だった。

「それも良いが、多分追ってくるぞ。向こうからはずっと見えてるんだ。迂回して無駄な時間をかけて兵を増員されるより、今突っ切った方が絶対に良い」
「そうね。見たところ数も多くないみたいだし、一度くらい撃ち合いがあっても良いんじゃないかしら?」

 ベネッサの加勢は私情が入りまくっているが、見付かってしまった以上戦闘が避けられないのも事実。ここで目撃者を処理して隠密に徹するというのも一つの選択肢だ。

「よし、撃ち合いだ! 指示を出すからいつでも撃てるように準備しておいてくれ」

 そう言って俺たちは岸を目指して速度を上げた。そして、魔族側の一斉掃射。光球が壁となって迫る。

「縦に並べ! 突っ切るぞ!」

 光球を発射させた後で縦に並び、前面を障壁で守る。こうすることで多くの光球を無意味なものにし、こちらの消費を抑える。数秒、閃光に包まれた後、俺たちは無傷で光の壁を潜り抜けていた。

「反撃だ! 撃て!」

 合図と同時に隊列を崩し、各々が攻撃を放つ。火球が飛び、雷撃が飛び、岩弾が飛び、ワイバーンもブレスで加勢した。いくつかの悲鳴と共に、岸にいた魔族が吹き飛ぶ。反撃のつもりなのだろうが、また光球がいくつか飛んで来たが、まばらに飛んで来るので避けるのは簡単だ。俺は魔法陣を展開してそのエネルギーを吸収してやり、擬似的に反射をして攻撃に参加した。着弾と同時に地形が抉れる。

「うわぁ……強すぎだろ……。これを量産できるってどうなってんだよ……」

 数秒後、生きている者のいなくなった岸に俺たちは降り立った。木箱に詰められたクリスタルを拝借し、認識阻害の結界を展開する。

「楽しかったわね!」
「この先は徹底的に隠密だ。そんな期待のこもった目で見ないでくれ……」

 魔王城攻略作戦、第一関門を突破した。


誤字報告ありがとうございます。報告のあったところは直しておきました。

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