「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百二十八話 平穏で楽で快適

 平穏な空の旅が続く。依然として高所を高速で飛んでいるというだけで一定の怖さはあるものの、それ以外で脅威になり得るものとは遭遇していなかった。見かけるものと言えば同じ空を飛ぶ鳥か、豆粒サイズの人間くらいだ。どちらもこちらの存在には気付いているようだったが、鳥たちが攻撃してくるはずもなく、人間にしたって上空にワイバーンを見つけたからと言っていきなり攻撃してくる頭のおかしい輩はいなかった。ついでに言うと、一般的な冒険者が俺たちのいる高さまで十分な威力を保ったまま攻撃を届かせるには相当燃費の悪いことをしなければならないはずなので、頭のおかしい輩がいたとしても防壁を張れるこちらからすると脅威にはならなかっただろう。
 しかも空の旅はただ平穏で楽というだけではなくなった。騒いでいたカーシュが遂に諦め、静かにしてくれるようになったのだ。荒療治というか、無理矢理縛り上げてしまったことについては申し訳なく思っている。リースも少なからず怖い思いをしただろう。だが、ずっと悩まされていた騒音がなくなってみると、こうして無理にでも静かにさせたことは間違いではなかったと実感できる。風よけの障壁も張れば平穏と楽に快適が追加された素晴らしい空の旅の完成だ。
 ちなみに、拘束を解いた瞬間騒がれても嫌なので、次地上に降りるまではカーシュは縛り上げたままだ。

「いやー、結構安定するもんだな」
「ハンモックって言うからもっと揺れたりするものだと思っていたわ」

 流石に上昇中や風よけの障壁を張るまではそれなりに揺れていたのだが、ワイバーンが一定の高さを一定の速度で飛び、外から揺らされることもなくなった今、ロープの足場は急造のものにも関わらずとても安定していた。ハンモックと言うとどうしても揺れたり落ちてしまったりというイメージがあったのだが、それは細長く両端を固定する設置の方法からそうなるというだけで、編み方自体は人が乗っても大丈夫な耐久性を誇るものだから、五点で支えてやればこうして五人と一匹が乗っても破けることなく安定してくれるのだ。
 安全のためとは言え、太いロープを用意したせいで重くなってしまったのではないかという懸念もあったが、ワイバーンはそんなことは一切意に介していない様子で悠々と飛んでいる。流石にトンボやハチドリのようにホバリングしたり滑らかに飛んだりはできないようだが、網の伸縮性や網自体が吊るされている状態なこともあって揺れはだいぶ軽減されているようだった。

「広いのも良い。こうして寝転がったまま移動できる日が来るとはな……」

 体重による心配がなくなった途端、オルは寝転がり始めた。ハンモックと同じ編み方とは言え、使っているロープが太いためそれなりに目は粗い。結び目はこぶしほどの大きさで寝転がるには少し適さないような気もするのだが、身体が鉱石でできている彼にとってはあまり気にならないことらしい。一点に体重がかかるより寝転がって分散してもらった方が網にかかる負担は減るから、一番体重のあるオルが寝転がるのは合理的ではあるのだが、ずっと寝ているのを見ると見た目に反して案外怠惰な奴なのではないかと思えてくる。まだ知り合って長いとは言えないが、いつも真面目な雰囲気を纏っていたからグータラしている姿を見るのは少しショックだ。

「流石に火や刃物を使うのは憚られますね」

 リースの方は恐怖を乗り越え上空で料理ができないかと画策していたらしい。縄の材質的に火と刃物は危なくて使えない。だから料理も無理だと結論付けている。料理担当は基本的に彼女に任せているからこうやって考えてくれるのはありがたいことだ。仕事に積極的で責任感があるのは良いことだ。だが、どうも違和感が残る。さっきまで真っ青な顔をしていた人間がこうも簡単に克服できるものだろうか。考えてみればこんな不自由な場所に来てまで料理をしようという発想が正常ではないように思えるし、もしかすると、恐怖を乗り越えたのではなく、恐怖が振り切れてしまったのではないだろうか。人間、吹っ切れると普段の様子からは考えられないような突飛なことをしだすものだ。昼頃に昼食を作るために地上に降りるだろうから、その時にそれとなく聞いてみよう。

「問題も出てきたなぁ……」

 平穏で楽で快適な空の旅。そう思っていたが、パーティメンバーの心の健康を考えるとそこまで安心できるものではなかったかもしれない。今のところ表面的な問題はないが、これがしばらく続くとなるとどうなってくるか分からない。カーシュをいつまでも縛っておくわけにはいかないし、リースの様子からして心のケアをしっかりとやっておかないと狂人が生まれてしまう可能性がある。それに今は大人しくしているベネッサも戦闘が足りないと暴れだすかもしれないし、オルが怠惰な方向に転がり落ちてやる気を失ってしまうかもしれない。ワイバーンやフォールも見た目からは分からないが、何か不満を抱えていてもおかしくはないのだ。
 それに俺だって、こうしてかもしれないかもしれないと不確定な不安について対策を考えるのはストレスだ。誰かのストレスが爆発する前に、ちゃんと口に出すように忠告しておこう。

「そろそろ昼飯にしよう。ってことで、一旦降りるぞ。引きずらないように止まってから真下に向かって降下してくれ」

 ということで、昼食ついでに忠告やらカウンセリングやらの時間を取るために、地上に降りる。今は森を切り拓いて作られた街道に沿って飛んでいたため、人がいないのを確認して道になっているところへ着陸だ。ないとは思うが、いきなり魔物や賊が出てきた時のために障壁を張り、警戒する。

「よし、ワイバーンはそのまま網を畳んでくれ。とりあえず脅威はいなさそうだから、森の中にスペースを見つけてそこで休憩だ」

 できることなら森の中は狭いからワイバーンたちのことを考えるとあまり入りたくない。だからと言って街道の真ん中で昼食というわけにはいかないし、いきなりワイバーンがたむろしているのを見たら通行人は驚くだろう。冒険者がいたら排除しにかかって来ても文句は言えない。
 別に犯罪行為をしているわけでもないのに悪いことをして隠れるような気分になりながら、俺たちは森の中へ入った。ワイバーンが翼を畳んで身を縮めて歩く姿は、先ほどまでの活躍ぶりが嘘だったかのように情けなく頼りなかった。

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