「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百二十四話 実験

 休憩中の安全のために張っていた結界のさらに外側、遠くの空をこちらに向かって飛んで来る魔物を感知し、俺は悩んでいた魔王城までの移動手段に利用できるかもしれないことに思い至った。

「魔物がこっちに向かって飛んできてる。ちょっと思い付きでやりたいことがあるから、結界を解いて応戦しようと思う。捕縛するから、みんなは防御に徹してくれ」

 だから、パーティメンバーには攻撃しないように言っておく。捕縛の際に多少弱っていた方がやり易いのは確かなのだが、うちのパーティは教えた技術を完全にコントロールできているわけではない。技の威力の調整が上手くできずに勢い余って殺してしまったり、余計な傷を増やしてしまったりするだろう。捕まえた後で回復魔術を使えばどうとでもなると言えばどうとでもなるのだが、そこに無駄な労力をかけるくらいなら最初から俺が一人でやってしまった方が消耗もないし時間もかからない。

「リースの周りには防御用の結界を張っておくから、食器の片付けをしておいてくれ。他は各自好きなように動いて良いが、一応戦闘中だってことを忘れないように」

 先ほど俺たちが囲んでいた机やいすとリースが小さめの結界で囲われる。それを見て安心したのか、リースはすぐに空になった食器や鍋を片付け始めた。水属性魔術で汚れを落とし、風属性魔術で水気を飛ばしているのを見るに、生活に役立つと教えた魔術をしっかりと活用できているみたいだ。
 自分が教えたことが有効活用されている。その光景になんだか嬉しくなりつつ、俺は外側の結界を解いた。それに気付いているのかいないのか、そもそもそこに結界があったことを認識していたのかも分からないが、魔物たちは進路を変えず、依然としてまっすぐこちらに向かって飛行を続けていた。
 そして、遂に目視で確認できるほどの距離まで接近した。

「あれは……初めて見るな」
「ボクも戦うのは初めてニャ。……あれ、見てるだけだから見学かニャ?」

 魔物の姿を確認して、真っ先に思い浮かんだのは「恐竜」という二文字だった。こんな恐竜いたな。なんて名前だっけ。俺はカーシュがボケたことを言っている間に、そんなことを考えていた。

「あれは、ワイバーンかしら。前私が見たのとは少し違うみたいだけど……」

 ベネッサは戦闘経験があるようで、少し自分の記憶とは違う部分に戸惑いつつもそれをワイバーンだと断定した。ワイバーンの生態は知らないが、広域に生息する生物は同じ種でも生息地や餌などの生育環境で特徴が変わることもある。恐らく今回もそんな感じのことが起こってるのだろう。あるいは、別の魔物かもしれないが、ゴブリンが剣を持ったら名前が変わる世界だ。見た目が少し違うくらいで根本からまるっきり違うということはないだろう。

「何が危険とかあったら教えてくれ」
「そうねぇ……掴まれないように気を付ける、くらいかしら。一応火球を放ってきたり、噛みついてきたりもするけど、そんなの効かないでしょうし。落下死にだけ気を付けたら良いと思うわ」

 ベネッサなりに考えたワイバーンによる俺に有効な攻撃。それは上空への連れさりからの自由落下コンボだった。しかし、上空だろうがどこだろうが俺は障壁を展開して足場にすることができるため、それくらいで死んだりはしない。両手両足を縛られた状態だったとしても、大したダメージにはならないはずだ。当然、効かないと予想されている火球や噛みつきも障壁や防御結界で防ぐことができる。向こうの攻撃が通らない以上こちらが負けることはないし、捕縛が目的なためこちらから攻撃する必要もない。障壁や結界で囲ってしまえば目的達成の簡単なお仕事だ。

「よーし、やるか」

 適当に気合を入れて、俺はワイバーンを迎え撃つ。と言っても、牽制程度に魔術を飛ばして、相手の攻撃を防ぎ、隙を突いて捕らえるといった簡単な作業だ。特段強い魔物というわけでもなさそうだし、気楽にやろう。
 こちらに気付いたワイバーンが、一瞬躊躇うように止まった後、火球を放ってきた。それなりに弾速は速いように見えるが、いかんせん遠くから放っているせいで着弾する頃には威力は半分以下、軌道も分かりやすく避けるのは容易だった。一応工夫して弾幕を張るように五体が協力しているようだが、それでも脅威は感じなかった。
 火球が効いていないことが分かったのか、それともただの牽制だったのか、ワイバーンはすぐに作戦を変えて接近戦に持ち込もうとした。上空から急降下した勢いをそのまま方向転換、横への移動に転じる。その動きからはワイバーンの飛行能力の高さが見て取れた。だが、速度を上げて突っ込んできたところで、防御特化の俺には意味を成さない。

「障壁展開!」

 折角だしなんか叫んでみるか、くらいのノリで特に技名があるわけでもない障壁を展開する。ワイバーンはそれを認識したみたいだが、高速で飛行するワイバーンは目の前を塞ぐ障壁を避けられない。見ていた誰もが叩き付けられた後の惨状を予期した。
 その時――

――グニィ。

 障壁、と呼ぶにはいささか柔らかい感触がワイバーンを包んだ。まるでクッションのように衝撃を吸収し、ゴムのように伸びてその速度を殺す。そのまま流動体のように形を変えた障壁は、ワイバーンにまとわりついて枷となった。

「ここまで狙い通りだとつまんねーな」

 魔物の知能が人間に比べてお粗末なものだとは言え、ここまで作戦通りに捕縛できてしまうのか。なんだか残念な気分になりつつ、捕らえたワイバーンを見た。しかし、捕らえたと思っていたが、地面に転がる数は四。一体は障壁を避け、再び上空に戻っていた。
 案外やる――いや、これくらいやってもらわないと。無意識の内に口角が持ち上がる。数秒の睨み合いの後、ワイバーンは脚部を向けて上から降ってきた。さっきよりも速度は遅いが、その分障壁などを展開しても離脱が容易なのだろう。真っすぐに、着実に距離を詰めてきた。
 それに対して俺は自分の身に纏うように障壁を展開し、脚というよりは爪による攻撃を受けた。前情報通り、がっしりと掴まれ一気に持ち上げられる。何やらカーシュが騒ぐ声が聞こえたが、耳に勢い良く入って来た風の音に掻き消され、何を言っているのかまでは聞き取れない。一瞬だけ見えたベネッサは俺がわざと掴まれたことを察したのか呆れたような顔をしていた。
 聡明な彼女なら捕縛すると言った時から気付いていたかもしれないが、これは飛行という移動手段が現実的かどうかのテストを兼ねている。ワイバーンのサイズというか形状的に上に乗って飛ぶことはできそうにないが、こうやって脚に掴まれていれば問題なく飛べそうだ。
 と、ワイバーンの飛行能力を肌で感じたところで、脚の掴む力が弱まり、俺は空に放り出され――なかった。掴む力が弱まったのを感じ取った瞬間、自分の下に足場用の障壁を展開したのだ。俺が落ちていくのを確認しようと旋回し、こちらを見たワイバーンが狼狽える。予期せぬ出来事に思わず羽をばたつかせ、身動きが取れなくなっていた。

「人間も、飛べるんだぜ」

 そこに拘束用の障壁を投げ、落ちていくのを俺は上から眺めた。


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「こいつらに掴まって、というか掴まれて? 飛んで行こうと思う」

 地上に落ちたワイバーンを一体ずつテイムした俺は、パーティメンバーに向かってそう宣言した。初めは冗談を疑われたが、俺の真剣な表情を見て本気で言っていることを察してくれたみたいだ。
 不安、呆れ、驚愕、各々抱く感情に差はあれど、しばらくみんな面白い顔をしていた。

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