「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百十七話 パーティ完成

「……好きにしなさい」

 結界を解除し、それから麻痺や拘束を解いてやると、ベネッサはそう言って目を瞑った。
 もう抵抗する気はないようで、本当に何をされても仕方ないと思っているようだ。

「好きに、と言われてもなぁ。奴隷を買うからには買う目的があるってのは分かるだろ? その目的を果たしてくれればそれで良いよ」

 正直、この反応は意外だった。
 奴隷の刻印の制止を振り切って逃げ出そうとするくらいだから、俺に戦闘で勝てなかったくらいで諦めるようには見えないのだ。
 もしかしたらこれも演技で単純に俺が騙されているという可能性も捨てきれないが、反抗しようとすれば即座に刻印が効果を発揮するはずだ。
 今のところ刻印は発動していない。
 つまり、彼女に反抗の意思があって俺を騙しているという可能性は、限りなく薄いものなのだ。

 そんな風に俺が少しの警戒を残しつつもとりあえずは一件落着かななんてことを考えていると、ベネッサが地面に座ったままの姿勢で体を抱き、潤んだ瞳で見上げてきた。
 俺はその艶やかな仕草に一瞬ドキッとする。

「つまり、そういうことでしょう? だから好きにしなさいと言ったのよ。私の身体はもうあなたのものよ」

 だが、その口から発せられた言葉に、俺の心の高鳴りは焦燥へと塗り替えられてしまった。

「……は?」
「言うことを聞かない悪い奴隷には『お仕置き』をするんでしょう? それくらい知っているわ」

 あまりに突拍子もないことを言い出すものだから、俺の脳みそは上手く処理ができずに固まってしまった。
 何か否定の言葉を発さなければと思うが、口が上手く動かない。
 結界で道を塞いでいたせいで普段より人通りの多い道が、徐々に騒がしくなっていく。

「何あれ……」
「さっき縛ってなかったか?」
「奴隷って聞こえたぞ。お仕置きするんだって」

 もう道は通れるようになっているというのに、多くの人が少し距離を置いて止まり、人だかりのようになってはそれが更なる人を呼んでいた。
 これでは見世物だ。

「おまっ、こんなところで何言い出してんだ! 一旦どっか別の場所に移るぞ」
「人目のないところに、ね……。拒否はしないわ」
「まーたそういうこと言う! ちょっと黙ってろ!」

 未だにしなを作っているベネッサを立たせ、手を引く。
 周りにいた街の人から何やらワントーン高い声が上がったが、俺はそれを無視して宿の方へ走った。


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「こいつはベネッサだ。戦闘時には後衛をやってもらう」
「ベネッサよ。よろしくね」

 部屋に戻った俺は他のパーティメンバーを集め、ベネッサの紹介をした。

「……戦闘用に買ったというのは本当みたいね。他にも人がいるみたいだし、とりあえずは安心ね」
「だから最初からそう言ってただろ……」

 ここに戻ってくるまでの道中で、俺はベネッサを買った目的と、買うに至るまでの経緯を説明した。
 魔王の元へ行くと言った時には素直に驚いていたが、リースやカーシュのように怖がったりはしていないようだった。
 むしろ楽しみにしているような気配さえした。
 やはりベネッサはただ強いだけの女ではないのかもしれない。
 強要するつもりはないが、できるならちゃんと時間を取って話を聞いてみたい所だ。

 だが、その前に。
 俺は昨日、怯えるリースに安全である証明をすると言っている。
 だから、今日はその話をしなければならないのだ。

「さて、こうして思い描いていた通りのパーティが組めたわけだが、改めて俺が目指すところを説明させてもらう。各自事前に話したから知っているとは思うが、これからの行動の最終目標は魔王の元に囚われた俺の仲間を助け出すことだ」

 このタイミングでメンバーの顔を順に見てみると、リースとカーシュは少し暗い表情をしていた。
 オルは真剣な表情に、ベネッサはギラついた目でこちらを見つめていた。

「それを遂行するにあたって、魔王軍との戦闘もあるだろう。何も知らずにこれだけ聞けば逃げ出したくなるのも分かる。だから安全であることを証明する情報だ」

 俺が用意した情報は、勇者との戦闘やこれまでに倒した魔物、それから蘇生魔術が使えるといったところだ。
 それから、ヴォルムからの受け売りにはなるが、戦闘技術を教えることで戦闘力と生存率の上昇を図れるというのも安全であることの証明材料になるだろう。
 これを聞いてもすぐには恐怖心は拭えないとは思うが、やる気があれば――それこそ死にたくないと強く願うなら、その分だけ強くなれるだろう。
 少しやってみて希望が見えなければパーティを抜けてもらっても構わないし、なんなら話を聞いた時点で抜けたいというならそれを引き留める気はない。
 それをわざわざ言ってやる気もないので、結局相当嫌でない限りはある程度ついて来る形にはなるだろう。

「俺は以前、勇者パーティを相手に一人で戦闘し、勝利した経験がある。それにゴブリンロードやスケルトンドラゴンもパーティを組んでではあったが、三人で倒した実績がある。これで少なくとも俺の実力が申し分ないことが分かっただろう。それから、勇者パーティがこの街を発って前線に向かうまで、戦闘技術の指南をしていた。お前たちにも同じように教えられるから、今より格段に強くなれるし、それは生存率を上げることにも直結する。嘘だと思うなら、全部冒険者ギルドで確認が取れるから聞いてみると良い。これでもまだ無理だと思うか?」

 説明を終えて問いかけると、ゆっくりとリースが手を挙げた。

「私は戦えません。いくら皆さんが強くなっても、私はずっと弱いままです。そんな私を守りながら戦うのは大変なはずです。それに、私が担当していることは誰でもやろうと思えばできることです。いつか私が邪魔になって、捨てられるのが怖いです。戦えないのに戦場に立たされるのは……嫌です」

 言われてみればもっともな意見だ。
 計算能力なら俺の方が高いし、料理もできないということはない。
 ただ、戦闘要員として買った奴隷には戦闘に集中してほしいし、俺はそう言った雑務をできるならやりたくなかった。

「できるけどやりたくないことをやってくれる。それだけでストレスがなくなって、良いコンディションでいられるんだ。だからリースは必要だし、必要なものは絶対に守る。俺はこれでも防御専門の魔術師なんだ。こうやってパーティを組んだのも守るだけじゃ勝てないからだしな。いざとなったら蘇生もできるが、それ以前に絶対に死なせたりしない。信じてくれ」

 俺はそう言ってリースを見つめる。

「私もさっき攻撃したんだけど、割と力込めた攻撃が効かなかったのよね。私はスマル様の防御力は信じても良いと思うわ」

 意外なところからの援護。
 ベネッサを見ると援護したつもりはないのか、単純に攻撃が防がれたことを不満に思っているような顔をしていた。

「……分かりました。私は、私にやれることを精一杯やります」
「ありがとう。奴隷とは言え一人の人なんだ。これからも意見があればすぐに言ってくれ」

 まだ言いたいことがあるような雰囲気だったが、結局その後意見を言う者はいなかった。


すみません急ですが次回更新も一週間空けさせていただきます。

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