「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百十五話 強い奴隷

 ぼったくられた。
 支払いを済ませた後にまず思ったのはそれだった。
 値下げ交渉は上手くいったと思ったのだが、それは勘違いだったのか高額な買い物になってしまった。
 しかも、それが適正価格なのかがこちらには分からない。
 ただ、他の奴隷が今買った奴隷と格の違うものだとしても、今までに買った奴隷の値段からして、きっと適正価格ではなかったはずだ。
 値段は気にしないなんて、言うんじゃなかった。
 若干後悔しながら、俺は拘束されたまま奴隷刻印を刻まれている女を眺めた。

「それでは、これから拘束具を外していきますが、行動を制限しているとは言え危険が伴う作業になります。お気を付けください」

 刻印は滞りなく刻むことができたようだが、どうやらその効力に不安があるらしい。
 不安が残るようなクオリティで客に渡すのはどうかと思ったが、それは裏返せばこの女がそれほどまでに強いということを意味している。
 まぁ、いざとなったら俺が封じ込んで新たな刻印を刻んでやれば良いだけの話なので、そこまで気にすることではないだろう。
 ただ、やっぱり不安が残るくらいなら値下げしてほしいとは思うが。

 内心不満たらたらだったが、今更文句を言っても遅い。
 金は払ってしまった後なのだ。
 俺は拘束具が外れていく様を、注意深く観察した。
 流石にないとは思うが、この場で周りの人をいきなり攻撃し始めないかを見張るためだ。
 まだ店側が出荷準備をしている途中とは言え、この女の所有権は俺にある。
 彼女が何かやらかした時の責任は、既に彼女一人のものではないのだ。

 まず手足の拘束が外され、白い肌が露出する。
 所々拘束具のせいか赤くなっているが、綺麗な肌だと言って良いだろう。
 印象としては引き締まっているといったところか。
 後衛にするために買ったが、恐らく近接戦闘能力もそれなりに高いはずだ。
 それから轡や目隠しが外される。
 その時にまとめられていた髪の毛も一緒にほどけ、腰の辺りまである長い髪がふわりと広がった。
 赤みがかっていて、緩くウェーブがかかっているように見える。
 女は一瞬眩しそうに目を細めた後、俺が視線を送っているのに気付いたのか、見つめ返してきた。
 切れ長の目で、瞳はこれまた綺麗な赤色をしている。

「あら、そこの熱心に見つめてくれているのが、私の新しい主様かしら?」

 それからそんなことを言いながら、自分の身体を抱き、口元を少し緩めた。
 どことなく艶やかな様子に俺は目を逸らしてしまいそうになったが、その間に殺戮マシーンと化してしまっては困る。
 反応は小さく頷くだけに留めて、視線は切らないように意識した。

「私はベネッサよ。よろしくね」
「俺はスマルだ。よろしく」

 短く自己紹介を済ませると、残っていた細かい拘束具もすべて外れたようだ。
 奴隷商の人から引き取り、店を出る。
 一旦宿に戻るつもりだったが、奴隷服が短い丈のペラペラした布でしかないため、先に服屋に寄ってから帰ることに決めた。

「珍しいわね、奴隷を買って真っ先に服屋に向かうなんて」
「そうか、俺はそんな格好のまま連れまわす方がどうかと思うが」

 ベネッサは罪を犯して奴隷になったと聞いていたが、話してみると凶悪そうな感じはしない。
 むしろ人当たりの良いというか、こちらの機微を読み取って気遣ってくれているような気配を感じる。
 分かりやすく凶悪な雰囲気の人より、こういう人の方が犯罪をする時は過激なことを平気な顔でしでかすイメージがあるのだが、彼女はそういう類の人間なのだろうか。
 こうして害のないように歩いているのもカモフラージュの一環で、既に刻印による行動制限は効いていないという可能性もある。
 いきなり反抗してくるとは考えたくないが、街の人の安全のためにも、気を配っておかなければならない。

「もう、そんなに警戒しないでくださいな」

 そんな俺の心を読んだのか、ベネッサが拗ねたような態度で抗議してくる。
 いちいち艶っぽい言動にどぎまぎしてしまうが、それで気を抜いたりはしない。

「悪いとは思ってる。でも強い強い言われてたからな。信用できるまでは警戒せざるを得ないんだ」

 本当に悪いとは思っている。
 だが、それと警戒するしないは別の話だ。

 そうこうしている内に服屋に着いた。
 女ものの服は良く分からないから、選ぶのは全面的にベネッサに任せた。
 色々と見て回りながら店員さんと話しているようだ。
 ベネッサは所謂モデル体型というやつだろうから、きっとどんな服でも着こなすのだろう。
 一応店員さんには危害を加えられないように膜状の防壁を用意したが、結局買い物が終わってもそれが機能することはなかった。

 宿に戻る道中、早速ベネッサは買った服を着ていた。
 手足の露出が多く、動きやすそうだがどういう構造なのか分からない服だ。
 服飾系の知識のない俺には何が何だかさっぱり分からない。
 ただ「どう?」と訊かれた時には、純粋に似合っていると思ったのでそう伝えた。

「ありがとう。奴隷になってもこんな上等な服が切れるとは思ってなかったわ」

 隣を歩きながら、ベネッサは微笑んだ。
 その顔を見て俺は少し警戒を解いても良いかなと思う。
 今までは常に視界の端には入れておくようにしていたが、少しくらいは視線を切っても良いだろう。
 常に気を張っているのは疲れるし、視野に入っているとは言えベネッサを気にし過ぎて前方不注意というのも危険だ。
 俺は一旦伸びをしながら前を向いて歩いた。

 その時、斜め後方――ベネッサのいる位置で魔力が動くのを感知した。
 咄嗟に背中を守るように障壁を張ったが、抵抗なく貫かれ、丁度心臓の高さに鋭い攻撃が入った。
 無駄に抵抗せず前に出ることで衝撃を和らげ、追撃を警戒して新たに障壁を張り直しながら振り返った。

「あら、当てたと思ったのだけど、大丈夫そうね」
「どういうつもりだ、ベネッサ」

 間に合わせで張った障壁は確かに脆いものだった。
 だが、それにしたって全く威力を殺せないまま貫かれたように思う。
 常時体表を覆うように展開されている防御膜があるから深刻なダメージは受けなかったが、背中に走った衝撃からして並みの人間が瞬間的に出せる威力ではなかった。
 強い強いとは聞いていたが、本当に刻印の制約を振り切って攻撃してくるとは。

「どうって、私は自由になりたいだけよ。奴隷の館から出してくれた上にこんな服まで買ってくれて、あなたには感謝しているわ。だから追わないと言うなら見逃してあげる。死ぬよりは良いでしょう?」

 自分の言っていることがさも当然かのように、ベネッサは半笑いでそう言う。
 だが、俺はベネッサを逃がしたやるつもりはない。
 将来的に自由の身にしてやるつもりではあったが、それはちゃんと仕事をしてからだ。
 大枚はたいて買った貴重な戦力。
 それもここまでの実力者。
 モミジとユキを助け出す希望なのだ。

「逃がすと思うか?」

 俺は簡単には破れないように、しっかり魔力を練り込んだ結界を展開して、ベネッサと俺を同じ空間に閉じ込めた。
 それを見てベネッサの顔から緩さが消える。

「殺せば出られそうね」

 俺とベネッサの戦闘が始まった。


別の原稿作業があるため来週の更新はお休みです。

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