「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百十四話 最後の一人

 翌日、俺は予定している最後の仲間を選ぶために朝から一人奴隷商の建物に赴いていた。
 通例通り受付の男と話し、右の部屋に向かう。
 部屋の中に入るとやっぱり同じ男がいて、どんな商品を探しているのかと聞いてきた。

「後衛――それも魔術が使えるのが欲しい。攻撃特化ならなお良しだ」

 俺がパーティを組む上であと一人必要としているのは、遠距離から強力な攻撃が放てる人材だ。
 今のところ俺たちのパーティには遠距離攻撃が得意な奴は一人もいない。
 一応俺が魔術師だからその役割を担当することもできるのだが、あくまで俺は防御特化型の魔術師だ。
 俺が効率の悪く威力の低い魔術で攻撃して、肝心なところで仲間を守れなくなってしまっては意味がない。
 今すぐにモミジやユキのように連携の取れる後衛にならなくても、とにかく高威力の魔術をいつでもぶっ放せる人材がいればそれだけで安定感が出ると思うのだ。

 それからしばらくして、隣の部屋から六人の奴隷が入ってきた。
 この辺りの流れは今までと変わらない。
 俺は一通りどうでも良い自己紹介をボーっとしながら聞き流した。

「いかがでしょうか」

 奴隷たちの自己紹介――もとい宣伝文句が言い終わると、男が穏和な笑みを浮かべてこちらを伺ってくる。
 いつもならここで追加の質問をしたりするところなのだが、今日はそれをしない。

「もっと強いのはいないのか?」

 俺が今まで見て来た奴隷よりもワンランク上の奴隷。
 今日はそれを求めに来たのだ。

「もっと強いの、と言いますと?」

 対する男は表情は変えずに、しかし纏う雰囲気を少しだけ鋭くして、訊き返してきた。

「言葉の通りだ。ここに連れてこられた奴隷たちよりも戦闘能力――今日の場合は特に攻撃力のある奴隷はいないのかってことだ。流石にこんなに大きい奴隷商がこれっぽっちの奴隷しか持ってませんってことはないだろう?」

 俺の言葉に一瞬、男の表情がこわばる。
 少し言いすぎてしまったかな、なんて不安が脳裏を過ぎったが、ここで弱気になってはいけない。

「この際だから値段とか、性格とかは気にしなくて良い。とにかく強い商品を見せてくれ」

 男と見つめ合い、数秒の静寂が流れる。

「承知いたしました。まずは見てもらって、説明はそれからにいたしましょう」

 正直ハッタリの部分が多かったのだが、どうにか通用したようだ。
 だがまだ安心するには早い。
 頭ではそれを理解していても、胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

 それから部屋に入って来たのは、一人の女だった。
 種族は俺の眼に異常がなければ普通の人間。
 特別魔術の扱いに長けた亜人が出てくるというわけではなかったし、基本的には今まで連れてこられていた奴隷と変わらないように見える。
 だが、決定的に違う点が一つあった。
 明らかに拘束具が多いのだ。
 両腕が動かせないように後ろにまとめられた上で胴体に固定され、脚も独立して動かせないように束ねられている。
 詠唱を防ぐためか口には轡が噛まされているし、目隠しまでしてある。
 これだけ厳重に拘束されているということは、それだけの強さを持っていると考えても良いのだろうか。
 俺はなんだかワクワクしてきて、これからされる説明に期待を寄せた。

「それではこちらの商品の説明をさせていただきます」

 そう改まって、男は丁寧な口調で話し始めた。

「まず、この商品の拘束具についてですが、これはこの商品がとても狂暴であるため装着させているものです。口を開けば魔術の詠唱。手足が動けば体術によって、我々職員も痛い目を見てきました。眼に魔力を込めて攻撃をするとの報告もあり、目隠しを装着させています」

 眼に魔力を込める。
 そのワードを聞いて、俺は自分の眼も同じようなことができるな、と思う。
 と同時に「報告もあり」という表現に違和感を覚える。

「報告ってことは見た当人はいないのか?」
「はい。過去に警備を担当していたものなのですが、攻撃を受けたと報告した直後に命を落としています。それからすぐに目隠しを装着するようにしましたので、それ以降は一件も同様の能力は見られていません」

 報告の直後に命を落としている。
 それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは呪いだった。
 時間差で効力を発揮すると言ったら、呪術だろう。
 この奴隷の眼には呪術が込められていて、込めていたのは魔力ではなく呪力だったのではないだろうか。
 真実はその力を使った本人に聞けば分かるので、俺はそこで思考を止めて先の説明を促した。

「種族は人間。性別は女。年齢は二十二です。他国で犯罪行為をして奴隷になり、何度か売買された後私共の元へ売られてきました。戦闘能力に関しては売りに来た人物は水属性と火属性の魔術の練度が高く、無詠唱でも放てると話しておりました。ただ、口を塞いでからは一度も魔術を使っていない様子なので、信憑性は低いと言わざるを得ません。それでもうちの職員が多数被害に遭っていますから、腕が立つことは確かです」

 無詠唱魔術。
 本当に使えるのなら、これは確実に買いだ。
 戦闘時に詠唱をするのは非常に効率が悪い。
 遠くから攻撃できることが利点であるはずの魔術を発動するための時間で敵に近付かれてしまうからだ。
 パーティを組めばその問題は解消できると思っている人も多いようだが、前衛の負担や誤射の危険性を考えても敵が遠くにいる段階で遠距離攻撃を仕掛け、数の減った、あるいは消耗した敵を前衛が抑える方が絶対に安全だ。
 それに、無詠唱魔術が使えるということは、それだけその魔術を使い込んだことを意味する。
 単純に数を使えば良いというわけではないが、無詠唱で放てるほどに攻撃魔法を使い込んでいる人材というのは戦闘面において非常に心強いのだ。

「それで、いくらだ」

 俺は半ば買うことを決心しつつ、値段を聞いてみる。
 さっき値段は気にするなと言ってしまったから言い値で買うことになりそうだが、その辺りはちゃんと男を睨みつけて牽制する。
 視線に「法外な値段設定にはするな」と意思を込めるのだ。

「き、狂暴な奴隷が手放せるわけですからね、強い奴隷とは言え、それなりにまけますよ」

 狙い通り、視線のやり取りだけで値下げ交渉が成立した。
 できるかどうか半信半疑だったが、案外やればできるもんだな。

「では、金貨七十枚でどうでしょう」

 俺のパーティに新たな仲間が加わった。

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