「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百十話 前衛

 俺が単純な計算問題を紙四枚分作った辺りで、リースとフォールが部屋に帰ってきた。

「スマル様、洗えました。これはどこに置けばよいでしょうか」

 その手には俺が渡した収納空間アイテムボックスに通じる袋が握られている。

「ベッドの脇に置いといてくれ。……あ、ちゃんと乾かしたか?」

 そこで俺は洗った後に食器を拭くものを渡していなかったことに気付き、濡れたまま袋に入れてないかの確認を取った。
 入れたところで中にある他のものが濡れたりすることはないのでそこまで問題はないのだが、次使おうとした時にビショビショの食器が出てきたらちょっと嫌な気持ちになる。
 もっとも、今回は濡れたまま入れたとしても次から気を付ければ良いしそもそも事前に示さなかった俺も悪いので咎める気はないのだが。

「はい。フォール様が魔術で乾かしてくれましたので」

 そう言ってリースは指定通りにベッドの脇に袋を置く。
 なるほど、思っていたよりフォールが協力的だったみたいだ。

「…………フォールが!?」
「え? はい。水もフォール様が魔力を注いでくださって……」

 あまりに俺が驚くものだから、リースが悪いことをしてしまったのかと怯えている。
 いや、そんなつもりは勿論ないのだが、今は気遣っている余裕がない。

「フォール、お前魔術が使えたのか……?」

 一応人間の言葉をある程度は理解しているらしいフォール。
 俺の言葉に対して、何やら得意げな顔をしてそれを答えとした。
 意味するところは肯定。
 今まで全く知らなかったが、フォールは魔力を操り、魔術を使うことができるらしい。

「マジか……。今度戦闘要員にする奴隷を買う時に一緒に能力チェックだな……」

 使役している側が能力を把握できていなかったという事態にショックを受けながらも、俺は戦力になるからと理由を付けて喜んだ。

 それから数分後、立ち直った俺はリースを机に呼び、四枚の紙を示した。
 それぞれに加法、減法、乗法、除法の簡単な計算問題が書かれている紙だ。
 今日はとりあえず四則演算を混ぜないでやってみてもらって、どれくらいの計算能力があるのかを見るのだ。
 今日の出来次第で、明日からはそれを混ぜたり、必要なら筆算のやり方や暗算の時に楽になる考え方を教えたりするつもりだ。

「これを、そうだな……出かけてくるから、俺が帰ってくるまでにといてみてくれ。分からないところがあれば飛ばして良いし、終わらなかったら終わらなかったで別に良いから、気楽にな」
「分かりました」

 俺はフォールに目配せをして、ないとは思うが敵がちょっかいをかけてこないかの警戒をさせた。
 一応、部屋を覆うように結界を張り、外からの攻撃を防ぐと共に、もし攻撃があった時は俺に感知できるようにもしておいた。

「それじゃあ、行ってくるからな」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 それから、部屋を出る。
 向かうのはリースを買った、奴隷商の建物だ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 建物の中に入ると、以前来た時と同じ男がこれまた同じ文言で迎えてくれた。
 前来た時に自分が何と返答したのかは覚えていないが、今日ははっきりとした用件があってここに来ている。

「戦闘用の奴隷を見せてもらおうと思ってな」

 そう、俺がここに来たのは、これからモミジとユキを助け出すための旅を共にするパーティメンバーを探すためなのだ。
 俺一人でも基本的には戦闘に負けることはないだろう。
 だが、旅の道中常に気を張って、ベストコンディションでいられるかと言われると、そんなことは不可能だ。
 野営中に奇襲を警戒しようにも人手がいるし、魔力量が多いわけでもないから連戦や長期戦もできない。
 できる限りバランスの良いパーティを組んで継戦能力を高める必要があるのだ。

「では、右手の部屋に担当の者がおりますので、そちらへお進みください」

 今日も前回と同じ右の部屋に通された。
 一応ノックをして部屋に入る。

「いらっしゃいませ。おや、スマル様じゃありませんか。どうぞおかけになってください」

 相変わらずの丁寧な態度で、こっちも同じ人が担当をしていた。

「本日はどのようなものをお探しでしょうか」
「今日は戦闘用の奴隷を買いに来た。まずは前衛ができるのを探してるんだが、良いのはいるか?」
「そうですねぇ。どんな種族でも良いのでしたら、獣人は人間に比べて身体能力の高いものが多いですから、成人済みの獣人の男はどれもお勧めできるかと。あとは実際に見てもらうしかありませんね」

 そう言って部屋の奥の扉を見ると、しばらくしてその扉から六人の奴隷が入って来た。
 前衛ということでガタイの良いのが揃っている。
 一人目はいかにもな見た目をした狼の獣人。鋭い眼光が特徴的で、機動力と攻撃力が優れているようなタイプだ。
 二人目は狼と似ているが、犬の獣人。狼と比べると雰囲気が穏やかで、素早く動き回れそうには見えない。相手の攻撃を受け止め、その隙に重量のある武器を叩きつけるようなタイプだ。
 三人目は人間だ。ゴリラみたいな立派な筋肉を全身に纏っている。スキンヘッドで荒くれ者にしか見えない。
 四人目はトカゲの獣人だ。一見オールラウンダーのようにも見えるが、どうしても腕が細いのに目が行ってしまう。
 五人目は豚の獣人だ。大柄で大きな盾を持っていそうなタイプだ。防御力だけで見たらこの中で一番かもしれない。
 六人目は亜人だろうか。この世界では生物の特徴を持った人型の知的生命体を獣人と呼び、無生物の特徴を持った人型の知的生命体を亜人と呼ぶのだが、この男は身体が岩か鉱物のようなものでできている。見ただけではどんな能力を持っているのかは分からなかった。

「いかがでしょうか」

 俺が一通り見終わったのを見計らって、男が聞いてくる。
 俺は前と同じように追加で質問というか、指示を出してみることにした。

「三人目のお前と、六人目のお前で腕相撲をしてみてくれ。それと、斥候もできるようなタイプの前衛がいたら紹介してくれ」

 それから俺の指示通りに腕相撲が行われた。
 結果は亜人の勝利。
 圧勝とまではいかなかったが、人間とは根本的に体の構造が違いそうだ。

 最終的に、俺はあとから紹介された斥候もできるタイプの猫の獣人と、亜人を買うことにした。
 猫の獣人は小柄でなんだか某オトモみたいな感じだ。
 パーティでの役割としては、亜人を防御力として猫にはすばしっこく駆け回ってもらって、近距離での魔術やそれで強化された物理攻撃をメインに闘ってもらうつもりだ。
 正直防御に関しては後ろから俺が担当した方が良い場面も多いはずだから、攻撃力での選出だ。

 今回もその場でお金を払い、奴隷魔術で契約をする。

「オルだ。よろしく頼む」
「カーシュですニャ。よろしくお願いしますニャ」
「スマルだ。よろしくな」

 新たな仲間が二人増えた。

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