「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百九話 料理

 調理器具の準備が終わってみると、早速これを使って料理がしてみたいという気になってきた。
 勿論、俺がすると他人に食べさせられるようなものはできないだろうから、リースが現時点でどのくらいできるのかの確認がてらやらせてみるつもりだが、色々と手間をかけただけあってちょっとは使わせてもらいたいところだ。
 そこで宿の厨房が使えないか確認を取ったところ、もう少しで今いるお客さんに出す料理が作り終わるから、その後でということになった。
 とりあえず食材は旅の途中での料理を想定して、収納空間アイテムボックスの中に入っていたもので作ってみよう。

 俺はリースに手持ちの食材に何があるのかを説明し、献立を考えてもらった。
 少し遅い昼食ということでそんなにがっつりとしたものではない方が良いとだけ注文をしておくと、主食はパン、それに合うようにスープを作ると言ってくれた。
 俺も細切りのジャガイモと干し肉を炒めてみようと思う。

「おーい、もう良いぞー」

 献立が決まると、案外早く厨房にいた男から声がかかった。
 あんまり遅くなると俺たちの昼食の時間がとんでもないことになってしまうと言って急いでくれたらしい。
 ありがたい話だ。
 俺たちはお礼を言いながら厨房に道具を運び、料理を開始した。

 俺はまず、ジャガイモを洗うために流しに向かった。
 と言っても、そこに行けば水の出る蛇口があって、捻るだけで簡単に水が得られるというわけではない。
 この世界で上水道が整備され、その便利さを享受できているのはごく一部の人間だけで、一般人は魔術によって水を作り出して使うか、それもできない人は井戸や川、湧水を頼りにして生活しているのだ。
 この宿では水が発生する魔術を魔法陣で発動させているようで、蛇口を模した形の石の筒から水が出るようになっていた。
 ただ、俺はそれを使わずとも水くらいなら無詠唱でホイホイ出せるので、自分の手のひらから水を出しながらジャガイモを洗った。
 すると、雪平鍋のような形状の鍋を持ってリースがこちらへやってきた。

「スマル様、水を頂いても良いですか?」

 俺が水を出しているのを見て、スープに使う水をもらいに来たのだ。
 当然、断る理由もないので俺は手を差し出す。

「どのくらいだ?」
「このくらいまででお願いします」

 俺の問いにリースが指差しで答える。
 それに合わせて水を出してやった。

 そんなやり取りをしながら、俺たちは順調に料理を作っていった。
 俺は包丁を使うのが久しぶりだったからジャガイモを細切りにするのに手間取ったが、リースの方は慣れた手つきで野菜を刻んでいた。
 料理ができるという言葉に嘘はないにしても、できるの中にも上手い下手がある。
 まだ完成した料理を食べていないから断定することはできないが、見る限りでは下手ということはないだろう。
 味付けが致命的でもない限りは大丈夫そうだ。
 むしろこの場において一番料理の下手な俺が作っているものがちゃんとおいしくできるかの方が心配になった。

「スマル様、できました。そちらはどうですか?」
「ん、こっちももうできるぞ」

 数分後、リースが完成の報告をしに来た時、丁度俺の方も完成するところだった。
 煮込む必要がある料理とただ炒めるだけの俺が同時、どころか少し俺の方が遅い完成。
 元々俺は料理ができると宣言していたわけではないので、別にこの結果に何を思っているということはないが、しばらくは料理をしないと心に決めた。

「じゃあ、部屋に持って行くか」

 俺たちは出来上がった料理を部屋まで運び、それを新品の皿によそった。
 それまで何となく何を作るのか、見たり聞いたりしていなかったのだが、リースが作っていたのはトマトスープだったようだ。
 キャベツやニンジン、玉ねぎが入ったサラッとしたスープ。
 肉の類は入っていないが、野菜から出ただしの味が濃く、パンにつけても美味しい。
 詳しい分類は分からないが、ミネストローネとか、そういうものに近いだろう。
 俺の作ったジャーマンポテトもどきは、ジャガイモのサイズがバラバラで火の通り方もまばらだったが、それだけで劇的に不味くなるようなものでもないので、普通に食べることができた。

「美味いな。これで飯屋がないような場所でも食には困らないな」
「ありがとうございます。スマル様の作ったじゃーまん、ぽてと? も美味しいです」

 リースが言うとお世辞で言っているのかいまいち判断がつかないが、表情を見る限り無理して言っている様子はないので、少なくとも不味かったということはないだろう。
 まぁ、ジャガイモは火を通して塩をかけるだけで美味しく食べられる食材だ。
 むしろ不味く仕上げる方が難しいだろう。

 俺は保存の利く固いパンをスープに浸しながら、フォールのために生肉も用意した。
 肉食獣が食事をすると言うとどうしても口の周りをベチャベチャに血で濡らして貪るイメージがあるのだが、フォールはその辺りに気を遣っているのか、少なくとも俺の前では乱暴に食事をしたことがない。
 歯の切れ味が良く大きな肉の塊をそのまま皿に出して食わせても、静かにちぎって咀嚼している様子しか見れないのだ。

「リースは食事の作法とかは習ったことあるのか?」
「いえ、母にこぼさないように食べなさいと言われていたくらいです。奴隷として売られてから裁縫は学びましたが食事の作法については全く」

 俺はリースもお行儀よく食べていることに気付き訊いてみたが、特別習ってはいないらしい。
 大人でもできない人はいるというのに、これは良い買い物をしたかもしれない。

「じゃあ、リースは食器を洗って片付けておいてくれ。この袋に入れれば収納空間アイテムボックスに入るようにしてあるから、頼んだぞ」
「分かりました」

 俺は全員が食べ終わったのを確認して、リースに片付けもやらせてみることにした。
 今後は食事の片付けは当番制にして順番に回していくつもりだが、今日は別にやることがあるからリースの番だ。
 フォールに目配せして食器を運ぶのを手伝うように指示を出すと、リースに付き添うような形でついて行く。
 話が通じるものではないが二人――もとい一人と一匹には仲良くしてほしいものだ。

 俺はそんなことを考えながら、買ってきた紙を取り出し、そこにまずは簡単な四則演算の問題を書き出していった。

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