「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百八話 カセットコンロ

 調理器具を揃えた、と言うよりは過剰に買ってしまった俺たちだったが、とりあえず目的は達成できたので一旦宿に戻った。
 朝から出かけて買い物にそう時間も掛からなかったので、昼手前の微妙な時間だ。
 リースの勉強のために教材作りを始めても良いのだが、どうしたものだろうか。

「どうしようかな……」

 俺がうなっていると、リースが買ってきた調理器具が入った袋から、あるものを取り出した。
 それはカセットコンロ。
 もちろんこの世界にガスを燃料とする文化も技術もないので燃料は別のものだが、持ち運びが可能なコンロがあるということは旅の途中で料理をする上で、大事なことなのだ。
 いちいち薪を集めて火を起こす必要がない。
 それだけで俺たちの旅はいくらか楽なものになるだろう。
 ただ、その楽をするために俺たちは少なくない対価を払った。
 そう、このコンロ、高級品なのだ。
 数値で表すと金貨十二枚。コンロだけでだ。
 聞くところによるとこの世界における最先端の技術を駆使して作っていて、生産コストがバカみたいに高いのだとか。
 それだけ高額でも買う価値があると思って買ったが、リースの様子を見るに、やはり彼女は使い方を知らないようだ。

「スマル様、私はこの道具を使ったことがありません。使い方を教えていただけないでしょうか」

 数秒眺めて理解できないことを悟ったのだろうか、リースは怒られることを恐れるような、怯えるような態度で俺の前にカセットコンロを持って来た。
 俺はよっぽどのことがない限りは怒るつもりはない。
 だからそんなに怯えないで欲しいのだが、それを言ってしまうときっとリースはさらに怯えてしまうだろう。
 俺が言うと説得力がないことこの上ないが、恐怖心を無理やり抑え込もうとしても良いことはないのだ。
 今後自然と俺のことを怖がらなくなれば良い。
 そのためにも、俺はリースにカセットコンロの使い方を丁寧に教えてやらなくてはならない。

「貸してみ」
「はい」

 俺はリースからカセットコンロを受け取る。
 それから表から側面、裏面の隅までよく観察した。

「あー、なるほど。こういう……」

 それから分かっている風に頷き、机の上に置いた。
 察しの良い人に見られていたら気付かれているだろうが、実を言うと俺も使い方を知っているわけではない。
 日本でカセットコンロを使ったことがあるから、こっちの似たものも同じように操作できるだろうと思っただけなのだ。

「まずここが開くのが分かるかい? ここは燃料を入れるところだ」

 ひとまず、俺は頭を使いながら缶が刺さりそうなスペースを指さす。
 それに従ってリースがその部分を引っ張ると、ふたが開いた。

「燃料……ここに薪を入れるんですか?」

 リースはその狭いスペースを見て、薪が入るわけないと思いながらも燃料と言われて思い当たるものがそれしかなく、間違っているのは承知で確認を取った。
 当然、リースが思っている通り、こんなところに薪は入れない。

「いや、そこに入れるのは魔石だよ。こいつは魔力を燃料にするんだ」
「魔石……? 魔物から稀に採取できるという、魔石ですか?」

 リースが信じられないと言った様子で訊き返してくる。
 魔物の中でもある程度力を持った上位の個体からしか採取できない魔石。
 希少価値が高く、時期が悪いと大規模魔術や結界維持のために国が買ったり、特殊な効果が付いた装飾品に加工され高値で取引されたりすることが多いせいで一般人が手に入れるのは難しい。
 だが、そんな代物を俺は何でもないというった風に収納空間アイテムボックスから取り出す。

「それは……!」
「そう、魔石だ。大量にストックがあるわけじゃないが、まぁすぐになくなることはないだろうよ」

 いつか使うことがあるだろうと、この町に来てから手に入れた魔石は手元に置いておくようにしていたのだ。
 魔石は質にもよるが高値で売れるため、基本的にどの冒険者も手に入れたそばから売り払ってしまうことが多い。
 稀に装飾品や武器、防具の素材として使う人もいるみたいだが、加工してもらう費用を考えると手を出せるのはごく一部の金持ちだけだろう。
 俺たちはゴブリンロードを倒した時の報酬のおかげでお金には困っていなかったから、何か素材以外の使い道があればそれを模索し、それがなかったとしてもお金は必要になった時に魔石を売れば手に入るということで、取っておいたのだ。

 それから俺は魔石を使わずにカセットコンロに魔力を込めた。
 できるかどうかはわからなかったが、何やらコンロが光り始めたので問題なく動いているのだろう。

「魔石を入れても良いが、どうしても魔石がない場合はこうやって魔力を流してやっても使えるようになるはずだ。準備ができると光るから、そしたらこのつまみを回すんだ」

 俺はそう言いながらコンロを机に置き、側面に取り付けられたつまみを勢いよく回した。
 ボウッ!
 魔力が燃え、オレンジ色の炎が円形に広がった。
 つまみをいじってみると、俺が知っているカセットコンロと同じように火加減を調節できた。
 さすが最先端技術。
 目に見える魔法陣もなしにこんなに精密に魔術を操作できるなんて。
 俺は感動して弄り回したいという衝動にかられたが、なんとかそれを抑えてリースに確認を取った。

「これで分かったか? 一回で分からなくても仕方ないから、不安なことがあったらまたすぐ訊くんだぞ」
「分かりました。ありがとうございます」

 そこで俺はコンロの火を消し、調理器具が入った袋に目をやる。
 確か、フライパンとかは空焼きしたり油をなじませたりしなければいけないんだっけ。
 不意にそんなことを思い出して、俺はその袋とコンロを持って宿の庭に移動した。
 やることもないので、フォールとリースもついてくるようだ。

 庭に出て、まず手ごろな切り株にカセットコンロを置いた。
 それから小さめの魔石を一つセットし、火をつける。あまり強すぎないように注意して、とりあえずフライパンを乗せてみることにした。
 鉄製の黒いフライパンが徐々に熱せられ、煙が出てくる。

「スマル様、これは何をしているんですか? 料理ではなさそうですけど……」
「料理の準備みたいなもんだ。これをしないと食材がくっついて鬱陶しいらしい」

 言いながらつまみを回し強火にする。
 すると中心部から黒かったフライパンが青っぽく変色した。
 俺は手に耐熱の魔術をかけ、全面青くなるように焼いていく。
 詳しいことは知らないが、これで酸化被膜というものを作っているのだとか。

「綺麗ですね」

 リースは微笑みながら変色していく様子を眺めていた。
 そういえば、リースがこんなに自然に笑っているのは初めて見たかもしれない。
 俺はなんだかうれしくなって、フライパンを焼き続けた。

 それから、フライパンが焼き終わって覚ましている間に、中華鍋のような形状をした鍋なども焼き、油を塗ったりする作業が終わるころには昼過ぎになっていた。

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