「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第三章 第百七話 学び
「らっしゃせー」
雑貨屋の中に入ると、扉についていた鈴が鳴り、それに反応するように店の奥から気の抜けた声が聞こえて来た。
世の中にはこういうやる気のない接客を嫌う人もいるようだが、雑貨屋でガツガツ来られてもいらないものまで買わされそうな気がして怖いし、急かされてるみたいでゆっくり品物を見ていられないから、俺はこれくらいでも良いのではないかと思っている。
服屋で店員が話しかけてくるから入り辛いと言っている人と同じような心理だ。
一人で黙々と選びたい時だってあるのだ。
とは言え、今日は俺一人で来店したわけではない。
「一応買うものは粗方決まってるが、他に欲しいものがあれば言うんだぞ」
「はい」
リースとフォールがいる。
フォールは特に雑貨屋で欲しいものもないだろうから気にしなくても良いが、リースに関しては気を配って対話しておかなくてはならない。
彼女は自分が奴隷だという意識が強い。
それから、奴隷の立場が酷い扱いを受けてしかるべきものだと考えている節がある。
確かにこの世界には人権だとか平等だとかそういう考え方が浸透していないし、徹底的に奴隷を禁止している場所は少ない。
法整備が曖昧だったり、そもそも法の拘束力が弱かったりして、人として扱われていない奴隷も多くいることだろう。
だが、それを自分にも当てはめて過度に我慢するのは違う。
少なくともリースは俺に買われて、ある程度自由が許された状況に生きている。
上手く理屈で語れるものでもないが、俺が買った奴隷が不幸になるのは気分が悪いのだ。
ストレスが溜まって作業効率が落ちるのも見過ごせない。
スピードが求められる現状、快適な環境づくりに遠慮してなどいられないのだ。
俺は手頃な紙を百枚ほどと、いくつかあるインクの中から滲みにくいものを選ぶ。
それから欲しいものがあれば言うようにと伝えたはずなのに陳列棚を眺めるでもなく俺の後ろに控えているリースをペン――この世界ではガラスペンのような螺旋状に溝が彫ってあるものが一般的――が並ぶ陳列棚の前まで連れて行く。
「勉強に必要なものを買う。紙とインクは決めたから、ペンはお前が一番使いやすいと思ったものにしよう」
「文字が書ければ安いので……っていうのはダメなんですね」
途中まで言いかけて、というかほとんど言ってから俺の意図を察したらしく、リースは大人しくペンを手に取った。
ちなみに、ここでは試し書きのようなことはできない。
紙もインクも、決して安くはない貴重なものなのだ。
しかもペンも機械で作っているわけではないから、一本一本同じデザインに見えても全然書き心地が違ったりして試し書きがあったとしてもあまり意味がない。
値段設定も熟練の職人が作っているものが高く、見習いが作ったものは安くなっているが、熟練の職人の作ったものでも描きにくいものはあるし、職人によって癖が違うから好みも分かれるし、見習いがたまたま書きやすいペンを作り出すことだってある。
握ってみて太さや長さ、重さからなんとなく操縦しやすいかどうかは分かるにしても、紙と触れた時にどんな感触なのかは買ってみるまで分からないのだ。
それでも、いきなり触ったこともないペンを買うよりは良い書き心地のペンに出会える可能性が高いのも確かだ。
俺はあれこれと持ち替えては唸っているリースを横目に、調理器具が並べられた棚の前に移動した。
俺の料理の腕はできないこともない、程度のものだ。
リースがどれくらいできるのかはやってみてもらわないと判断できないが、それにしてもまだ九歳という若さがある。
いや、若いというより幼いと言った方が適切なくらいに彼女はまだ小さい。
少なくともできると自称するだけの実力が現時点であるのなら、これから料理を習慣化すればすぐに上達するだろう。
そんなことを考えながら鍋の大きさや数を検討していると、ペンを選び終えたリースが駆け寄って来た。
「スマル様、これにします」
手に持っていたのは緑がかった半透明のペン。
俺にはそれがガラスなのか、他の素材なのかは分からなかったが、綺麗なものだった。
この店に置いてある数種類のペンの中で四番目くらいに高価なものだ。
「もっと高いのもあるが、これで良いのか?」
「はい、高いのは重かったのでこれにします」
淀みなくそう言ったリースを俺は信じることにする。
奴隷として逆らえないように命令すれば本心を聞きだすのは難しいことではないが、それでは信用していないと言っているようなものだ。
良好な人間関係を築くためには信頼が重要だとして、こうして下手に聞き返さない、無理矢理聞き出さないことでリースが自分は信用されているのだと思ってほしい。
「そうか、じゃあ次は調理器具だ。近いうちに旅に出るから、その間の料理はリースに任せようと思ってる。だから調理器具もリースが使いやすいものを選んでくれ。ここ以外に専門で扱ってる店があるから大部分はそっちで揃えることになりそうだが、ここでも気に入ったのがあれば言ってくれ」
「はい」
それから数分間リースは調理器具を眺めていたが、特に気になるものはなかったようで買うものが追加されることはなかった。
他にも石鹸だのマグカップだの実用的なものを見て回ったが、どれも欲しいとは言わなかったし、実際そこまで興味があるようには見えなかった。
ますます女児の好みは分からない。
そんなことを思いながら俺はお金を払い、店を後にした。
次に調理器具を扱う店に行き、包丁やまな板、鍋などをはじめとする調理器具とついでにいくつかの食器も買った。
リースは旅をする、つまり携帯する必要性を考慮してできるだけ少ない数でそろえようとしているみたいだったが、収納空間があることだし、俺はリースが欲しそうにしている者を全部買ってやることにした。
結果鍋やフライパンに加えて普通持ち運ぶには適さない陶器のポットや焼き物なんかも買ってしまった。
どこかで家を持つことになったらこれでも良いのかもしれないが、しばらくは宿暮らしか野宿になるだろうから、無駄な買い物だったかもしれない。
今度からは俺もリースを見習ってよく考えて物を買うようにしよう。
金に余裕があると言っても、無限ではないのだ。
咄嗟に大金が必要になっても困らないようにしておかなくては。
後悔している俺を見て申し訳なさそうにしているリースの姿に、俺の方が申し訳なくなった。
雑貨屋の中に入ると、扉についていた鈴が鳴り、それに反応するように店の奥から気の抜けた声が聞こえて来た。
世の中にはこういうやる気のない接客を嫌う人もいるようだが、雑貨屋でガツガツ来られてもいらないものまで買わされそうな気がして怖いし、急かされてるみたいでゆっくり品物を見ていられないから、俺はこれくらいでも良いのではないかと思っている。
服屋で店員が話しかけてくるから入り辛いと言っている人と同じような心理だ。
一人で黙々と選びたい時だってあるのだ。
とは言え、今日は俺一人で来店したわけではない。
「一応買うものは粗方決まってるが、他に欲しいものがあれば言うんだぞ」
「はい」
リースとフォールがいる。
フォールは特に雑貨屋で欲しいものもないだろうから気にしなくても良いが、リースに関しては気を配って対話しておかなくてはならない。
彼女は自分が奴隷だという意識が強い。
それから、奴隷の立場が酷い扱いを受けてしかるべきものだと考えている節がある。
確かにこの世界には人権だとか平等だとかそういう考え方が浸透していないし、徹底的に奴隷を禁止している場所は少ない。
法整備が曖昧だったり、そもそも法の拘束力が弱かったりして、人として扱われていない奴隷も多くいることだろう。
だが、それを自分にも当てはめて過度に我慢するのは違う。
少なくともリースは俺に買われて、ある程度自由が許された状況に生きている。
上手く理屈で語れるものでもないが、俺が買った奴隷が不幸になるのは気分が悪いのだ。
ストレスが溜まって作業効率が落ちるのも見過ごせない。
スピードが求められる現状、快適な環境づくりに遠慮してなどいられないのだ。
俺は手頃な紙を百枚ほどと、いくつかあるインクの中から滲みにくいものを選ぶ。
それから欲しいものがあれば言うようにと伝えたはずなのに陳列棚を眺めるでもなく俺の後ろに控えているリースをペン――この世界ではガラスペンのような螺旋状に溝が彫ってあるものが一般的――が並ぶ陳列棚の前まで連れて行く。
「勉強に必要なものを買う。紙とインクは決めたから、ペンはお前が一番使いやすいと思ったものにしよう」
「文字が書ければ安いので……っていうのはダメなんですね」
途中まで言いかけて、というかほとんど言ってから俺の意図を察したらしく、リースは大人しくペンを手に取った。
ちなみに、ここでは試し書きのようなことはできない。
紙もインクも、決して安くはない貴重なものなのだ。
しかもペンも機械で作っているわけではないから、一本一本同じデザインに見えても全然書き心地が違ったりして試し書きがあったとしてもあまり意味がない。
値段設定も熟練の職人が作っているものが高く、見習いが作ったものは安くなっているが、熟練の職人の作ったものでも描きにくいものはあるし、職人によって癖が違うから好みも分かれるし、見習いがたまたま書きやすいペンを作り出すことだってある。
握ってみて太さや長さ、重さからなんとなく操縦しやすいかどうかは分かるにしても、紙と触れた時にどんな感触なのかは買ってみるまで分からないのだ。
それでも、いきなり触ったこともないペンを買うよりは良い書き心地のペンに出会える可能性が高いのも確かだ。
俺はあれこれと持ち替えては唸っているリースを横目に、調理器具が並べられた棚の前に移動した。
俺の料理の腕はできないこともない、程度のものだ。
リースがどれくらいできるのかはやってみてもらわないと判断できないが、それにしてもまだ九歳という若さがある。
いや、若いというより幼いと言った方が適切なくらいに彼女はまだ小さい。
少なくともできると自称するだけの実力が現時点であるのなら、これから料理を習慣化すればすぐに上達するだろう。
そんなことを考えながら鍋の大きさや数を検討していると、ペンを選び終えたリースが駆け寄って来た。
「スマル様、これにします」
手に持っていたのは緑がかった半透明のペン。
俺にはそれがガラスなのか、他の素材なのかは分からなかったが、綺麗なものだった。
この店に置いてある数種類のペンの中で四番目くらいに高価なものだ。
「もっと高いのもあるが、これで良いのか?」
「はい、高いのは重かったのでこれにします」
淀みなくそう言ったリースを俺は信じることにする。
奴隷として逆らえないように命令すれば本心を聞きだすのは難しいことではないが、それでは信用していないと言っているようなものだ。
良好な人間関係を築くためには信頼が重要だとして、こうして下手に聞き返さない、無理矢理聞き出さないことでリースが自分は信用されているのだと思ってほしい。
「そうか、じゃあ次は調理器具だ。近いうちに旅に出るから、その間の料理はリースに任せようと思ってる。だから調理器具もリースが使いやすいものを選んでくれ。ここ以外に専門で扱ってる店があるから大部分はそっちで揃えることになりそうだが、ここでも気に入ったのがあれば言ってくれ」
「はい」
それから数分間リースは調理器具を眺めていたが、特に気になるものはなかったようで買うものが追加されることはなかった。
他にも石鹸だのマグカップだの実用的なものを見て回ったが、どれも欲しいとは言わなかったし、実際そこまで興味があるようには見えなかった。
ますます女児の好みは分からない。
そんなことを思いながら俺はお金を払い、店を後にした。
次に調理器具を扱う店に行き、包丁やまな板、鍋などをはじめとする調理器具とついでにいくつかの食器も買った。
リースは旅をする、つまり携帯する必要性を考慮してできるだけ少ない数でそろえようとしているみたいだったが、収納空間があることだし、俺はリースが欲しそうにしている者を全部買ってやることにした。
結果鍋やフライパンに加えて普通持ち運ぶには適さない陶器のポットや焼き物なんかも買ってしまった。
どこかで家を持つことになったらこれでも良いのかもしれないが、しばらくは宿暮らしか野宿になるだろうから、無駄な買い物だったかもしれない。
今度からは俺もリースを見習ってよく考えて物を買うようにしよう。
金に余裕があると言っても、無限ではないのだ。
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