「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百六話 買い物

 奴隷の少女――リースを買った翌日、俺たちは街の服屋に来ていた。
 それも低級冒険者が利用するような柄の悪い店ではなく、住宅街に住む小金持ちが利用するようなちょっと上等な店だ。
 昨日利用した奴隷商はきちんと奴隷のことを気遣っていてボロ布一枚だけで衣服だとするような悪党ではなかったのでリースが着ている服はちゃんと上下Tシャツとハーフパンツのようなものになっているのだが、それでも決して綺麗と言えるようなものではない。
 今後色々な場所に連れまわすことになるだろうし、彼女本人のためにも衣料品はちゃんとしたものを使ってほしい。

「この娘に何着か服を見繕ってくれ」

 丁度自由に使えるお金も余るほどあることだし、女児のファッションなんてものが分かるはずもないので、俺は店員さんに丸投げして待つことにした。
 試着室へと連れて行かれるリースはだいぶ困惑しているようだったが、奴隷になる前は一般家庭の娘だったのだから、服屋に来るのも初めてではないだろう。
 もしかするとおさがりやリサイクル品しか着たことがないのかもしれないが、その時はその時だ。
 経験の有無は大して重要なことでもない。
 俺は店員さんに勧められるままに椅子に腰かけ、フォールを撫でて時間を潰した。

「すみませんがお客様、予算はいくらほどのご予定でしょうか」

 するとその途中で、店員さんが申し訳なさそうに尋ねてきた。
 きっとただの冒険者が何着も服を買えるほどの大金を持っているのかと不安になったのだろう。
 普通、冒険者は相当上の等級にでもならない限りは日頃の宿代や食事代、武器や防具にお金をかけるせいで貯金がない。
 一応駆け出しでも貯金することはできるが、それには相応の我慢が必要になる。
 それは冒険者活動を続けるにあたって障害となるもので、古い武器や防具は命にかかわることもあるのだ。
 そのため、その日暮らしの冒険者が多い中でこうして服屋に来る俺は珍しいということだろう。
 しかも俺は流石に新人の域は脱したと思っているが、収入の安定したベテランとはどう頑張っても言えない。
 奴隷を買っていることから金銭的な余裕があることは察知できるとも思うが、訊いてくるのも仕方ないことだ。
 服の相場が分からないから、適当に大きな金額を言っておこう。

「金貨二十枚くらいなら出せる」

 それを聞いた店員さんは驚いた様子で店の奥へと戻って行った。
 一体金貨二十枚で何着買えるのか、俺は出せるとは言ったがあまり高くならないことを願いながら再びフォールを撫でた。

 それから十分ほどの間、代わる代わる店員さんがやって来ては具体的には何着なのかとか、飲み物はいるかとか、なんやかんやと確認して行くのに対応していると、試着室から着飾ったリースと服を持った店員さんが出て来た。
 リースはクリーム色の涼し気なワンピースに身を包み、脇に控える店員さんは上下それぞれ五着ずつほど服を抱えているようだ。

「似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」

 俺はなんて声を掛けたらいいのか分からず、とりあえず当たり障りのないことを言いながら頭を撫でる。
 その時に気付いたが、何やら花のようなモチーフがあしらわれた髪留めも付けていた。
 小物だが、こういうのが作るのに手間がかかっていて高かったりするのだ。
 リースは未だに服を買う喜びやら嬉しさよりも困惑が勝っているみたいで落ち着かない様子。
 俺はその姿を見て少し悪いことをしているような気持ちになったが、実際にはそんなことはないと自分に言い聞かせてお会計を済ませてしまうことにした。

「全部で金貨五枚と銀貨二枚になります」

 告げられた通りにお金を出す。
 上限二十枚と言っていたところでこの金額だから、なんだか得をした気分だ。
 内訳としてはやはり髪留めが高額だった。それから他にもアンクレットなどの小さめの装飾品が何点かあったのだが、これがどれも高かった。
 勿論、高いからといってやっぱり服だけで、なんてことは言わない。
 俺はケチな男ではないのだ。
 それから商品の入った袋を受け取り、俺たちは店の外に出た。

「「「ありがとうございました!!」」」

 店員さんたちの見送る声がやたら大きいような気がした。

「あの、その、良いんですか? こんなに買ってもらって……」

 リースはやはり落ち着かないようである。

「良いんだ。金ならまだあるし、ずっとあのままの格好ってわけにもいかないだろ」
「でも、こんな髪飾りまで買わなくても……」

 彼女も髪飾りやその他小物が高額だったのを聞いていたのだろうか。
 衣類の必要性は理解しているようだが、装飾品に関しては要らないものだと思っているらしい。
 きっと今までそういうものとは縁のない生活をしていたから、抵抗があるというか、金持ちが身に着けているイメージでもあるのだろう。

「じゃあそれは歓迎のプレゼントだ。それを受け取ったからにはちゃんと働いてもらうからな」
「……分かり、ました」

 俺が少し強引に正当化すると、リースはまだ何か言いたそうではあったが、それを飲み込んで俺の後についてきた。
 奴隷にプレゼントというのも考えてみればおかしな話だが、それ以上に主人に反抗するのは良くないとでも考えているのだろう。
 別に俺は気にしないから不満は言ってくれた方がありがたいのだが、しばらくそうはいきそうにない。
 いつか砕けた接し方ができるようになることを願って、歩みを進めた。
 次に向かうのは雑貨屋、日用品や勉強をしてもらうのに使う紙やペンを買いに行くのだ。
 先に言ってしまうとまた遠慮されそうな気がするから、事後報告だ。

 雑貨屋に着くまでの間、リースは周囲の人の視線を気にしているようだった。
 着たことのないタイプの服を着ているから、変じゃないかと気になってしまっているのだろう。
 リースは良くも悪くもどこにでもいそうな少女だ。
 まだ九歳だから容姿の良し悪しについては何とも言えないが、可もなく不可もなくといったところだろう。
 髪色は暗めのブラウンで、瞳の色も黒というよりは茶色っぽい色をしていて、奴隷として室内に押し込められていたからか、肌は白い。
 汚れてはいないが、細かい部分の手入れはされていなかった。
 日本人からすると西洋風の見た目をしているだけで綺麗に見えたりするしこの世界における美醜の価値基準がどうなっているのかもいまいち分からないが、個人的には可愛らしい少女といったところか。
 何にせよ、俺に幼女趣味はないので見た目に関してはさしたる問題ではない。
 望んだ働きをしてくれればそれで良いのだ。

 ふと脳裏によぎったモミジとユキの姿を振り払って、俺は雑貨屋の扉を開けた。

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