「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百五話 奴隷

 受付のカウンターに近付いて行くと、中にいた男が先に声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 わざわざ聞くということは奴隷を買う以外にも何かできることがあるのだろうか。
 想像の範疇でしかないが、売ったり解放したりなんかも請け負っているのだろう。
 俺が今日ここに来た目的は奴隷の購入だ。
 とは言えいきなり店側に勧められるがままに買ってしまっては意味がない。
 要望を言えばある程度質の高い商品を提供してくれるだろうが、初めて来た俺のような人間に見せられるものはそう多くはないだろう。
 交渉するにしても場数を踏んでいるであろう相手の方が上手に決まっている。
 とりあえずは今後太客になり得ると相手に思わせることを優先して、戦闘用の奴隷など慎重に決めなくてはならないものはまた来た時に検討しよう。

「商品を見せてもらおうと思ってな」

 まずはこれだけ。ベラベラと話してボロが出ても困るから、相手に聞かれたことだけに答えるのだ。

「では、右手の部屋に担当の者がおりますので、そちらへお進みください」

 すると、すぐに別の部屋に向かうよう指示された。
 てっきり受付で色々と要望を聞かれたりするものだと思っていたから驚いたが、極力それは顔に出ないようにする。
 俺は指示通り受付の男の手で示された右の部屋に向かい、一応ノックをしてからドアを開けた。

「いらっしゃいませ。こちらにおかけください」

 中に入ると姿勢の良い穏和な雰囲気の男が綺麗にお辞儀をしてからそう言った。
 俺は短く返事をして勧められたソファーに座る。
 フォールはソファーの傍で丸まった。

「本日はどのようなものをお探しでしょうか」
「いくつか買うつもりではいるが、まずは賢いのが良い。読み書きでも計算でも、何か一つでもできるやつはいるか?」
「種族などの指定はございますか?」
「ない。その辺にこだわりはない」
「少々お待ちください」

 質問に答え、待てとだけ言って動こうとしない男に若干困惑しながら言葉の通り待っていると、一体どういう仕組みなのか、ロビーから見てさらに奥の部屋――さっき俺が通ったのとは別の扉から何人かの奴隷が入って来た。
 最後に入って来た奴隷が扉を閉め、俺の前で横一列に並ぶと、順番に自己紹介を始めた。
 入って来たのは男が四人に女が二人の合計六人、それぞれ名前や年齢や種族といった簡単なプロフィールと、自分に何ができるかを説明してくれた。
 ある男は読み書きと狩りができると言い、他の男には計算もできるという者もいる。女の方は戦闘面ではなく家事や房事についての説明だった。

「何か訊きたいことがございましたら、ご自由にお聞きください」

 一通り自己紹介が終わると、ずっと動かなかった男が質問を促してきた。
 正直今の自己紹介で買うとしたら誰かは決めてしまっているから特に知りたいこともなかったが、何も訊かないのも不自然だと思い、俺は思いついたことを口に出した。

「……じゃあ、読み書きや計算をどこで誰に習ったのか、独学ならどうやって覚えたのか、それと奴隷になった経緯を教えてくれ」

 獣人の男は村の倉庫の管理を任されていたから前任者から計算を習ったと言い、人間の男は学校に通わせてもらっていたと言った。
 女の方は家が貧しく奴隷として売られる時に高額で売れるように計算を自力で勉強したらしい。
 奴隷になった経緯は村が襲われて生きていけなくなったとか、学校で暮らしている間に事業が失敗して家が貧乏になっていたとか、そんな感じのありふれたものだった。

「なるほど、この六人以外のも見せてもらえるか?」

 それから俺は一応六人以外にも見せてもらったが、十八人見たところでこれ以上見ても何も変わらないことを悟り、俺は最初の六人の内にいた九歳の女の子――リースを買うことにした。
 選んだ理由は独学で計算を覚えられる賢さと、料理ができる人間だということ、それから年齢だ。
 それだけ賢ければこれから難しい計算を教えても覚えられるだろうし、年齢も九歳と日本で言う小学四年生程度の年齢だ。言語に関してもすぐに覚えられるだろう。
 そして何より料理だ。旅の途中は宿に泊まれないことも多いだろうから、料理スキルは必須だ。その上でできるだけ味覚を近付けるために人間を選んだのだ。
 獣人が好む味付けが俺たちの口に合うとは限らない。
 モチベーションのためにもこれは大切なことなのだ。

 それから俺はその場でお金を払った。
 値段は金貨八枚。そこまで高価な奴隷ではなかったようだが、優秀な働きをしてくれるかどうかは使い方次第だ。
 その後魔術で俺に危害を加えられないようにするとか、色々な条件を盛り込んだ刻印をした。
 俺の方でやっても良かったのだが、この類の魔術は奴隷商でもない限り使える人は少ないので、伏せておくことにした。

「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」

 俺のものとなった少女がペコリと頭を下げる。
 俺は心の中でモミジとユキを助け出すための第一歩が踏み出せたことを喜んだ。

 それからすぐに俺たちは宿に戻った。
 受付で人が増えることを伝え、増える分のお金を払う。
 部屋に入ってから一通り決め事などを話すことにした。

「さて、君は俺の所有物となったわけだが、俺は奴隷だからといって物として扱うつもりはない。ちゃんと人間として、できる限り一般人と同じように生活できるように配慮しよう」
「ありがとうございます、ご主人様」
「……そこでだ、そのご主人様ってのも辞めて、名前で呼んでくれ。俺はスマルだ。こっちはフォレストウルフのフォール」
「……スマル様に、フォール様」

 リースは少し困ったように考えた後、結局様付で俺たちの名前を呼んだ。
 流石にいきなり砕けた接し方を白というのは難しかったみたいだ。

「今はそれで良いか。徐々に慣れていけば良い」
「すみません……」

 リースは伏し目がちに謝った。
 この程度のことで俺は怒らないし、非戦闘員の女の子を気付けるような仕打ちもしない。
 ある程度は仕方のないことだとは言え、怯えられるのは少し悲しかった。

「リースにやってほしいことだが、まずは読み書きと計算のどちらもできるようになってもらう。俺が教えられるから、明日にでも始めようか。それと、いずれ旅に出るから、その時は道中で料理を頼む。必要な道具や食材があれば買いに行こう。それから、旅の途中で戦闘になることもあると思う。戦闘要員を別に用意するとしても危険だから、最低限自己防衛できるように護身術も教える。いっぺんにはできないだろうから、少しずつやってくれ」
「はい、分かりました」

 何を思っているのか深刻な顔をしているのが気がかりだが、俺たちのパーティにリースが加わった。
 正直俺もまだ不安でいっぱいだが、とりあえず第一歩、奴隷のいる生活が始まった。

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