「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百三話 難題

 冒険者ギルドの建物の中には、色んな部屋や通路がある。
 訓練場へ続く通路や、倉庫、解体場、資料室、応接間、その他多目的室が多数。
 俺は今支部長室に向かっているわけだが、いつもはいた案内が今はいない。
 きっと誰か職員に話しかけたら案内してくれたのだろうが、流石に何回も来ているので、道を覚えてしまったのだ。
 ここは最早俺にとって勝手知ったる道と言っても過言ではないだろう。

「あ、スマルさーん!」

 あと少しで支部長室に着く。そんなところで、前方から嬉しそうに手を振る女性職員の姿が見えた。
 以前ギルドにフォールを預けていた時に焦和推してくれていた職員さんだ。
 彼女はどうやらフォールが可愛くてしょうがないらしく、昨日もこうして廊下でばったり会ってフォールを預けていた。

「今日も何やらゾルさんと会談があるとお聞きしていますよ。ですから、その、フォールちゃんは……」

 窺うような目を向けてくる。
 ここまで露骨だとこうして鉢合わせるのは彼女が会いに来ているからではないかという気さえしてくる。
 というか、実際にそうなのだろう。
 あくまで俺を気遣う体を装ってはいるが、そんなものは上辺だけ。
 いや、だらしなく歪んだ口元と時折チラチラとフォールに吸い寄せられる視線を見るに、上辺を取り繕うこともままならなくなっているようだ。

「……今日もお願いするよ」

 職員さんの異様なまでの溺愛っぷりに若干引きつつも、彼女が悪い人でもなければむしろフォールを大事に扱ってくれることを知っているため、大人しくフォールを預けることにする。
 フォールも彼女の姿を捉えた時からこうなることはなんとなく分かっていたのか、狼ながらに肩を竦めてやれやれとでも言いたげな様子で職員さんに近付いて行った。

「それでは、フォールちゃんは私が責任を持ってお世話させていただきます!」

 嬉々として去って行く職員さんと、その後ろに付いて歩くフォール。
 俺はそれを笑顔で見送った。
 貼り付けただけの笑み。ただ、フォールに夢中な職員さんがそれに気付くことはなかった。
 恐らく気付いたとしても、そんなことよりと言ってすぐフォールに気を向けただろう。
 俺は一人と一匹が角を曲がるまでその表情のまま眺めていたが、姿が見えなくなるや否やスッと真顔に戻した。

「やぁ、スマル君。少し早いようだが、始めようか?」

 後ろからゾルが近付いて来ていたからだ。
 どうやら別の用事があって支部長室にはいなかったらしい。

「良いのか? 予定してたよりだいぶ早いが」
「問題ない。やることと言っても今は書類確認くらいしか残ってないからな」

 書類確認。そう言った時のゾルはどこかげんなりしているようだった。
 明らかに嫌がっている顔だ。
 嫌だからと言って後回しにして大量に書類を積んでいるのだろう。
 俺も学生だったからその気持ちは分かる。
 だが、口に出して共感するのには少し立場が違う感想な上、出自について詳しく聞かれると答えられないことも多い。
 俺は気付かなかったふりをして、支部長室へ向かうように促した。

 部屋に入ると、そこには昨日とほぼ変わらない景色が広がっていた。
 相違点を挙げるとすると、机の上に詰んである書類の山が少し高くなっているような気がすることくらいだろうか。
 ゾルの名誉のために言っておくがあくまで「気がする」だけで俺の主観である上、昨日の時点で机の上の書類なんて気に掛けていなかったのでそういう風に見えている可能性も高い。
 俺は勧められた椅子に座り、姿勢を正す。

「じゃあ、前置きだの世間話だのをしてもしょうがないだろうから、早速本題に入ろうか」

 まず議題に上がったのはスケルトンドラゴンのことだった。
 昨日も言ったが、俺はあれを倒しただけ。
 それ以上の考察はない。
 また確認を取られたが、同じようにパーティで倒したと答えた。

「じゃあ立体魔法陣についてだが、これは昨日スマル君が使っていたから存在の確認は取れたし魔族がそれを使っていてもおかしくはないというのは分かる。ただ問題があってな……」
「魔術協会……」

 ゾルは立体魔法陣の存在も、実用性も、効力もその眼で見ている。
 夢だったことにしてしまえばそれまでだが、彼の記憶は現実で起こったことで、紛れもない事実だ。
 だが、魔術協会はこの技術を認めていない。
 正確には存在は信じているがまだ実用に足る研究がなされていないと言ったところか。
 今も研究中で未完成の技術を一介の魔術師が扱っている。
 それは彼ら協会にとってはあまり面白くないことだろう。
 元々は単純に研究熱心な人たちの集まりだったらしく、そのままならばどうやっているのかしつこく聞かれるくらいで済んだのだろうが、今ではそうはいかない。
 勿論、今でもただ研究がしたくて所属している人もいる。
 だが、協会に所属する多くの人間が優れた魔術の使い手であり、なおかつその発展に貢献する身だとして地位や権力、財産を手に入れた結果、彼らは自分たちだけが魔術の理解者であり最先端であるという思想を持つようになってしまった。
 そして、協会が認めていない新技術を使う者を潰しその技術の研究をすることで、新たな技術は全て魔術協会から生まれていると公に言うようにまでなった。
 つまり今回危ぶまれるのは、俺の身だということだ。

「監獄の者にはもし協会にあの結界を見られてもスマル君の名前は出さないようにお願いしてあるし、クリスタルと立体魔法陣の話を聞いていた職員にも口止めをしてある。だからすぐに協会が攻撃を仕掛けて来るとも思えないが、スマル君は手練れとしてこの街でもそれなりに有名になっているし、協会の人間も頭の切れるものが多いからな、気付かれるのも時間の問題かもしれない」
「俺の名前は出さない。立体魔法陣のことはなかったことにする。それは良いんだが、それであのクリスタルやら遠隔地からの侵攻がなかったことになるわけじゃない」

 正直名声が欲しくて冒険者をやっているわけではないので、俺の名前を出さないことについてはどうでも良い。
 だが、クリスタルに立体魔法陣が組み込まれていたのは半ば確定している。
 しかもその転移魔術が今回の侵攻の最重要案件なのだ。
 隠そうとすればどこかでつじつまが合わなくなる。
 とは言え魔族が描いた立体魔法陣による転移魔術だなんて馬鹿正直に発表するのもリスキーだ。
 この事実が人類の魔術の最先端が魔族に劣っていると言っているようなものだからだ。
 事実は覆しようがないにしても、こんな発表をしてしまえば魔術協会の反感を買うのは勿論、一般人の不安を煽ることにもなる。
 安心して暮らすためにも、上手い言い訳が必要なのだ。

「どう説明するつもりだ?」

 俺はきっともう既に何か物語が作られているものだと思って訊いた。
 職員と話し合う時間もあっただろうし、俺はその確認を取られるだけだと思っていた。
 だが、

「……その、申し訳ないんだが、どう説明するか考えてはくれないだろうか」

 面倒の追い打ち。
 言葉を失った俺と、申し訳なさそうに困った顔をするゾル。
 二人の間に、しばしの沈黙が流れた。

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