「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第九十八話 撃退

 魔族の放った攻撃が視界を真っ黒に染め、防御用に張った結界が軋む。
 魔力を送り続けて結界が破られないように耐えるが、途中で軍や魔術師がいた場所に展開した魔法陣と繋がっていた魔力の糸が切られてしまい、状況が分からなくなった。

 魔法陣には周囲の魔力や相手の攻撃のエネルギーを吸収して維持する原動力に転用する機構を組み込んでいるからそう簡単に破られることはないだろう。
 それに、中にはついさっき大規模魔術を発動させたとは言え、優秀な魔術師が揃っているのだ。
 疲れていても結界の維持を助けるくらいのことはできるはずだ。
 そうなればたとえ結界が破られたとしても、攻撃の威力は大幅に抑えられるし、それなら当たっても怖くはない。
 咄嗟に張った結界だから耐久性は保証を保証することはできないが、これでも俺は自称防御特化の魔術師なのだ。
 どちらかと言えばマイナーで、実際の戦闘であまり使いどころがなかったとしても、自信を持って得意だと言っている術なのだ。

「誰も、死なせない……!」

 それから数秒後、結界にダメージを与える黒い靄の勢いが弱まり、段々と周りの様子が見えるようになってきた。
 その段階で俺はもう魔力を送らなくても大丈夫だと判断して、状況確認を急いだ。
 そして、魔力の制御に集中して見落としていたあることに気付く。
 それは黒い靄の正体、攻撃の狙いだ。
 なんとなく発動前に魔力以外のエネルギーも感じていたからきっと単純な攻撃ではないのだろうとは思っていたが、この攻撃の真髄は呪術として広範囲を汚染すること。
 破壊力の部分を魔術で、汚染の部分を呪術で、これは異なる二つの術を掛け合わせた高度な攻撃だ。

 俺はそれに気付くと同時に魔力を糸のようにして伸ばし、俺とゾルを守っていたのとは別の、もうひとつの結界とリンクさせた。
 幸いなことにこっちの結界も中にいた魔術師たちが魔力を注いでくれたおかげで残り一枚というギリギリの状態ではあったが、何とか破られずに残っている。
 だがそれも今この時まで。
 攻撃を防ぎ切ったと思って魔力を注がなくなれば、消えることはないにせよどこかに穴が開く。
 そこからまだそこらに漂っている黒い靄が入り込みでもしたら彼らに何が起こるかは分からない。
 流石にこれだけ広範囲の呪術となると即死系の者ではないと思うが、行動の制限、精神錯乱、感覚操作など、集団戦において厄介なデバフはいくらでもある。
 そうならないためにも、俺は魔力の糸を使って、もうひとつの結界を十分に維持できるだけの魔力を補充するとともに、中からも人が外に出られないような設定に変えておいた。

 ひとまず安心かと思われたその時、俺たちのいる結界の前に、魔族が降りてきた。
 城の結界を破壊するより先に、俺を無力化しないとどうしようもないことに気付いたのだろう。
 こっちとしては軍や魔術師が戦力として使えなくなっているのだからさっきの攻撃は十分な効果があったと言える。
 だが、魔族が見る限りでは誰一人として気付付けることも呪に掛けることもできなかったわけだから、クリスタルをひとつ消費してまで放った高度な技の成果としては割に合わないことをしたと思っているのだろう。

「……切るか?」

 俺が魔族と睨み合っていると、後ろからゾルが俺に耳打ちした。
 目の前に敵が来たなら当たり前の反応なのだが、今結界の外に出られては困る。
 だが、その理由を説明しようにも、一番聞かれたくない相手が目の前にいるのだからやり辛い。
 別に結構効いてるとバレたところで何か戦況が変化するわけではないにしても、なんだか聞かれるのは嫌だった。

 俺は一歩踏み出たゾルを手で制し、魔族との睨み合いを続ける。
 ここで倒せればそれ以上のことはないが、人的被害はほぼないに等しいとは言え身動きが封じられた状態で勝てるとは思えない。
 一応俺はまだ戦えるだけの余力は残っているが、それでもだいぶ魔力を使ってしまっている。
 逃げてくれれば次戦うことになるまでに準備ができるからそれでも良いのだが――

 ――ガキィッ!

 予備動作なしでいきなり放たれた呪術に、結界が音を立てる。
 今ここで俺たちを排除したいみたいだ。

 こうなったらこっちも応戦するしかない。
 残存魔力には不安が残るが、俺は瞬時に二人分の身体の正面を覆うタイプの黒い靄から身を守る結界を張り、俺たちを囲っていた多重結界を解除した。

「残りの魔力が少ない。やるなら短期決戦だ」

 同時にゾルにそう伝え、二人で挟み込むような位置取りをする。
 ゾルと一緒に戦うのは初めてだが、彼にはギルドマスターを務めるくらいには腕の立つ冒険者だった過去がある。
 今は一線を退いているが、その実力はさほど衰えてはいない。
 基本的にはゾルに任せて、俺は後方支援に努めよう。
 隙を突いて遠距離攻撃、あるいは相手の攻撃の無力化が基本行動だ。

 そう思って距離を取ってみると、明らかに魔族は俺を狙っているようだった。
 何か因縁があるのか。
 呪術を使った時点でなんとなく分かってはいたが、こいつ、俺のパーティと勇者たち、チンピラ共を襲ったフードの人物で間違いない。
 さっきの不意打ち呪術も、しっかり準備した結界だからびくともせずに堪えられたが、破壊力が高い凶悪なものだった。
 あとは俺がいる限り城に攻撃できないとか、そんな理由もありそうだが、後ろにゾルがいる状況で俺の方にばっかり意識を裂くのはどう考えても愚策だ。

 俺があからさまに魔術を放つような動作をすると、魔族はそれに合わせて身構えた。
 だが、その直後魔族に直撃したのは、俺の魔術ではなく、ゾルの放った斬撃だった。
 背中をバッサリ。ここからだとどのくらい深く言ったのかは見えないが、それなりのダメージにはなったはずだ。

 それを受けて流石に見過ごせないと分かったのか、魔族は振り返りざまに腕を振り上げる。
 手には何やら邪悪なエネルギー――また靄のようなものが集められていた。
 そこで俺は振りかぶった腕の目の前に障壁を張った。
 殴るタイプの攻撃は腕を振ることで速度を上げて威力を出す。
 それは言い換えると、振り始めの弱い所で止めてしまえば何の脅威でもないということだ。
 さらに思わぬタイミングで腕の動きが止められたことにより、魔族は大きな隙を晒すことになる。
 歴戦の猛者がそれを見逃す道理はなく、ゾルの追撃が魔族の身を裂く。
 たまらず逃げようとする魔族であったが、勿論、それを許す俺ではない。
 障壁の空間に固定される性質を使って、四肢を拘束、さらにそれを箱型の結界に閉じ込め、内部に雷と火の属性の魔術をぶち込んでやった。
 炸裂した魔術の爆風や雷撃が外に逃げずに圧縮される。
 簡単な高威力攻撃法だ。

「これでどうだ」

 煙の消えた結界の中を見ると、そこには拘束されたままぐったりとした魔族の姿があった。

コメント

  • ノベルバユーザー425254

    3話目で萎えました。
    前置き長すぎる、読み進める気が失せました。。。

    0
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品