「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第九十一話 撃退

 油断しているつもりはなかった。
 ちゃんと敵の動きも見えていたし、次の動きも予測して戦っていた。
 でも、足りなかった。
 敵が何を狙って、何をしたいのかが分かっていなかった。
 本当にちゃんと見えていたならすぐに察せただろうに、敵のしたいことを全てさせてしまった。
 負けだ。この世界で初めて、命の絡む戦いで敗北した。
 その結果、俺は大切な二人を失った。

 初めて戦う敵だったから、クリスタルなんて普通はないから、なんて、そんな言い訳は通用しない。
 むしろ、そういう時ほど注意深くなる必要があるはずなのだ。
 取り返しのつかないことになってからでは遅いのだ。

 積み上がった骨の山を見つめながら、俺は激しい後悔と怒りに駆られる。
 だがその激情をぶつけるべき相手は自分自身。
 体内で渦巻く濁ったエネルギーが、行き場を探して暴れ回った。
 そして、その有り余るエネルギーは暴力という形で顕現する。
 またの名を八つ当たり。
 俺は近くにいた魔物から、この街に攻めてきた魔物を片っ端からすり潰すことにした。

 まずはいつの間にか俺の背後にいたゴブリン系の魔物。
 ちゃんと視認していないから詳しく何だったかはもう分からないが、飛びかかってきたところに振り向きながら魔力を叩き込んだら死んだ。
 何やら役割分担までしてパーティを組んだ頭の良い魔物だったようだが、連携する前に倒してしまえばどうということはなかった。
 それに、今の俺に油断はない。
 ただ目の前の敵を排除する。それだけに集中力を全てつぎ込んだ俺が、そこらの魔物に後れを取るはずがなかった。


 その後も、街の中を駆け回り、負傷者や非戦闘員がいる場所を優先的に目指して、そこにいた魔物を殺した。
 ついでに負傷者の傷を治してやったり非戦闘員に防御系の魔術をかけてやったりしたせいで魔力は底を突いたが、最後の魔物の息の根を止めるまで、俺は収納空間アイテムボックスに入れておいた武器を取り出して戦った。

 魔物が全滅した確認が取れると、なんだかどっと疲れたような気がした。
 実際、魔力がなくなるまで――いや、なくなっても戦うなんて無理をしたのだ。
 これで疲れていない方がおかしい。
 応急処置として傍にいた冒険者に回復系の魔術をかけてもらったが、疲労感も倦怠感もちっとも良くならない。
 少しくらい楽になっても良いのに。
 そんなことを内心では思いながら、俺は魔術をかけてくれた冒険者にお礼を言い、ギルドの建物へと向かった。

 道中は、いつもより足が重かった。
 身体的疲労もあるのだろうが、それ以上に精神的な疲労が辛い。
 今すぐ宿に戻って寝てしまいたい気分なのに、ギルドへの報告やら、報酬の交渉やらが待っていると思うと足が進まない。
 また会議に巻き込まれるかもしれないという可能性に気付いてからは、なおさら行きたくなかった。
 だが、俺はギルドからの指名依頼を受けてしまっている。
 普通の依頼だったら期限内ならわざわざ急ぐ必要もないのだろうが、今回のは急を要する案件だ。
 期限などの詳細は決めていないとは言え、依頼に関わった人の人数を考えると、勝手に都合よく解釈して報告を遅らせることはできなかった。

 冒険者ギルドに着く頃には街の所々で勝利をたたえて盛り上がる集団が現れ賑わっていた。
 早い所だと近くの酒場が酒や料理を振舞ったりもしていた。
 だが、俺を含め、魔物を退けたことを手放しに喜べない連中もそれなりの人数いるようだった。
 耳をすませば、幼い少女の泣き声が聞こえてくる。男の嘆き声が聞こえてくる。
 道端には誰のか分からない、腕が転がっている。
 折れて捨てられた剣。倒壊した家。何があったのか判別もつかない焼け跡。血痕。
 俺の気分が暗いせいなのか、被害のあった部分がよく目に入る。

「これが戦争か……」

 ハッキリ言って、前線と比べたらこの程度の被害は大したことではないのだろう。
 半日で戦闘が終わるような生ぬるいものではないのだろう。
 それは理解している。
 だが、余波程度のものであっても、人は死んだし、物は壊れた。
 それも目の前で。
 知識ではなく、体験としての戦争。
 経験者が言う二度としてはならないという文言の意味が少し分かったような気がする。
 命の危険を感じることはなかったが、大切なものを失う悲しみや、それに伴って湧き上がってくる激情は彼らと同じもののはずだ。

 辛くなってきたので一旦惨状からは目を逸らし、俺はギルドの建物に入った。
 中には早速報酬を求める冒険者や、治療を受けている一般人、その対応に駆け回る職員など、多くの人がいた。
 一気に町中の冒険者を動かしたのだ。後処理は大変だろう。
 報酬だけでも参加した全員に滞りなく分け与えることと財源確保のための国への請求、それからこの依頼の報酬だけでギルドが空にならないように調整もしなくてはならないのだ。
 俺は心の中で職員にご愁傷様と声をかけ、現実では近くにいた職員を呼び止めた。
 すると、

「スマルさん! お待ちしてました! 今、丁度会議室に人が集まった所でして、報告の方はそちらでお願いします」

 と、職員は早口でまくし立てた。
 これだけ聞くと何を言っているのか分からないが、恐らく俺が今回の防衛作戦のリーダーを任されていて、依頼発表前の会議にも出ていたの知っているのだろう。
 きっと上の人に俺が見えたら会議室に行けと伝えるように言われているのだ。
 会議室までの道は覚えているし、職員さんも忙しそうだったので、職員さんにはやっていた仕事を継続してもらい、俺は一人で会議室に向かった。

 扉を開けると、作戦開始前に座っていた面子にプラスして、ギルドマスターが座っていた。
 だが、この場に集まった人数は前より一人少ない。
 そのことに気付いてしまったが、俺は極力気にしないように頭の隅へ追いやった。

「スマルさん。来てくださいまして、助かりました。お疲れのこととは思いますが、情報は早い方が良いですからね。色々と聞かせてください」

 そう言ったのは、前回と同じく年配の職員さん。
 こう、丁寧な物腰でお願いされると、突っぱねることができなくなってしまう。
 俺は開いていた席に座った。

「それでは、緊急会議を始めます」

 こうして、魔王軍の侵攻に関する会議第二回目が始まったのであった。


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