「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第八十一話 襲撃

 路地から悲鳴と共に飛び出してきたチンピラ三人組。
 痛々しく傷を負っているが、見る限りでは致命傷になるような大怪我はしていない。
 あまりにも酷い怪我をしていたら魔術を使ってやるつもりだったが、走って逃げられているし、その必要はないだろう。
 何やら化物がどうとか殺されるとか言っているが、俺はどうせ化物級に強い何者かにちょっかいを出して返り討ちになったとか、そんなことだろうと思って取り合わなかった。
 と言うか、例え本当に危機が迫っていたとしても、以前迷惑を掛けられている相手を素直に助けてやろうとは思えないのだ。
 信憑性が低い。
 そう判断した俺は、チンピラの話をまた何か企んでいるが故の戯言として処理した。

 だが、その処理が間違いであったと、俺はすぐ気付くこととなる。

――グルルルル。

 いつか森の中で聞いたような唸り声。
 それは明らかに人間の発したものではなかった。
 では、何がその音源なのか。

 俺はチンピラたちが出て来た路地、その暗くて見えない奥の方をじっと見つめた。
 相変わらずの唸り、荒い鼻息、金属の擦れるような音、地面を揺らすその歩み。
 それらを伴って暗闇から姿を現したのは、ゴリラであった。

 と言っても、本当に動物園にいるようなゴリラが現れたわけではない。
 正しくは、ゴリラ型の魔物だ。
 巨大な樽のような胴体に丸太と岩を組み合わせたようなゴツゴツした腕、それらを支える強靭な脚。
 口から飛び出た牙が厳つい顔面を更に恐ろしくしている。
 体高は目測だが、三メートル弱ほどあり、大きさ的にも質量的にもその威圧感はすさまじいものだった。
 そして、その首にはめられている金属製の頑丈そうな首輪。
 その存在が、この魔物が誰かに使役された魔物であることを証明していた。

 俺の場合は使役するために魔術と呪術を直接使ったが、普通、多くの人間はそんな術を覚えようとはしない。
 あまりにも汎用性が低いからだ。
 使えて損はないが、使えたところで特があるわけでもない。
 何なら覚える時間が無駄であることを考えるとむしろ損があるとも言える。
 誰がどう見たって戦闘職に就こうと思っている人間が習得するのには向いていないことが分かるだろう。
 だが、そんな術をわざわざ使えるようになり、首輪などの装飾品に付与することで生計を立てている人も、中には存在する。
 効果が付与された首輪を対象に装備させることで、術を扱える人と対象だけでなく、様々な人間から対象の間で隷属させることができるのだ。

 つまり、本来所有者と繋がっていなければおかしい首輪から出た鎖が切れてしまっている今でも、このゴリラは誰かの従魔なのである。
 一体誰がこんな町中に連れ込んで暴れさせているのか。
 そんな疑問ならいくらでも出るが、流石に野生の部分が強いゴリラだ。
 俺は何も答えが出せないままだったが、ゴリラはそんなものはお構いなしに俺たち目掛けて攻撃を開始した。

 こっちには戦闘ができる状態でない人間が何人もいる。
 ここは俺たちのパーティの出番だろう。

「スマル!」

 俺たちも戦う。
 そんな意思を乗せて俺を呼んだコウスケであったが、俺はそれを手で制した。

 自分一人で片付けられるというのもあるが、何より彼らに怪我をしてほしくなかったのである。
 別に撒けるとは思っていないが、今は修行の疲れもあって楽勝というわけにはいかないだろう。
 それに、今は魔力が外へ出ないようにしてあるのだ。
 折角魔法陣を書いたのに、いきなり消してしまうのは勿体ない。
 勇者パーティのみんなには大人しくしていてもらおう。

 俺は勇者たちとチンピラたちを分けて結界の中に入れ、ゴリラに向かう。
 大きく振りかぶるという時間のかかる予備動作のお陰で色々と準備することができた俺は、障壁を展開、それから飛んで来る強烈なパンチを横跳びで避けた。

 簡易的な障壁だったからか、俺が展開した障壁はいとも簡単に破られてしまう。
 咄嗟に発生させたような障壁は意味をなさないようだ。
 直撃を避けるための工夫と注意が必要だ。

 ちゃんと回避をしておいてよかったと安心すると同時に俺は気を引き締め、次の動作に備える。
 まだ相手の動きが良く分からない内から攻めに移行はできない。
 さっきの攻撃が最大威力の攻撃ならもっと近距離で戦っても障壁の展開が間に合うのだが、連続でさっきと同等、あるいはそれより強い攻撃をされるとしたら耐えられなくなってしまうかもしれない。
 被害が出ない内は、あくまで慎重に。
 攻撃役はモミジとユキに任せよう。

 そのモミジとユキを覆うように外からの攻撃だけを通さなくする結界を張り、援護する。
 二人は二手に分かれ、右と左の両サイドから同時に妖術を放った。
 ユキの放った氷弾はあまり効いていないようだったが、モミジの放った炎弾はやはり動物には有効らしく、大げさなほどに回避動作を取って見せた。

 だが、火を怖がることはあっても、逃げ出すような弱い魔物ではなかった。
 主に逃げるなと命令されている可能性もあるが、見る限りでは戦う意思がなくなっているようには見えない。
 むしろ、今度は火を放ったモミジをターゲットにして攻撃を仕掛けようとしている。

「俺が守る! 突っ込め!」

 狙いとどんな攻撃が飛んで行くかが分かれば、攻撃対象を守るのはそう難しいことではない。
 さっきと同じように拳を大きく振りかぶったゴリラの狙う先はモミジ。
 そのモミジは俺の指示を受け、鉄扇に炎を纏わせてゴリラに向かって行く。
 俺はその二人の間に、ゴリラ側からだけものを通さないように設定した結界を張る。
 さっきまで使っていたのとは違う、強力な結界だ。
 万が一にも破られることはないという自信がある。

 それが見えているのかいないのか、ゴリラは何も気にしていない様子で地上のモミジに拳を振り下ろした。
 当然、その拳を結界が受け止める。
 止まった拳の上を跳び越えるようにモミジが踏み切り、ゴリラの顔面に炎を纏った鉄扇をお見舞いした。

 悲鳴と共にゴリラが後ろ向きに倒れる。
 じたばたと暴れるせいで、迂闊に近付くことができない。

 それなら、

「これから捕縛する! 色々と調べたいこともあるしな、良いか?」

 俺は地面から鎖を召喚して縛り付ける捕縛用の魔術の魔法陣をゴリラの下に展開しながら、モミジとユキに呼びかける。

「良いわよ!」
「やっちゃって……!」

 返事を聞くと同時に魔法陣が完成し、魔力でできた鎖がゴリラの身体を抑えつけた。
 これでもまだ暴れていたので、俺は対象を眠らせる魔術でその動きを完全に封じる。

「一体、何だったんだ……」

 不明な点が多すぎる今回の襲撃。
 俺はとりあえずゴリラを調べてみることにした。

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