「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第六十一話 模擬戦

 戦うと決まったなら早く済ませてしまおうということで一旦冒険者ギルドの建物に戻った俺たちは、ここのギルドが運営している訓練場を使うべく、その申請を出していた。
 やはり勇者というのは有名な上特別な存在らしく、コウスケが話をしたらほぼ顔パスみたいな扱いで貸し切りにしてくれた。
 時間も希望通りの時間に使えるようなのだが、ここまで待遇が良いと実は埋まっていたところを融通してもらったのではないかという疑いが生まれてくる。
 さすがの勇者でもそこまでの力はないだろうとは思いたいが、正直信じていられる自信はない。
 言ってしまえば一緒に冒険するわけでもないので信用する必要はないのだが。
 俺はそんなことを羨んでいても仕方がないと結論付け、今は希望通りに訓練場が使えることをラッキーだと思うくらいに留めておくことにした。

「今、丁度何もやっていないらしいから、さっさと済ませてしまおう」

 実際の所どうなっていたのかは分からないが、俺たちは申請を終えたコウスケに従い、裏へと向かった。


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 現在俺たちがいる訓練場という施設は元々コロシアム――つまり見世物としての戦闘を行うために作られた施設だったらしく、訓練場と言うには似つかわしくない観客席のようなものが残されていた。
 あったらあったで教官などの教える立場の人間が高い位置から全体を見渡せるので有用ではあるのだが、基本的には使われていないそうだ。
 だが今はどうだろう。
 これが勇者効果というやつなのか、普段使われないことの方が多いはずの観客席には、大勢の観客が座っていた。
 これからするのは見世物ではないのだが、だからと言って観客を追い出すのは難しいだろう。
 真面目に勇者やそれに準ずる強者の戦闘を見て手本にしたいと考えている人もいるからとブルーも言っていた。
 俺と勇者パーティとの戦闘が果たして参考になるかと言われると恐らくならないし、それを見て参考になったなどと言うような奴にはセンスがないと言わざるを得ないのだが、それでも向上心のある人を無理に追い出すのには少し気が引ける。
 きっとみんなが思っているような展開、結果にはならないだろうが、ブーイングが飛んでこないことを祈るのみである。
 ちなみに、モミジとユキ、フォールもすでに観客席の方に行って観戦モードに入っている。
 興味がない、つまらないと言った様子でこちらを眺めている二人だが、俺はそれを例え五対一だとしても俺が勝つと信じてくれているからこそだと解釈しておくことにした。

 そんな俺の心情はお構いなしに手合わせ――もとい模擬戦の準備は進められ、どこから出て来たのかマイクに似ている拡声機能付きの魔道具を持った男が司会然として立ち勇者パーティの紹介をしていた。
 完全に楽しむ雰囲気が出来上がってしまったが、

「周りがどうであれ、手加減をするつもりはないからな」

 コウスケはそんなのはお構いなしに片を付けるつもりのようだ。

 俺はそれに対してニコリ、と微笑みを以って返す。
 勇者という注目される人間が周りの目を気にしないと宣言するのはいささか問題があるのではないかと思ったが、これから戦う相手に助言するほど俺は優しい人間ではないので、ただ微笑むだけで何も言わなかったのだ。
 一応微笑の裏に警告の意を隠したつもりだったのだが、作戦の確認をし始めたのを見る限り、俺の思惑には気付いていなさそうだ。
 模擬戦が終わった後にでも注意しておこう。

 そんなこんなで俺が両者間の温度差を感じている間でも、開戦の時は刻々と近付いて来ていた。
 具体的には、自己紹介によってギルドの職員であることが判明した司会の男によるこの場が設けられた説明だ。
 勇者パーティの功績やメンバーの紹介に始まり、俺がまだ赤級の冒険者であること、俺が戦いを挑んだ経緯などが話されていたが、一体どこからそんな情報を仕入れたのだろうか。
 盗聴されているような気はしなかったから、たまたま俺たちの会話が聞かれていたと考えるのが妥当だし、害意がないのなら気にすることでもないのだが、知らぬ間に自分に関する情報が洩れているというのは気分の良いことではなかった。

「さて! そろそろ両者の準備も整った様子。観客の皆様も早く始めてほしいとお思いでしょう。急なことだったので合図用鐘などは用意できませんでしたが、ここに立つ方々ならそんなことは関係ないと凄まじいものを見せてくれるに違いありません!」

 準備――主に勇者パーティの作戦会議が終わり、司会が観客を煽りながらこちらを伺ってくる。
 俺はここに入った時から、と言うか孤児院の外に出てからは常に外敵に対応できるようにしているため準備も何もないのだが、そんなことをわざわざ言うわけにもいかないので、頷いて準備ができている旨を伝えた。
 勇者パーティ側も、コウスケが準備はできたと言っている。

「準備が完了したようです! それでは私がこの訓練場の門から出て、門が閉まった音が合図ですので、それまでは動かないようにお願いします」

 そう言うと司会は門に向かって走って行き、勢い良くそれを閉めた。
 ガシャンという金属的な音が響き、遂に模擬戦が始まった。

 まずは何をするかなと五人の出方を伺うと、俺の装いから俺を魔術師だと判断したのかいきなりコウスケが一人で突っ込んできた。

「魔術師には詠唱させる隙を与えなければ良い」

 とのことで凄い速度だが、今の所難なく見切れる速さだ。
 簡単に避けてやろうかと思ったが、ちらりと聞こえた歓声に腹が立ったので、真正面から受け止めてやることにする。

「アーマー」

 そう唱えると俺の右前腕にいわゆる篭手の形状を模した魔力障壁が展開し、まさに防具を装備するように右前腕を覆った。
 これは身体との距離を一定に保つように展開される障壁で、鎧のように着て動き回れる便利な防御魔術だ。
 特に詠唱する必要のない魔術ではあるのだが、魔術師は詠唱をしないと魔術が使えないと思っているコウスケくんのために一応やっておいてあげた。

「詠唱短縮だと!? だが、そんなもの、無駄だ!」

 一瞬詠唱を短縮――魔術名を言っただけが詠唱短縮と呼べるのかは微妙なところだが――したことに驚きを見せたコウスケだったが、さすがは勇者と言ったところか、すぐに立て直すと上段から魔力を込めた剣をまっすぐ振り下ろしてきた。
 防御ごと切り裂くつもりなのだろう。

 だが――

――ガキィン!

 誰もが思い描いていた剣の軌道は、途中で遮られることとなる。
 俺が真正面から篭手で受け止めたのだ。

 場のみんなが驚く中、俺だけが次の一手を打つべく動きを見せる。
 さあ、反撃開始だ。



〜コメント返信コーナー〜

「鑑定とか使えたら、名前とか分かったんじゃない?」

これは『第一章 第七話 自己紹介』中のスマルが自分の名前を思い出せないシーンに対するものでしょう。
鑑定、これは様々な作品で大活躍の便利なスキルですね。
結論から言うと、他作品のように大活躍できるような「鑑定」はこの作品内にはありません。
大まかな力量差を計ったり、既知のものであるかを判断したりする程度しかできることがなく、スキルを看破したり能力を数値化するようなことはできません。
もちろん、物体の名称が表示されたりもしません。

そういう世界観だと納得してください。

それではまた!

コメント

  • 春川 心晴

    そもそも、鑑定という能力があったとして、主人公は転生という形で異世界に来たから見れなくてもおかしくなさそうですね。

    0
  • ノベルバユーザー268976

    次がはやくよみたいです

    0
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