「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第一章 第二十四話 トラウマ

なんとか今週も更新できました!


 俺のトラウマは思っていたよりも根が深いようで、ただ狼の姿を見ただけのはずなのに息が詰まって立っていられなくなってしまった。
 俺が完全に機能しないことによって作戦の実行は不可能である。
 それを察したモミジとユキがこちらに向かって駆けてくるのが視界の端に映るが、三人が集まった結果、狼の群れに包囲されてしまった。

 俺はパニックになりながらも攻撃要員である二人を守るべく、簡単な防壁を張ろうと手を突き出す。
 しかし、掌に込めた魔力は俺の意志に従おうとせず、形にならないまま炸裂した。

――バチィ!

 いつかの結界と同じような音を出し手元で炸裂した魔力の衝撃を、俺はもろに喰らってしまう。

「ぐっ……!」

 少し飛ばされ、転がり込んだのは丁度狼の目の前。
 あまりの恐怖に俺は動けなくなってしまう。

 当然狼がその隙を見逃すわけがなく、鋭い爪の付いた前足を俺の頭めがけて降り下ろしてきた。

「スマル!」

 万事休すかと思われたが、狼の爪が俺に届くことはなかった。
 モミジが防いだのだ。

「急にどうしたの! 一旦退くわよ!」

 そう言ってモミジは鉄扇を振り、起こした風の刃が狼を薙ぐ。
 まともに動けない俺はモミジに担がれ、ユキと合流して俺たちは森を出た。


 森にいる間はずっと狼の遠吠えが聞こえていたが、庭まで戻ってくるとぱったりと聞こえなくなり、俺の身体にも力が入るようになっていた。
 そこで一体何があったのかを話すことになったのだが、その前にヴォルムが話しかけてきた。

「おーい大丈夫か……って、その様じゃあダメだったみたいだな」

 こうなることが分かっていてそう言ってきたことに少し苛立ちを覚えたが、心の内に押しとどめ、返事をする。

「ああ、ダメだった。手も足も出なかったよ」

 俺はモミジの肩から降り、短く礼を言ってヴォルムと向き合った。
 教えてくれるとは思っていないが、一応克服する方法を訊こうと思ったのだ。
 だが、俺が口を開く前に、声を発した者がいた。

「ヴォルム! スマルのあれは何なの? あれじゃ試験なんてできないわ」
「……ヴォルム、試験内容を変えるべき。見てて、辛い」

 声音に若干の怒気を含んだモミジとユキは、俺が狼相手にまともに戦うことができなかったのを見て、何かしら裏があると思ったらしく、ヴォルムを責めるように詰め寄った。
 俺のことを気遣って言ってくれているのは分かるが、もう既にこれ以上同じお題で試験を続行することが不可能だと思われていることを情けなく思う。
 まぁ、あれだけ無様な格好を見せたら仕方ないか。

 試験の内容についはヴォルムが決めることだ。
 俺としてはもう少しこのお題で頑張りたいところだが、これで不合格になっても面白くない。
 指示に従うとしよう。

「二人はこう言ってるが、お前はどうなんだ?」

 まだやる気でいるが、半ば諦めている俺を見たヴォルムがそう言う。
 そこで俺は、このお題のままでやりたい旨を伝えることにした。

「無理に意地を張る必要はないと思ってるけど、二人が許してくれるなら最後までこのお題でやりたいってのが本音だ」

 俺の答えに、モミジとユキは驚きの表情を見せる。
 当たり前だ。
 俺もいつもの俺なら変更してもらっていたと思っているくらいだからな。

 だけど、この件に関しては別だ。
 俺はこれを今乗り越えることができなければ、きっとどこかで後悔する。
 これは予感でしかないが、強くそう思っている時点でこの先俺に少なくない影響を与えることは明らかなのだ。

「モミジ、ユキ。スマルはこう言ってるが、続行で良いか? 俺はこのままやった方が良いと思ってるんだが」

 思いの外肯定的なヴォルムの意見に、二人はしばらく思案をする。
 そして、

「スマルがやるって言うなら、やるしかないでしょうね」
「……うん、攻撃は任せて」

 二人とも俺を信じてくれるようだ。
 それはとても嬉しく、今すぐにでも再戦を仕掛けに行こうかと思ったほどなのだが、そんな意気込みだけでトラウマが克服できるならとっくのとうに克服できている。
 今日は一旦やめにして休むべきだろう。

「悪いが、これから行っても同じようになる未来しか想像できない。今日は一旦部屋に戻ろうと思うんだがそれで良いか?」

 俺の提案は満場一致で通り、四人で建物の中に入った。


===============


 部屋に戻った俺はベッドに横になり、どうしたらトラウマを克服できるのかを考え始めて、そう言えばヴォルムに訊くつもりだったのに聞けなかったことを思い出した。
 教えてくれなかったらそれまでだし、寝っ転がったばかりで動きたくなかったが、また忘れない内に訊きに行ってしまおう、と俺は立ち上がって部屋のドアノブに手をかけた。

 この孤児院にある扉は大抵部屋の内側に開くような設計になっている。
 だから、俺の部屋の扉も中から開けるならドアノブを引いて開けなければならない。
 だが、俺の目の前にあるそれは、ドアノブに手を触れただけで引くことはおろか、ドアノブを捻ってさえいないのにひとりでに動き出し、俺に向かって開いてきた。
 自分がしようとしていた動作を先回りされタイミングがズレたことで扉を避けきれず、俺は額に扉の角をぶつけてしまう。

 ゴンッ……と鈍い音が響く。

 突然の出来事に声も出せず、ベッドに倒れ込み頭を抱える。
 そんなに勢い良く開いたようには見えなかったが、見た目以上に力がこもっていたようで途轍もなく痛い。

「……う……ぐぅ……痛い……」

 あまりの痛さに涙目になっていると、扉の方から声が聞こえた。

「スマル!? ちょっと! 大丈夫?」
「……痛そう……生きてる……?」

 二人とも心配してくれているみたいだ。
 見るとモミジが扉を開けたのか焦った様子でこちらを窺っている。
 が、その横でユキは無表情を装ってうっすら笑っていた。
 人の不幸を面白がりやがって……。

「ああ、痛いけど、途轍もなく痛いけど大丈夫だ。ちゃんと生きてる」

 確かにモミジが慌てているのを見るのは楽しかったが、いつまでも心配させておくわけにはいかない。
 俺は二人に笑って見せる。

「良かった……って、良くはないわね」
「……ううん、良かった、とても」

 モミジがホッと息を吐く一方で、ユキはグッとサムズアップをしている。
 ついに隠そうともしなくなりやがった。

 ところで、

「そうだ、なんでここに来たんだ?」

 二人はこの部屋によく遊びに来るのだが、今日はきっと試験のことを話しに来たのだろう。
 俺は話を進めるべく、二人に質問をした。

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