「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第一章 第二十三話 守られていたもの

 俺、モミジ、ユキの三人での連携の確認が取れたところで、遂にヴォルムの試験を受けることになった。
 その内容を先輩たちに訊いてみてはいるのだが、何か独特の基準があるのか、あるいはそんなものがないのか、傾向が掴めるようなものではなかった。
 魔獣討伐に山菜取り、筆記テストの時もあればただ座っていれば良いという時もあったと言う。

 一見何の共通点も見受けられないような試験内容たちだが、一つだけ――俺が気付いていないだけでまだあるのかもしれないが――共通点がある。
 それは誰一人として不合格にならなかったという点だ。
 つまり、前にヴォルムが言っていた通り、ここで何かしらヴォルムから指導を受けていれば、問題なく合格できるということだろう。
 ヴォルムが実力に応じて内容を決めているから、というのも要因になっているだろうが。

 俺たち三人はみっちり戦闘訓練をされている。
 特に俺なんかは喋れるようになってからずっとだ。
 きっと簡単に合格できるはずだ。


 ところで、俺たちは戦闘訓練を続けている、と言うかそれしかしていないのだが、実はまだ試験の内容は分かっていない。
 それでは戦闘以外が試験内容だったらどうするという話だが、そんな場合こそ、何か対策を講じなくても良いということになるのではないだろうか。というのが俺の考えだ。
 そもそも、俺たちが戦闘訓練をしているのにはちゃんと理由がある。
 それは、試験の性質だ。

 この試験は基本的に得意とするものをどれだけできるのか、あるいは苦手とするものをどれだけできるのかを測るものになっている。
 これはヴォルムが教えてくれたことだが、要は得意を伸ばすか苦手を埋めるかという二極になるのだ。
 そして、先輩たちの試験内容を見る限り、苦手を測る試験は難易度が低い。
 それはもう不意打ちで突き付けられても合格できるくらいの難易度だ。
 よって得意を伸ばすことがこの試験を突破するための近道ということになる。

 それに気付いてしまえば後は消化試合も同然。
 さっさと終わらせてしまおう。

 こうして、俺たち三人は試験を受けるべく、ヴォルムに頼みに行ったのだが、まさかこの試験が超難関であるなんてことは誰も思っていなかった。


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「それでは、試験内容を発表する」

 頼みに行ったまま庭に連れ出された俺たちは、やけに仰々しく喋り始めたヴォルムを見ていた。
 その手にはいつの間にか一メートルほどの紙が握られていて、ババッ、と勢い良く広げられたそれには、確かに試験内容が書かれていた。

「お前らの試験内容は『森に生息するフォレストウルフの群れを一つ壊滅させる』だ!」

 フォレストウルフ。
 その名を聞いた途端、俺は無意識の内に表情を険しくしていた。
 それは孤児院近隣の森に群れを成している狼の魔物だ。
 魔物とは体内に魔石というエネルギー結晶を持つ、動植物の突然変異個体のことを言うのだが、そんなことはどうでも良い。
 この魔物は、俺がこの世界に来てから初めて会った生物であり、因縁の相手だ。
 ひそかにこいつを倒さないことには先に進めないと思っていたところで丁度良い、群れ一つ、完璧に殲滅してやろうじゃないか。

「期限は五日後まで、普通に考えたら簡単だろ?」
「五日? 私一人でもできそうね」

 ヴォルムの煽りに、モミジがそう答えると、

「……二日で、十分」

 ユキも静かながらにやる気満々のようだ。
 三人の意気込みは、このまま試験に突入すれば誰が一番狼を狩れるかの競争が始まりそうなほどだ。

 しかし、ここで横槍が入る。

「スマル、お前にはこの試験を受ける前にやっておかなくちゃいけないことがある。なんだか分かるか?」

 そう言われ、俺は何か忘れてたかなと数秒考える。
 だが、全く見当がつかず、首を振る。

「……いや、さっぱりだ」
「お前をこの森で拾った時、不安定な心が半壊していたんでな、応急処置として強い暗示をかけたんだ。それを解いておく必要がある」
「暗示……?」

 そんなものがかけられていたのか。
 しかも十四年間ずっと。

 それは俺にとって衝撃的な真実であったが、同時にあの時のことを思い返すといくらか納得できた。
 俺はあの時、狼の群れに襲われた恐怖のあまり、気を失うほどに心に傷を負った。
 だが次起きた時、俺の心は驚くほど落ち着いていた。
 深く考えはしなかったが、これは不自然なことで、それをどうにかできると言ったらやはりヴォルムしかいない。
 あんなに小さい時から、俺は守られていたのだ。

 だがこれはその守りから出て行くための試験。
 守られたまま受けるわけにはいかない。

「これを解いても、傷が広がるわけじゃない。安心しろ。だが、狼には気を付けろ。あれを見たお前がどう反応するかは俺にも分からない」
「嘘言え。全部分かってんだろ。どうせろくなことにならないんだろうが、それを知れただけ儲けもんだ」

 そう言ってヴォルムは俺の頭に掌を当てると、呪力を俺の中に流し、胸部からそれを取り出した。

「これで、解除できた。危ないと思ったらやめろよ? 場合によっちゃ内容の変更も考える。お前のトラウマに関してお前に非は塵ほどもないんだからな」
「強いて言うならあの場にいたことが非だ。守り専門なんだから自分の心くらい自分で守るさ」

 俺の返答に、ヴォルムはやれやれと言った風に肩を竦める。
 俺たちはその横を通り過ぎ、庭の端――森への入り口に立つ。

「モミジ、ユキ、準備はできてるか?」
「さっさと終わらせちゃいましょう」
「……うん、行ける」

 威勢の良い返事に後押しされ、俺は一歩前に踏み出す。
 試験の始まりだ。


 森の中に入り、気配感知を全開にする。
 フォレストウルフは隠密行動が得意だからだ。

 すると、現在地から大体五百メートルくらい先から三十頭ほどの群れがこちらに向かって来ていることが分かった。

「狼が向かって来ているみたいだ。ここから少し行ったところで待ち伏せするぞ」

 後ろに向かってそう言うと、二人がコクリと頷いた。

 それから移動をし、戦闘に良さそうな少し木の少ない場所を見つけたので、そこで待ち伏せをすることにした。
 作戦は俺が小さい結界や障壁を使って進路を誘導し、モミジとユキが焼くというものだ。
 どうなるか分からない俺が直接狼と対峙することを避けようという魂胆だ。
 これで精神的にいくらか楽だろう。

 三人が配置についたことが確認できると、狼の群れはもう百メートルもないくらいの距離まで近付いていた。
 これからが勝負だ。

 それから数秒後、濃い茶色の体毛に身を包んだ、狼型の魔物――フォレストウルフが姿を現した。
 俺はそれを見て障壁を発動しようとしたが、そんな意気に反して膝を折り、崩れてしまう。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」

 動悸が激しく、呼吸が荒くなる。
 視界が霞んだ頃には完全に包囲されていた。

「―――! ―――!」
「――――――!」

 モミジとユキの叫びが聞こえたような気がしたが、何を言っているかまでは分からない。

 もう忘れかけているようなことと高を括っていたが、トラウマによる障害は予想以上だった。



遂にモミジとユキのセリフが出てきました。
キャラの設定を考える上で口調が一番難しいのではないかという気がしてきました。

「「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • ノベルバユーザー284939

    トラウマは
    かんたんには
    無くならない

    0
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