乙女ゲームの攻略対象キャラは悪役令嬢の味方をする。
7.ベアトリーチェ
―――これは、戦争が勝利に終わった時の物語である。
明るく陽が王都を照らしていた。広大な庭の中、優雅なティータイムを楽しんでいた俺達だが、ちらりと前を見ると緊張が走る。
―――あの戦争は、結果として圧勝に終わった。攻撃しかしないベアトリーチェの盾の役をするアルトと、突っ走る彼女をフォローするジュリエット。
あの戦は完全に三役受け持てる彼らの圧勝で、敵軍はあっさり降伏した。
魔術大国アルダーラは喧嘩を売られただけだし、他国の者に嫉妬していたというそれだけの機動力。そんな物が長続きするはずもなかった。
そして昨日、アルダーラ国王から正式に謝罪が公表された。それを記念してと、今この状況になっているのだが……。
「ジュリエット公爵令嬢様。其方の活躍はお近くで見させていただきました。この伯爵令嬢ベアトリーチェにとって、良き勉強となりました」
「恐縮ですわ……ベアトリーチェ殿もお素晴らしい活躍でございました……」
前には敵である伯爵令嬢ベアトリーチェ。その右と左には彼女の近衛侍女と執事が公爵家に差し出された飲み物を凝視している。
恐らくは毒か何かがないのか確かめているのだろうが、そんなつもりはない。
優雅な笑みを浮かべたベアトリーチェに受け答えをしたジュリエットの額からは一筋の冷汗が落ちている。
ジュリエットの右にはアルト、左にはセバスチャンが居る。アルトについては「其方も活躍したから」とベアトリーチェに同席を許されたらしい。
俺的には何か違和感を感じたが、何か余計なことを言うのは絶対にダメだ。何かひとつでもしくじったら、死の未来は目に見えている。
なぜなら、無限の死亡フラグが作り上げられていく悪役令嬢なのだから。
最近衛騎士として俺は椅子に座る事を許可されている。まあ一因になったのは、アルトが「僕は座らない」と言ったからでもあるが。
アルトがジュリエットを眺めて、頑張れ、という顔をしている。
彼は事情を知っている。今ココ、初対面でしくじったら終わり。この初対面で目を付けられないのが一番だが、来たという事は目を付けられたという事。
わざと公爵家で対面をしたのは、ジュリエットの足を煩わせたくないから。
実は公爵家がどれほどの物なのか確認しに来た―――そう言われても欠片も疑いはしないくらい、俺はこいつの心が黒いことを知っている。
ゲーム会社のキャラクターデザインをこの目で監視していたからな。
そもそもこのイベントはゲームの中では存在しない。一度宴会は開かれ、そこで初対面となるはずだった。
つまり全ての言葉はアドリブ。それから先の事は俺も分からない。
ただ、キャラクターの性格からの分析はできる。目を付けられたらあちこちで計画が張り巡らされることだろう。
攻略キャラは十五人という、ゲームの中でも稀に見る量だ。それが今は仇となっているのだが、味方が一人でもいれば今は心強い。
アルトとセバスチャン、ディエルトは抜くとして、残りの十二人を全員自分の味方にされたらとても困る。
三人とも確かに影響力は高いが、残りの十二人もプレイヤーの対象として選ばれるように他国の王子だったりこの国の王子だったり影響力が高い者ばかり。
他は良しとして、王クラスはどうしても宴会のみでしか会えない。でもベアトリーチェが王以外のものを全てからめとったら、彼女は会えるかもしれない。
ギリギリの勝負。それは、ジュリエットが緊張するのも当たり前の事だ。
「ただ私、貴女の能力をしっかりと見ておりませんでした。僭越なことを申し上げさせていただきますが、どうかその実力拝見させてはいただけないでしょうか?」
紅茶のカップを持ちながら優雅に微笑む。赤茶色のロングの髪の毛がゆらりと綺麗に揺れた。エメラルドグリーンの瞳がきらりと煌めく。
お前は逃げられない―――まるでそう言っているかのように。
一方の俺としてもこれは『ヤバイ』。実力を見られるのなら、これから先はもっとハードな訓練をしなければならないだろう。
願わくば、十二歳の学園入学試験の時にコントロールされないように。
ジュリエットはしばし答えに迷っている。早く答えを出さなくては、早く、早くしないと失礼の烙印を押されるかもしれない。
これが、五歳の会話である。
小さくアルトが息を吐いたのを、俺とジュリエットは鮮明に聞いた。
「できるだけ手短にお願いするよ、ベアトリーチェ。彼女は公爵令嬢なんだ、そんなに時間はないよ。同じ魔術を放って威力のバトルとかどう?」
アルトが目線で示してくる。不得意な魔術を放てと。
「ええ、分かったわ。此処はジュリエット様、貴女のお得意な魔術をお放ちください」
ただ、ベアトリーチェの方が一枚上手だったのだが。アルトは心も体も純粋な本物の五歳。この腹黒少女とは比べるべくもないのだ。
ジュリエットは気持ちの踏ん張りが付いたのか「分かりましたわ」と言って立ち上がる。
「……ふぅ……【アールフリア】!」
そうか、と俺は悟る。杖をたどってふわふわと浮いて、地面にぺちゃんと潰れて水の塊がひとつ出来上がる。
目くらましの魔術、アールフリア。これは、実力差がとてもとても分かりにくい。同時に、恐らくジュリエットの得意な魔術でもある。
杖を通さなければ、これをもっと広げることも可能だ。ただ、杖を使った全力がこれなのだから嘘はついていないのである。
ジュリエットは五歳ではない。転生者だ。彼女の機転に「ナイス」と言いたくなったが俺は我慢する。続いてベアトリーチェが火魔術を放とうとする。
「【ハテルバスト】」
火が一本の線となり収縮し、二秒ほど待ってパァンと大きな音を奏でながら四方に火花と火本体が散った。
これも目くらましや威嚇系魔術のひとつである。それなりに当てれば攻撃力もある魔術なので、恐らくこれがベアトリーチェの威嚇系魔術の中で得意な物なのだろう。
才能十全の普通の五歳児で放てる同じ魔術の二倍以上の威力を持っている。これならば、殺人魔術を戦闘で見せられたのも納得がいく。
現に、通りがかりの公爵家の侍女の数人が目を見張っているのが見えた。
「さあ、これで満足した? すみませんジュリエット様、僕がベアトリーチェを連れ帰ります。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いいえ。楽しい時間を過ごせましたわ。ベアトリーチェ嬢、アルト殿、本日は有難うございますわ。外に馬車を待機させております」
「こちらこそ本日はありがとうございました……」
アルトが「ささ」と言いながらベアトリーチェの背中を押して去っていく。公爵令嬢として頭を下げることはできないが、感謝を述べる。
ベアトリーチェは二つも階級が違うジュリエットに深く礼をすると、幼馴染であるアルトの手を取って優雅な動作で去っていった。
アルトの心を奪いたいのだろうが、多分気味悪いとしか思われないだろう。
全てを知った上で見れば、ベアトリーチェの行いはとてもとても納得がいく。
ジュリエットに精神的な休憩が必要だろう。俺はセバスチャンに言って、午後の楽器授業を取りやめにしてもらうことにした。
まあ、そう簡単に取りやめにはできなかったが……頑張った。
明るく陽が王都を照らしていた。広大な庭の中、優雅なティータイムを楽しんでいた俺達だが、ちらりと前を見ると緊張が走る。
―――あの戦争は、結果として圧勝に終わった。攻撃しかしないベアトリーチェの盾の役をするアルトと、突っ走る彼女をフォローするジュリエット。
あの戦は完全に三役受け持てる彼らの圧勝で、敵軍はあっさり降伏した。
魔術大国アルダーラは喧嘩を売られただけだし、他国の者に嫉妬していたというそれだけの機動力。そんな物が長続きするはずもなかった。
そして昨日、アルダーラ国王から正式に謝罪が公表された。それを記念してと、今この状況になっているのだが……。
「ジュリエット公爵令嬢様。其方の活躍はお近くで見させていただきました。この伯爵令嬢ベアトリーチェにとって、良き勉強となりました」
「恐縮ですわ……ベアトリーチェ殿もお素晴らしい活躍でございました……」
前には敵である伯爵令嬢ベアトリーチェ。その右と左には彼女の近衛侍女と執事が公爵家に差し出された飲み物を凝視している。
恐らくは毒か何かがないのか確かめているのだろうが、そんなつもりはない。
優雅な笑みを浮かべたベアトリーチェに受け答えをしたジュリエットの額からは一筋の冷汗が落ちている。
ジュリエットの右にはアルト、左にはセバスチャンが居る。アルトについては「其方も活躍したから」とベアトリーチェに同席を許されたらしい。
俺的には何か違和感を感じたが、何か余計なことを言うのは絶対にダメだ。何かひとつでもしくじったら、死の未来は目に見えている。
なぜなら、無限の死亡フラグが作り上げられていく悪役令嬢なのだから。
最近衛騎士として俺は椅子に座る事を許可されている。まあ一因になったのは、アルトが「僕は座らない」と言ったからでもあるが。
アルトがジュリエットを眺めて、頑張れ、という顔をしている。
彼は事情を知っている。今ココ、初対面でしくじったら終わり。この初対面で目を付けられないのが一番だが、来たという事は目を付けられたという事。
わざと公爵家で対面をしたのは、ジュリエットの足を煩わせたくないから。
実は公爵家がどれほどの物なのか確認しに来た―――そう言われても欠片も疑いはしないくらい、俺はこいつの心が黒いことを知っている。
ゲーム会社のキャラクターデザインをこの目で監視していたからな。
そもそもこのイベントはゲームの中では存在しない。一度宴会は開かれ、そこで初対面となるはずだった。
つまり全ての言葉はアドリブ。それから先の事は俺も分からない。
ただ、キャラクターの性格からの分析はできる。目を付けられたらあちこちで計画が張り巡らされることだろう。
攻略キャラは十五人という、ゲームの中でも稀に見る量だ。それが今は仇となっているのだが、味方が一人でもいれば今は心強い。
アルトとセバスチャン、ディエルトは抜くとして、残りの十二人を全員自分の味方にされたらとても困る。
三人とも確かに影響力は高いが、残りの十二人もプレイヤーの対象として選ばれるように他国の王子だったりこの国の王子だったり影響力が高い者ばかり。
他は良しとして、王クラスはどうしても宴会のみでしか会えない。でもベアトリーチェが王以外のものを全てからめとったら、彼女は会えるかもしれない。
ギリギリの勝負。それは、ジュリエットが緊張するのも当たり前の事だ。
「ただ私、貴女の能力をしっかりと見ておりませんでした。僭越なことを申し上げさせていただきますが、どうかその実力拝見させてはいただけないでしょうか?」
紅茶のカップを持ちながら優雅に微笑む。赤茶色のロングの髪の毛がゆらりと綺麗に揺れた。エメラルドグリーンの瞳がきらりと煌めく。
お前は逃げられない―――まるでそう言っているかのように。
一方の俺としてもこれは『ヤバイ』。実力を見られるのなら、これから先はもっとハードな訓練をしなければならないだろう。
願わくば、十二歳の学園入学試験の時にコントロールされないように。
ジュリエットはしばし答えに迷っている。早く答えを出さなくては、早く、早くしないと失礼の烙印を押されるかもしれない。
これが、五歳の会話である。
小さくアルトが息を吐いたのを、俺とジュリエットは鮮明に聞いた。
「できるだけ手短にお願いするよ、ベアトリーチェ。彼女は公爵令嬢なんだ、そんなに時間はないよ。同じ魔術を放って威力のバトルとかどう?」
アルトが目線で示してくる。不得意な魔術を放てと。
「ええ、分かったわ。此処はジュリエット様、貴女のお得意な魔術をお放ちください」
ただ、ベアトリーチェの方が一枚上手だったのだが。アルトは心も体も純粋な本物の五歳。この腹黒少女とは比べるべくもないのだ。
ジュリエットは気持ちの踏ん張りが付いたのか「分かりましたわ」と言って立ち上がる。
「……ふぅ……【アールフリア】!」
そうか、と俺は悟る。杖をたどってふわふわと浮いて、地面にぺちゃんと潰れて水の塊がひとつ出来上がる。
目くらましの魔術、アールフリア。これは、実力差がとてもとても分かりにくい。同時に、恐らくジュリエットの得意な魔術でもある。
杖を通さなければ、これをもっと広げることも可能だ。ただ、杖を使った全力がこれなのだから嘘はついていないのである。
ジュリエットは五歳ではない。転生者だ。彼女の機転に「ナイス」と言いたくなったが俺は我慢する。続いてベアトリーチェが火魔術を放とうとする。
「【ハテルバスト】」
火が一本の線となり収縮し、二秒ほど待ってパァンと大きな音を奏でながら四方に火花と火本体が散った。
これも目くらましや威嚇系魔術のひとつである。それなりに当てれば攻撃力もある魔術なので、恐らくこれがベアトリーチェの威嚇系魔術の中で得意な物なのだろう。
才能十全の普通の五歳児で放てる同じ魔術の二倍以上の威力を持っている。これならば、殺人魔術を戦闘で見せられたのも納得がいく。
現に、通りがかりの公爵家の侍女の数人が目を見張っているのが見えた。
「さあ、これで満足した? すみませんジュリエット様、僕がベアトリーチェを連れ帰ります。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いいえ。楽しい時間を過ごせましたわ。ベアトリーチェ嬢、アルト殿、本日は有難うございますわ。外に馬車を待機させております」
「こちらこそ本日はありがとうございました……」
アルトが「ささ」と言いながらベアトリーチェの背中を押して去っていく。公爵令嬢として頭を下げることはできないが、感謝を述べる。
ベアトリーチェは二つも階級が違うジュリエットに深く礼をすると、幼馴染であるアルトの手を取って優雅な動作で去っていった。
アルトの心を奪いたいのだろうが、多分気味悪いとしか思われないだろう。
全てを知った上で見れば、ベアトリーチェの行いはとてもとても納得がいく。
ジュリエットに精神的な休憩が必要だろう。俺はセバスチャンに言って、午後の楽器授業を取りやめにしてもらうことにした。
まあ、そう簡単に取りやめにはできなかったが……頑張った。
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