乙女ゲームの攻略対象キャラは悪役令嬢の味方をする。
4.執事セバスチャン
家というか屋敷に戻ると、ずらりと並んだメイドが俺たちに礼をする。あまりにも全員が同時過ぎて逆に気持ち悪さを感じる。
アルトはなれているのか、戸惑うジュリエットを引きずるような形で前へ進んでいる。
傍から見ると、アルトがエスコートしているようにも見えなくはない。
「お戻りですか? お嬢。時間はもう遅い、もう実技の訓練の時間ですよ」
「じ、実技ですの? 主に何をすればいいのか分かりませんわ」
マナーは生まれた当初から。高度なマナーは三歳から。社交ダンスやカーテシー、バイオリンやら英才教育は五歳からとなっている。
紹介し忘れたが、俺達の前に居るのが毒舌系執事セバスチャン・アーカイブ。
こいつも攻略対象キャラで、終わりのストーリーではジュリエットを罵倒していたイメージが強い。ジュリエット自身もびくっ、と肩を震わせていたりする。
にこり、と微笑みながら正装をきっちりつけているセバスチャンは言葉を続ける。こんなふうに服を着れるのは憧れだな。
イケメンめ。あ、今の俺もイケメンだったか。短い時間なのが惜しいな。
「魔術や剣術です。剣術はお嬢のお母さまから少し控えるように言われましたので、本日は魔術をメインに教えさせていただきます」
「あ、魔術だったら、わたくし使えますわ!」
「……え? アルト様に教えてもらったのでしょうか? それにしては……」
―――早すぎる。
困惑する彼の声が聞こえてくるようだ。まあ、五歳で、一日で魔術が使えるようになるとはだれも思わないだろう。
三歳から行われるのは、あくまでも社交的な礼と知識の教育なのだから。
五歳から実技が入るものの、護身レベル。ただ、彼女の態度からして護身レベルで教えられてはいないだろう事が分かっている。
ジュリエットの才能がセバスチャンに伝わった、か、と俺は思う。思いもしなかった出来事だが、もしかしたら彼を味方につけられるかもしれない。
ベアトリーチェが入ってくる隙などない……とでもいうかのように。
もしもベアトリーチェが入ってくる隙があったら俺はまだまだだな。
俺も「ざまあ」な展開は嫌いではないのだが、ベアトリーチェを味方にするルートも捨てきれない。一番の幸せ展開だからな。
だが、俺から頼むよりジュリエットから、あのベアトリーチェが道具としか思っていないジュリエットの話を聞くとも思わない。
ただ、一番のハッピーエンドであることは心に入れておくことにする。
「ディエルト様に教えてもらいましたの。お見せいたしましょうか?」
「ええぜひ。アルト様はどういたしますか?」
「僕はこのまま帰るよ。公爵家に長い間滞在するのも悪いしね。それじゃあ!」
アルトが手を振り去っていくと共に、俺はジュリエットの手を引いて、セバスチャンに会釈をする。セバスチャンが一番怖い相手だ。
何もかも見抜いているような笑顔とその瞳、人の全てを手玉に取るように操る。国王でさえも巻き込んでジュリエットの執事となったのだが。
まあ、ベアトリーチェはその一枚上手というか、付け込んだというか。
あの時、ジュリエットが嫌われるきっかけを作ったのは確かにジュリエットだ。「私はやっていない」「ひどい」「もうだめ」というのを彼女は全てセバスチャンにぶつけていた。
迷惑なことが嫌いでグチグチするのも嫌いな彼が、すんなり受け入れられるわけがない。
さっぱりとした性格を(彼の前でだけ)演じていたベアトリーチェは、そんな時期の彼にとって良い心の拠り所だったに違いない。
そこまで計画していたベアトリーチェが凄いといえばいいのか、それだけで付け込まれてしまうセバスチャンを罵倒すればいいのか。
人間の心情とはすぐに変わる。ゲームだとしても神には分からないものだ。
感情の揺れ動きは確かにあるものの、細かく複雑なものはないのである。
「お嬢様、ディエルト様、こちらへどうぞ」
「わあ……大きいですわね。わたくし、こんな大きな『訓練場』に憧れていましたの!」
「えっまじか」
これにはさすがに俺も目を丸くする。セバスチャンの方を見ると彼も同じく目を丸くしていた。公爵家の令嬢が、花畑でもなく広い庭でもなく、パーティ会場のような優雅な場所でもなく訓練場を見て目を輝かせている。
生前何をしていた者なのか気になりすぎて仕方がないんだが……。
俺達の異変に気付いたのか、ジュリエットが振り返って怪訝そうな顔をする。いや、こっちの方が怪訝な顔をしたいのだが。
そのツッコミは飲み込んで、ジュリエットの言葉を待った。
「実技をするのではないんですの? 早く始めたいですわ!」
「え、ええ。私も手っ取り早いのが好きですので、ありがたいことではありますが……」
さすが巻き込んでいたとはいえ王国に選び抜かれた優秀な執事、すぐに意識を立て直してジュリエットに杖を渡す。これを使うと魔力の通りが良くなるらしい。
アルトも最初はこれを使ったらしいのだが、ジュリエットは使っていない。そもそもあることすら知らなかったのだから、さもありなん。
神としてはこれくらいでようやく精霊に値するかしないかくらいの範囲だが、人間にとっては異例らしい。まあ、神と人間を比べたら大差あるからな。
そもそも今のジュリエットの強さは実体を持たない程度の微精霊くらいだ。
実体を持つ精霊は低級精霊だろうと、王城を更地に出来るほどの力を持っている。これも人間と比べたら可哀想である。
余談だが精霊の上の存在である天使は、中級になれば息をするテンションでこの世界の国ひとつは潰せるだろう実力を持っている。
「少し言わせていただきたいのですが、私は、一応この部屋を破壊できるほどの実力を持っています。ディエルト様はどうですか?」
「……王国など全力を出せば潰せる」
「はっ、はは、御冗談を」
「……やってやろうか?」
「いえ、できれば控えさせていただきたいものです。……お嬢様は水属性でも使いましょうか」
ジュリエットならば水属性は王都ふっ飛ばせるのではないか。いやいや、怖い想像をするな、俺。俺は王都潰せるけど。
セバスチャンは恐らく一番安全そうな属性を選んだんだろうが、俺達にとっては安全どころかどの属性でも危険度は変わらないと思う。
水属性がステータスの中で唯一S級と記されているジュリエット。あくびをしながら放っても威力はBを下らないだろう。
「見ててくださいませ。【アールフリア】!」
「【アールフリア】……なんだか不思議な感じがしますわね、無詠唱の方が簡単ではなくて?」
「アールフリアを一瞬で……しかし、無詠唱は上級魔術師しかできないはず……」
原作のジュリエットは少しだけバカな要素があった。イメージが必要な魔術にイメージをせずに、魔力が暴走したり。
イメージはできたものの込めた魔力が多すぎて王都ふっ飛ばしそうになったり。
視聴者としてはイラつく原因として描かれているのだが、これをヒロインがやったとしたらやれ可愛い、やれ天然と褒められるだろう。
そんな感じで彼女は色々迷惑はかけたが、ちゃんと魔術を操れるようになると人気にもなった。それでベアトリーチェに目を付けられたのだろう。
ベアトリーチェはやや束縛気味であるのかもしれない。独占気味と言った方がいいか。
「これはまるで、ベアトリーチェ様のような―――」
俺は驚愕した。セバスチャンのただの呟きのようだが、ここまでベアトリーチェが有名だとは知らなかったのだ。
ふんわりとした水の流れが向こうの壁にぶつかってふんわりと消える。
目くらまし専用の魔術だったようだが、これを大量に放ち広大な面積にすれば確かに目くらましにはなるだろう。
ここまで魔力を垂れ流しながらこの広い壁の向こうまでアールフリアを続けられるとは、やはり微精霊くらいにはなれるのではないか。
というか、実用性のあるアールフリア―――広大な面積のアールフリアも息をするくらいの感覚で出来ると思われる。
実体を持つ精霊の最下級くらいには全力を出せば追いつくだろうか。
「ベアトリーチェ様? ベアトリーチェ様は確か伯爵令嬢でしたわよね、ベアトリーチェ様も魔術の才能をお持ちでいらっしゃるの?」
「ええ。彼女も無詠唱が簡単と言っていましたから……【アールフリアごときは無詠唱で十分よ】と言っていた気がします」
「……アールフリアなど簡単だろう。無詠唱は当たり前だ」
と、ここで俺は少し格好つけてみる。セバスチャンが顔を引きつらせる。俺だけ目立たないと最強の名目が消えてしまうではないか。
一番の理由はベアトリーチェなどに負けたような印象を与えたくないからだ。俺としてはベアトリーチェは生理的に拒否である。
セバスチャンは諦めたように肩を落とした。
もう教えることは魔力操作しかない―――そう思ったようだ。あの毒舌執事が諦めモードだと思うと少し笑えた俺だった。
アルトはなれているのか、戸惑うジュリエットを引きずるような形で前へ進んでいる。
傍から見ると、アルトがエスコートしているようにも見えなくはない。
「お戻りですか? お嬢。時間はもう遅い、もう実技の訓練の時間ですよ」
「じ、実技ですの? 主に何をすればいいのか分かりませんわ」
マナーは生まれた当初から。高度なマナーは三歳から。社交ダンスやカーテシー、バイオリンやら英才教育は五歳からとなっている。
紹介し忘れたが、俺達の前に居るのが毒舌系執事セバスチャン・アーカイブ。
こいつも攻略対象キャラで、終わりのストーリーではジュリエットを罵倒していたイメージが強い。ジュリエット自身もびくっ、と肩を震わせていたりする。
にこり、と微笑みながら正装をきっちりつけているセバスチャンは言葉を続ける。こんなふうに服を着れるのは憧れだな。
イケメンめ。あ、今の俺もイケメンだったか。短い時間なのが惜しいな。
「魔術や剣術です。剣術はお嬢のお母さまから少し控えるように言われましたので、本日は魔術をメインに教えさせていただきます」
「あ、魔術だったら、わたくし使えますわ!」
「……え? アルト様に教えてもらったのでしょうか? それにしては……」
―――早すぎる。
困惑する彼の声が聞こえてくるようだ。まあ、五歳で、一日で魔術が使えるようになるとはだれも思わないだろう。
三歳から行われるのは、あくまでも社交的な礼と知識の教育なのだから。
五歳から実技が入るものの、護身レベル。ただ、彼女の態度からして護身レベルで教えられてはいないだろう事が分かっている。
ジュリエットの才能がセバスチャンに伝わった、か、と俺は思う。思いもしなかった出来事だが、もしかしたら彼を味方につけられるかもしれない。
ベアトリーチェが入ってくる隙などない……とでもいうかのように。
もしもベアトリーチェが入ってくる隙があったら俺はまだまだだな。
俺も「ざまあ」な展開は嫌いではないのだが、ベアトリーチェを味方にするルートも捨てきれない。一番の幸せ展開だからな。
だが、俺から頼むよりジュリエットから、あのベアトリーチェが道具としか思っていないジュリエットの話を聞くとも思わない。
ただ、一番のハッピーエンドであることは心に入れておくことにする。
「ディエルト様に教えてもらいましたの。お見せいたしましょうか?」
「ええぜひ。アルト様はどういたしますか?」
「僕はこのまま帰るよ。公爵家に長い間滞在するのも悪いしね。それじゃあ!」
アルトが手を振り去っていくと共に、俺はジュリエットの手を引いて、セバスチャンに会釈をする。セバスチャンが一番怖い相手だ。
何もかも見抜いているような笑顔とその瞳、人の全てを手玉に取るように操る。国王でさえも巻き込んでジュリエットの執事となったのだが。
まあ、ベアトリーチェはその一枚上手というか、付け込んだというか。
あの時、ジュリエットが嫌われるきっかけを作ったのは確かにジュリエットだ。「私はやっていない」「ひどい」「もうだめ」というのを彼女は全てセバスチャンにぶつけていた。
迷惑なことが嫌いでグチグチするのも嫌いな彼が、すんなり受け入れられるわけがない。
さっぱりとした性格を(彼の前でだけ)演じていたベアトリーチェは、そんな時期の彼にとって良い心の拠り所だったに違いない。
そこまで計画していたベアトリーチェが凄いといえばいいのか、それだけで付け込まれてしまうセバスチャンを罵倒すればいいのか。
人間の心情とはすぐに変わる。ゲームだとしても神には分からないものだ。
感情の揺れ動きは確かにあるものの、細かく複雑なものはないのである。
「お嬢様、ディエルト様、こちらへどうぞ」
「わあ……大きいですわね。わたくし、こんな大きな『訓練場』に憧れていましたの!」
「えっまじか」
これにはさすがに俺も目を丸くする。セバスチャンの方を見ると彼も同じく目を丸くしていた。公爵家の令嬢が、花畑でもなく広い庭でもなく、パーティ会場のような優雅な場所でもなく訓練場を見て目を輝かせている。
生前何をしていた者なのか気になりすぎて仕方がないんだが……。
俺達の異変に気付いたのか、ジュリエットが振り返って怪訝そうな顔をする。いや、こっちの方が怪訝な顔をしたいのだが。
そのツッコミは飲み込んで、ジュリエットの言葉を待った。
「実技をするのではないんですの? 早く始めたいですわ!」
「え、ええ。私も手っ取り早いのが好きですので、ありがたいことではありますが……」
さすが巻き込んでいたとはいえ王国に選び抜かれた優秀な執事、すぐに意識を立て直してジュリエットに杖を渡す。これを使うと魔力の通りが良くなるらしい。
アルトも最初はこれを使ったらしいのだが、ジュリエットは使っていない。そもそもあることすら知らなかったのだから、さもありなん。
神としてはこれくらいでようやく精霊に値するかしないかくらいの範囲だが、人間にとっては異例らしい。まあ、神と人間を比べたら大差あるからな。
そもそも今のジュリエットの強さは実体を持たない程度の微精霊くらいだ。
実体を持つ精霊は低級精霊だろうと、王城を更地に出来るほどの力を持っている。これも人間と比べたら可哀想である。
余談だが精霊の上の存在である天使は、中級になれば息をするテンションでこの世界の国ひとつは潰せるだろう実力を持っている。
「少し言わせていただきたいのですが、私は、一応この部屋を破壊できるほどの実力を持っています。ディエルト様はどうですか?」
「……王国など全力を出せば潰せる」
「はっ、はは、御冗談を」
「……やってやろうか?」
「いえ、できれば控えさせていただきたいものです。……お嬢様は水属性でも使いましょうか」
ジュリエットならば水属性は王都ふっ飛ばせるのではないか。いやいや、怖い想像をするな、俺。俺は王都潰せるけど。
セバスチャンは恐らく一番安全そうな属性を選んだんだろうが、俺達にとっては安全どころかどの属性でも危険度は変わらないと思う。
水属性がステータスの中で唯一S級と記されているジュリエット。あくびをしながら放っても威力はBを下らないだろう。
「見ててくださいませ。【アールフリア】!」
「【アールフリア】……なんだか不思議な感じがしますわね、無詠唱の方が簡単ではなくて?」
「アールフリアを一瞬で……しかし、無詠唱は上級魔術師しかできないはず……」
原作のジュリエットは少しだけバカな要素があった。イメージが必要な魔術にイメージをせずに、魔力が暴走したり。
イメージはできたものの込めた魔力が多すぎて王都ふっ飛ばしそうになったり。
視聴者としてはイラつく原因として描かれているのだが、これをヒロインがやったとしたらやれ可愛い、やれ天然と褒められるだろう。
そんな感じで彼女は色々迷惑はかけたが、ちゃんと魔術を操れるようになると人気にもなった。それでベアトリーチェに目を付けられたのだろう。
ベアトリーチェはやや束縛気味であるのかもしれない。独占気味と言った方がいいか。
「これはまるで、ベアトリーチェ様のような―――」
俺は驚愕した。セバスチャンのただの呟きのようだが、ここまでベアトリーチェが有名だとは知らなかったのだ。
ふんわりとした水の流れが向こうの壁にぶつかってふんわりと消える。
目くらまし専用の魔術だったようだが、これを大量に放ち広大な面積にすれば確かに目くらましにはなるだろう。
ここまで魔力を垂れ流しながらこの広い壁の向こうまでアールフリアを続けられるとは、やはり微精霊くらいにはなれるのではないか。
というか、実用性のあるアールフリア―――広大な面積のアールフリアも息をするくらいの感覚で出来ると思われる。
実体を持つ精霊の最下級くらいには全力を出せば追いつくだろうか。
「ベアトリーチェ様? ベアトリーチェ様は確か伯爵令嬢でしたわよね、ベアトリーチェ様も魔術の才能をお持ちでいらっしゃるの?」
「ええ。彼女も無詠唱が簡単と言っていましたから……【アールフリアごときは無詠唱で十分よ】と言っていた気がします」
「……アールフリアなど簡単だろう。無詠唱は当たり前だ」
と、ここで俺は少し格好つけてみる。セバスチャンが顔を引きつらせる。俺だけ目立たないと最強の名目が消えてしまうではないか。
一番の理由はベアトリーチェなどに負けたような印象を与えたくないからだ。俺としてはベアトリーチェは生理的に拒否である。
セバスチャンは諦めたように肩を落とした。
もう教えることは魔力操作しかない―――そう思ったようだ。あの毒舌執事が諦めモードだと思うと少し笑えた俺だった。
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