乙女ゲームの攻略対象キャラは悪役令嬢の味方をする。

なぁ~やん♡

3.アルトの実力

 アルトの現在上手に使える属性は水。何せ体が五歳なために、過激な魔術を使うと倒れてしまう。ステータス全てが伝説級ではなく、アルトの場合は一発超強力な魔術を放ったら倒れる、みたいな感じだ。
 対してジュリエットは全体的に強化されていたため、アルトより倍の期待を得た。まあジュリエットはその期待を裏切りたくなくてベアトリーチェに勝負を挑み、無様に倒れ伏せた。

 何故ならベアトリーチェには、執事ノルンがいたから。ノルンは宮廷魔術師長で、ちょっと浮気性ギザだが攻略対象の一人。
 決め台詞は「もう君しか、見えないよ……」だったかな。さすがギザ。

「ウォーターストリーム」

 アルトがスライムの群れに両手をかざすと、水の大爆発が起きた。アルトの解説によると水の壁の中では無数の小さな水のつぶてが暴れ回っているらしい。
 アルトはジュリエットにもそのコツを教えると、ジュリエットも両手を突き出す。
 その表情は真剣そのものだ。彼女の元居た世界に魔術なんてなかったのだから、記念すべき最初の攻撃性の高い魔術を使うのは緊張するだろう。
 こればっかりはジュリエットが掌握する物なのだから仕方ない。

「―――ほっ」

 それだけで、無数の水のつぶてがスライムたちを無残な姿に変えていく。残された魔物の心臓とも言える核が大量に散らばっていた。
 もう、スライムは、いない。一匹ものこらずジュリエットに消されてしまった。
 アルトも俺も呆然としている。あのジュリエットがこんな才女だったとは。ベアトリーチェに魔術を邪魔されてからふさぎ込んでいたらしいからな。
 その後も実技でたびたび邪魔されて、王女様の前でも無様に失敗した。何度も何度もベアトリーチェの計画に掛かっていたなと思うと可哀そうに思える。

「ジュリエット。もう好きなように魔術を使っていいと思う。属性無視で。使いたいものをイメージしてどんどん使っていけばいいと思うんだ」

「これって無詠唱ですわよね? こんなに簡単に使っちゃっていいんですの?」

「少なくとも十二歳になるまでは使うな。十三歳のシチュエーションで君の父と戦うが、その時は使ってくれて構わない」

「学園の試験ではどうしますの?」

「できれば無詠唱は避けてくれ。いきなり使えたとなると変だ、十三歳だと学園のおかげと錯覚されられるだろう? そうすればジュリエットの学校からの評価も良くなると思うんだが、違うか?」

 ひとつ。学園が味方に付けばほぼ勝ち。エスフォード学園は賢者レイハルト・エスフォード、現在も存命中の学園長が作り上げたもの。
 この学園は王国に指図することもある程度許されており、皇帝からですらもVIP待遇というチートなものだった。
 彼は攻略対象ではないが、ベアトリーチェに協力した一人でもある。理由は、魔術の才能が学園一だから。アルトはベアトリーチェの指示でいつも学年二位。ジュリエットはいつもベアトリーチェに操られて順位は中の上辺り。

 それがなくなり、ベアトリーチェのランキングを降ろせば彼女にとって計画の第一歩を踏み外すことになる。

「一度ベアトリーチェとその父に会ったことがあるんだ、僕。同じ伯爵だからね。凄くベアトリーチェを溺愛してた印象があったよ。甘やかしって言うのかな。ベアトリーチェは既に計画の作成をしていると思うんだ」

「わたくしは会ったことなどありませんわ……」

「そりゃあそうだろ。……ああそうだ。言いたいことなんだが、俺達の事情を知らない者達の前で俺は常に無口冷酷を演じるからな」

「今でも冷酷さはあると思うけどね? 無口ではないと思うけど」

 少し皮肉っぽくアルトはそういう。一度神に会ったからなのか俺に対して緊張していないのが見て取れる。
 彼の話によると、会っていたのは結構上級神だったらしいからな。
 ベアトリーチェの計画のひとつは、ジュリエットに会わないようにすることだ。ジュリエットに自分の性格を知られないために。
 そして自分という存在そのものを知らせないために。そのために自分が生まれた『伯爵家』というのはふさわしい場所だった。

「やっぱ環境だね」

「やっぱ環境だな」

「やっぱ環境ですわね」

 答えは三人同じ。環境のおかげで計画の内容も変わってくる。俺は中級神で、乙女ゲームの未来は見ることができるが、乙女ゲームに転生した後の未来は見ることができない。
 なので、これから俺達の異変に気付かない間はゲームの通り動くのだろう、と予想することしかできないが大体合っていると思う。

「っ……テディベアだ。結構強いから僕が相手するよ。ディエルトさんはジュリエットを守ってくれる?」

「全く、神に頼らない人だな。ジュリエット、俺の後ろに」

「分かりましたわ」

 アルトは剣を抜き、俺はジュリエットを後ろにかばう。スライムはまだぷよぷよと音を鳴らしながらこちらにやってくるが、ジュリエットと俺の敵ではない。
 それに、今のジュリエットは傷ひとつ付いてはいけない。なので、風の盾で魔物を近づけないようにする。
 アルトは神妙とも言えるような動きでテディベアの攻撃をさばいていく。しかしあと一歩だ、避けて防御する力しか今のアルトにはない。

 俺はテディベアの隙を狙って、一発火の球を発射した。何も起こらない。
 ―――見事に、内臓から燃やすことに成功したようだな。衰えていなかった。

「グギャアアアアアアアアアア!!」

「ずいぶん冷酷なことをするんだね―――とどめだ」

 アルトが地面を蹴り、剣を横に払う。それはテディベアが絶命するのに、十分な一撃であった。
 時間ももう遅い、俺達は帰ることにした。彼女の父は良いが、母は異常なほどジュリエットを溺愛しているためだ。
 娘を愛しすぎているからこそ、俺をすぐに彼女の部屋に向かわせたのだろうが。

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