真っ白な少女の成長譚

心労の神狼

challenge1

ー2125年 4月25日 AM6:15 北海道 真白家道場ー
まだ外が明るくなったばかりの、春にしては少しばかりか肌寒い朝。
北海道某所にある道場では、道着を着た年頃の少女が架空の敵と対峙していた。
「はっ!」
眼前にいる架空の敵めがけて勢いよくエルボーを打ち込んだ少女はこの家の一人娘、『真白マシロ 歩夢アユム』。
意志の強そうな黒い瞳と、乱雑に切りそろえられた短い黒髪の、まるで猫のような印象を与える小柄な少女だった。
「ふっ!」
少女が次に繰り出したのは下段回し蹴り。
左足を軸としてはなったそれは見事架空の敵を転ばせることに成功した。
「はぁっ!」
トドメとばかりに転んだ敵に掌底の構えをとった歩夢。
だがそのトドメは架空の敵に放たれることはなかった。
「おーい歩夢!ご飯できたからそろそろ切り上げなさい」
そこに入ってきたのはヒヨコのエプロンを首から下げた熊だった。
いや、正確に言うと熊のような巨体に熊のような髭を生やした熊のような男だった。
男の名は『真白マシロ ケン』。
真白歩夢の父にして真白家の大黒柱である男だ。
「……………」
「ん、どうした?腹でも下したか?どれ……」
自分が道場に入った途端、俯いて黙りこくる歩夢に違和感を抱いた健はゆっくりとした足取りで徐々に歩夢に近づいてゆく。
しかし、健はこの時、気付いていなかった。

俯いた歩夢が陰で掌底の構えをとっていたことに。

「自主練中に道場入ってくんなって言ってんでしょクソ親父!」
「グバァ!?」
ズシンズシンという足音を道場に響かせながら近寄ってきた健の腹に鬱憤を晴らすかのごとく放たれた掌底、それは吸い込まれるように健の腹に命中した。
「ふんっ!」
道場の畳の上で悶絶しながら蹲る健には目もくれず着替えのために自室へと向かうアユム。
その表情は実に晴れ晴れとしたものだった。
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「で、歩夢。友達は出来たか?」
「その話もう何回目よ……」
所変わって食卓の間。
そこでは年頃の少女らしく学校の制服に着替えた歩夢とぴっちりとしたスーツに身を包んだ健が向かい合って食卓を囲んでいた。
「父親としては娘の交友関係は幅広く知っておきたいものなんだよ」
「そういうの普通『彼氏は出来たか?』って聞くとこなんじゃないの?」
「ああ、そうだな。で、最近蓮君とはどうなんだ?」
「ッ!?」
父の口から出てきた言葉に思わず口に含んでいた味噌汁を勢いよく噴き出す歩夢。
「ななななな!?」
「別に、今更動揺することないだろ。だが、その様子を見るに清い関係のままのようだな」
「なんで少し残念そうなのよ!?」
「そりゃあ、なぁ?」
そう言って意味ありげな視線を向けてくる健に歩夢は咄嗟に目を逸らす。
目を合わせると面倒なことになると直感が告げたのだ。
「そんなことより時間大丈夫か?今日も蓮君と一緒に登校するんだろう?」
「今の流れでそれを言う!?ああ、もう!いってきます!」
歩夢はそういうが早いか、皿に残っていた朝食を素早く平らげると鞄を持って玄関に駆けだした。
「あ、しまった。大事な知らせがあったの忘れてた……ま、じきに気付くか」
その場に残された健の小さな呟きは既に駆けだした後の歩夢に届くことはなかった。

to be continued...

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