真っ白な少女の成長譚

心労の神狼

prologue3

『魔物』が出現してから数十分が経ち、破壊音と銃声が響き渡るそこはすっかり地獄絵図と化していた。

「あー、もう!なんで今日はこんなに数が多いのよ!」

戦場となったビルの屋上を駆けながら、辺りに群がる『犬面人』を殴り飛ばしながらそうのたまうアユム。

「知るか!てか、口を動かす余裕があるなら手を動かせ!」

そんなアユムの背後で、レンは二丁拳銃を巧みに操り、遠方にいる『犬面人』の頭を打ち抜き、確実に命を奪っていた。

「だって!いつもだったらもうとっくに終わってもいい時間じゃない!」
「数だけじゃねぇ!今日のこいつら、無駄に統率が取れてやがる!」

辺りに広がるのは魔物の群れとその死骸、その真ん中で時に散開し、時に背中合わせになり愚痴をこぼしながら戦う二人だが、その表情に余裕はない。
彼らの足元には既に倒し終えた数十体の『犬面人』の亡骸があった。
彼等だけでそれほどの『魔物』を倒したのだ。
十代半ばの彼等の功績としては十分すぎるほどだが、それでも周りの魔物たちは襲い掛かる手を止めることはない。

「このまま殺ってたんじゃ埒が明かない!やっぱり『ユキ』を連れてくるべきだった!」
「ifの話をするよりも策を考えろ!」
「じゃあ、どうするってのよ!」
「……アユム、奥の手だ!」
「はぁ!?あんた、この状況で奥の手使ってダメだったらどうするつもり!?」
「そん時はそん時だ。一応、救難信号を送っといたから、もしだめでも時間稼ぎ程度にはなるはずだ」
「……あくまで、時間稼ぎってわけね?」
「その通り、だ!」
「……おーけー。その作戦、のった!」

そう言って目の前の『魔物』を再び殴り飛ばしたアユムは人間離れした跳躍力でその場から撤退し、レンのすぐ後ろに着地する。
戦闘中に何度も繰り返した背中合わせの状態だ。

「タイミングを合わせる。カウントは任せた」
「はいよ!……3、2――――って!?」

最初にそれに気づいたのはアユムだった。
それは空高くから落ちてくる小さな、黒い人影だった。

「ははは、随分と速い救援だな。どうやら奥の手を使うまでもなかったみたいだ」

アユムの視線につられてそちらを見たレンはそう言って武器を構えていた手を降ろし、その場に座り込む。
その黒い人影は空中で回転し、推進力を増しながら二人がいるその場所まで落下してくる。
そして、それが地面に着地した次の瞬間。
辺り一面の『魔物』は着地による衝撃波で一斉にに吹っ飛んだ。

「器用なもんだな、お姫さま?俺らを巻き込まずに『魔物』だけをぶっ飛ばすなんてよ」
「女の子なんだからもう少しお淑やかにしなさいっていっつも言ってるのに……ま、今回は助けてもらったから大目に見るけどね」

呆れた表情でそういった二人の視線は目の前に現れた黒いフードケープを被った一人の小さな『少女』に向けられていた。
その少女の手には身の丈もある片刃の大剣が握られていた。
恐らく周囲の魔物を吹き飛ばしたのはこの大剣による一撃だろう。


「ん、ごめん。お待たせ?」


首をかしげ、疑問形で謝罪する少女。
不意に風が吹き、被っていたフードが脱げたことで少女の素顔が月光の下に照らされる。
そこにいたのは銀糸と見まごう白い髪をもつ少女。
宝石のような瞳はルビーのように紅く、小さく華奢な体は少女の幼さを助長させ、その幼さに見合わぬ凛とした佇まいは天から差し込む月の光も相まって得も言われぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「二人とも、わたしを置いて、ミッション、きた。あした、ケーキ、奢り……レンが」
「俺かよ!?というか、まさかお前さんが来るとはなぁ」
「―――あのゲート、おかしい。奥に、大きいの、いる。二人だけじゃ無理、だからケンに起こされた」

そう言ってフードを被り直し、言葉数少なめに現状に至った説明をする少女。
少女との付き合いもそれなりになるレンは少女の発した短い言葉から彼女が不機嫌であることを敏感に感じ取っていた。
勿論その理由についても。

「もしかして、気持ちよく眠ってたとこを起こされて怒っていらっしゃる?」
「ん、せっかく、グッスリだったのに。ケン、あとで、お話する」

でも、と少女は続けてこう言った。

「先に、向こうの『魔物オトモダチ』とお話ししてくる」
「ああ。それじゃ、俺たちはいつも通りお前が撃ち落とした『魔物』の掃除だな」
「はぁ……結局これじゃいつもとやること変わんないじゃない」
「嘆くな嘆くな。命あってのこの商売。チャンスはまた巡ってくるさ」

肩を落として落ち込むアユムにフォローを入れながら自身の得物を構え直す。

「いけるか?『ユキ』?」

レンはそう言ってちらりと少女、ユキの方に視線を送る。
彼女はちょうど右手で持った大剣をそれとは逆の左脇の下で構えた状態で静止していた。

「って、おいユキ。お前の体格で、ましてその武器で居合は無理だ。やめておけ」
「……できる」
「いや、流石に無理だって」
「…………できる」

頑なに譲ろうとしないユキにレンは軽く溜息をつく。

「はぁ、わかったよ。くれぐれも怪我はするなよ?」
「わかってる」
脳筋娘アユムもいいか?」
「誰が脳筋よ!」
「はいはい、っと…それじゃあそろそろ始めるか」



「「「ミッションスタート!」」」



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真っ先に突っ込んでいったのはユキだった。
彼女はたった一足で敵陣に攻め込むと下段に構えた大剣を居合斬りの要領で振りぬき、周囲の『魔物』を一掃する。

「ユキ、伏せろ!」

ユキの背後からそんな言葉が聞こえたかと思えば彼女の大剣による一閃の範囲外にいた魔物の頭部が次々と爆ぜていく。

「アユム!討ち漏らしの処理を!」
「命令すんな!」

そんな掛け合いのもと飛び出したアユムは次々とレンの討ち漏らした『魔物』の懐に潜り込み腹部に強烈なボディーブローをかましていく。

「おんどりゃー!」

独特の掛け声とともに放たれたそれは『魔物』の腹部に風穴を開け一瞬のうちに魔物を再起不能にしていく。
周囲にいた魔物が次々と倒れていく中、ユキの視線はある一点に固定されていた。
それは『魔物』達がやってきた大きな亀裂、『ゲート』。
その『ゲート』からは先程、大量の『犬面人』が出現して以来、『魔物』が現れた形跡は見られない。
しかし、ユキはその『ゲート』の奥に大きな力をもった魔物が潜んでいることを直感的に感じ取っていた。

「おかしい。仲間、沢山死んでる。なのに出てこない…?」

首を傾げながらそう呟いたユキ。
そんな彼女の背後に一匹の『犬面人』が襲い掛かる。

「うるさい」

しかし、完全に油断していると踏んだ『犬面人』の行動はユキの無情な一言とともにバッサリと切り伏せられた。

「あーもう。最後の一匹はユキにとられたちゃったか」
「落ち着け、アユム。今回の戦績は明らかに俺たちの圧勝だ。一匹とられたくらいでどうと言うことはない」
「って、そんなことよりユキ!顔に返り血がついてるわよ。拭いてあげるからジッとしてなさい」
「全身血まみれの奴が何言ってんだ?」
「うっさい!全身血みどろにしてやろうか!?」

お互いにメンチを切り、何時ものようにケンカをし出した二人には目もくれずユキは視線を先程から注視し続けている『ゲート』に向ける。

「仲間、全滅したのにでてこない?なんで…?」

そんな疑問を抱きながら『ゲート』に近づこうとしたユキ。
次の瞬間、それは起きた。

「ぐあっ!?」
「かっ!?」

突如、背後から吹き飛んできた二人。
何事かと思い後ろに振り返ってみれば、ユキの探していたソレがそこにいた。
そこに現れたのは先程相手した『犬面人』よりも二回り以上大きな『魔物』。
手に大きな石斧を手にした『犬面王コボルトキング』だった。


to be continued...

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