銀狼転生記~助けた幼女と異世界放浪~

テケテケさん

045 ~セドリックの講義~

 「いいかい? そもそも魔力というのはね──」

 薄暗い部屋に備えつけられた窓から、深く生い茂る木々の合間を縫って差し込む朝の日差しが照らす部屋の中、ホワイトボードのようなモノ(魔道具と言うモノらしい)を傍らに、そう教師然とした口調で語りかけてくるのは、数奇な運命の元に巡り会った同郷の志であり、ピアの父親でもある男──セドリック。
 その表情はとても真剣で、そこに普段の穏やかな笑みはない。


 今、この場にいるのは講義をするセドリックと講義それを受ける俺の二人だけだ。
 と、思わず口から欠伸が漏れ出してしまった。
 慌ててセドリックに目を向け直す。

 丁度、ホワイトボードにペンのようなモノを走らせていたセドリックは、こちらに背を向けているのでバレなかったかと思ったが…何故かセドリックは目聡くそれに気付く。

 「む。聞いてるのかい? ロウ君?」

 やべっ…!!

 「あ…ああ、聞いてた──」

 「いや、聞いてなかったよね? はあ……仕方ないからもう一度言うよ? そもそも魔力というのは──」

 くそっ、だ。

 と言うのも、実は今セドリックが話している内容は既に四、五回聞いていて、今したようなやり取りを軽く五十回以上はしている。
 もちろん、それだけ聞いていれば最早頭からこびりついて忘れる事など出来ないレベルで、セドリックの講義内容を理解してるんだが……。
 セドリックがそれをよしとしない。

 元々、俺は授業や講義といった、座ったままただ大人の話を聞くだけの時間が得意じゃない。
 そのため、話の途中で集中力が切れたり居眠りをこいてしまうわけだが、セドリックは目聡くそれを発見しては何度も同じ話を聞かせる。
 あれは、絶対前の世界で”教職”についてたな。
 絶対やってた。
 ”後頭部に第三の目が存在するのではないか?”と疑念が生じる程の超直感を持ち…生徒の気配と、椅子や机が時折立てる音のみで教室と言う狭い空間内の状況を把握する事が可能な超人生物”教師”を。

 くそっ、異世界に来てまで授業を受けなきゃいけねえのか…!

 まあ、この講義を受け入れたのは俺自身だしな。
 講義内容も難しいが、理解しやすいように図や文字を使って教えてくれている点も問題はない。
 ただ、一つ難点を言うならば…。
 話がとにかく長いということだな。

 「ああ、魔力はスキルと大きな関係性を持っててね──」

 今も、俺がこうやって話を聞く体を装いながら思考している間、何十分か時間が経った。
 なのに、講義内容は未だ魔力についてだ。
 この調子でからずっと喋りっぱなしなのだ。 

 俺が欠伸を漏らしてしまったのも仕方ない。
 要するに、俺は講義を聴くために一睡もしてないんだ。
 もう、朝の朝礼で生徒を夢の世界へと誘う校長先生の挨拶なんか比べものになんねえ。

 夜中から翌朝まで喋り続けるってどんだけだよ。
 しかも、喋ってる本人には全く疲れが見えない。
 こっちは、慣れない体で森を歩き続けた挙げ句に突然の戦闘で疲労が残ってるんだ。
 寝てないせいで、今猛烈な睡魔に侵されてる。
 少しでも気が抜けたら寝る。
 そういう段階だ。

 ヤバい、マジで眠い…。

 もう何度目になるか判らない枕詞を耳に残して…夢の世界へと旅立ちそうになる。

 と、唐突にドアが開いた。
 途端にすぎ去って行く睡魔。

 「ん…。ロウ、おはよ」
 『おはよーございます。貴方、ロウさん』

 そこには、寝起きでまだ意識がはっきりしないのか、半分も開いていない目をぐしぐしと擦るフィリと、既に寝間着姿を着替えて身なりを正したビビアさんの姿が。
 朝に極端に弱いサハラはともかく、ピアの姿も見えない。
 どうやらピアはサハラと同類らしい。

 「おや、もう朝だったか…。ちょっと熱中し過ぎちゃったね。ビビア、朝ごはん作ってくれる?」

 フィリとビビアさんが起きているのを見たセドリックが、ここでやっと朝を迎えていた事に気づいたようだ。

 ちょっとってレベルじゃねえよ。
 ま、何はともあれ…やっと解放される!
 フィリ達に感謝だ。
 更に、しっかりとした朝ごはんにありつける!

 昨日のビビアさんが入れたお茶は死ぬほど美味かった。
 その為、どうしても期待値は上がってしまう。

 「おう、おはよ。フィ…リ──」

 はやる気持ちを抑えつつ、そう挨拶を仕返して立ち上がったのがいけなかった。
 視界が眩む。

 …迂闊だった。
 突発性の立ち眩みだ。

 長い間睡魔と戦った体はとうの昔に限界を超えており、一瞬の意識の明滅が…俺を眠りへと誘ってしまった。

 「ロウ!?」
 「ロウさん! あなた、ロウさんに何を!?」
 「ロウ君?…い、いや、誤解だって、ちょっ…まっ…ウゴァ!?」

 その声を最後に俺の意識は途切れた。




 結局、俺が意識を取り戻したのはその日の夜中だった。
 頭に巻く包帯が更に増えたセドリックやそんな彼に怒り心頭なビビアさんに再度謝罪を受け、俺が意識を取り戻したことに感涙したフィリに泣き付かれ、その日は彼女と一緒に就寝した。
 朝御飯を食べ損ねたのは残念だったが、まあ久しぶり感情的になったフィリと彼女のお姫様みたいな寝顔も拝めたし、悪くない一日ではあった。

 ──因みに、誰にも起こされることの無かったサハラとピアはその日、一日中ベッドの上で寝息を立てていたらしい。

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