壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

高速道路の死闘

 深夜のドライブは驚くほどに快適に進み、この勢いなら完全に振り切れたんじゃないかなと思えるぐらいに距離は離れていそうだった。
 一応蘭が魔眼で視てくれたけど、今のところは大丈夫らしい。それが分かり、蘭は長時間使用し続けて疲れた目を休ませるために魔眼を解き、目薬を差して一息入れた。

「おつかれさまです」
「ふう……悪いけど、しばらく休ませてもらうわ」
「はい。ゆっくりとしていてください」

 休養も大事だし、休める時には休まないとね。て、これ誰かが言っていたような。
 代わりに私や茜ちゃんらで微力ながらも警戒しておく。
 うん。大丈夫。周りに車の気配もほとんどないし、お店も閉まってる。広く開けた道路を自由気ままに進み、信号も明滅していて立ち止まることもない。
 そこはかとなく退廃感が漂い、それがなんだか物寂しくも感じさせてくれた。そんな気持ちを紛らわすように、気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ、そういえば魔法使いたちって、あのまま放ってきたけど良かったの?」
「たしか、時間がどうとか言ってたな」

 説明してくれるんなら、呑気にドライブ気分で走れるこのタイミングが一番だよね。

「そろそろかしら?」

 車内に取り付けられている時計で時間を確認しながら緋真さんが呟く。

「今頃、魔法使いたちは汐音と紗綾が回収してくれているわ」
「え、そうなの?」
「不測の事態に備えて、もう一つ余分に手は打っておくものなのよ」
「じゃあ、私たちが失敗するかもってことを計算に入れていたってことなの」
「ごめんね、信用していないわけじゃないのよ。けど、本当のことを言うと元々私たちで回収するつもりはなかったのよ」

 えー、何それ。だったらあんなにも頑張る必要なかったじゃん。命の危険にもさらされたし、損した気分。

「あ、ひょっとして私たちの役目は陽動だったってことか」
「あれだけの人数だとこの車には乗りきらないもの。だから私たちで研究所あとを襲撃し、その間に汐音と紗綾に回収を頼んでおいたの。まあ、私たちであそこを制圧出出来ちゃえば、それはそれで良かったのだけれど」

 言われてみれば、制圧したあとのことをあんまり考えていなかったかも。どう考えても乗りきらないことは分かるし、誰かが回収しに来てくれないと無理だもんね。

「アンチマジックにとって、あの場所はそれなりに重要な施設でもあるんだったな。それなら、凄腕の戦闘員を配備させているのも当然か」
「ま、全滅させようと思えば出来なくもないが、こっちも相応の被害が出ちまうかもしれねえだろ。つーか、B級の相手なんて疲れるしな。ほどほどに引っ掻き回して後は別の奴に任しちまうのが一番だぜ」

 疲れるからって汐音と紗綾ちゃんに任せようとするなんて、さすがサボりの常習犯。あの二人、苦労してそうだなぁ。

「覇人の言葉に賛同するわけじゃないけれど、無理をする必要はないのよ。怪我なく安全に終わらせちゃうのが一番なのだから」

 下手に戦って、傷でも受けたら血で私たちの魔力を追われるかもしれないんだし、それが最善策とも言えるね。痛いのも嫌だし。

「なんて話してる間に追いついかれちゃったみたいね」

 交差点に差し掛かったころ、先回りしてきたのか数台のアンチマジックの車両が左に見えた。
 その途端、一気にアクセルを踏みこまれて加速した車が交差点を駆け抜ける。ほどなくして、後方から追ってくるアンチマジック。ミラーで確認する限り、このペースだといずれ追いつかれそうな気がしなくもないような追い上げをしてきてる。

「はやっ! もっとのんびりすればいいのに」
「一生叶いそうにねえ希望だな」

 ダメか。毎度毎度苦労するよね、魔法使いって。

「さすがに市内地だと逃げ切れそうもないですよね」
「そうね。ひたすら走り続けようにもここじゃ無理があるもの。どこか広い場所に出るしかないわね。――あそこなんか良さそうだわ」

 どこかいい感じの逃げ道でも思いついたらしく、適当にフラフラと進まず、その場所に向けてしっかりとした道順を辿っていく。
 いつの間にか魔眼を発動していた蘭が隣で追っ手を観察しながら、時々緋真さんに様子を伝える。
 そのやり取りを後部座席から聞く限り、どうやら敵は何台かで散らばっているらしい。たぶん、挟み撃ちでもしてくるんだと思う。そうならないように蘭も忙しなくあっちこっちと色々な方向から迫っている敵を視ては、緋真さんにルートを助言している。
 その行きついた先は高速道路だった。
 深夜のまばらに走る車両を追い越しながら、猛スピードで駆け抜けていく。スピード違反なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに。後ろから追ってくるアンチマジックもそれは同じで。

「逃げ切れそうだな」
「いい具合に障害物になってくれてるみたいだしな」

 直線上ではあるけれど、他の車両が走っているおかげで向こうも下手に手出しをしづらくなっている。あとは前に詰まりさえしなければ、どこかで振り切ることはできそう。

「お姉ちゃん。これ、たぶん罠よ」
「あら、やっぱり。途中から変だと思ったのよね」

 蘭と緋真さんとで嫌なやり取りが交わされる。

「変……ですか?」
「前を走る車がいなくなってるわ」

 確かに言われてみれば、途中からスムーズに進んでいたような。前、後ろを見渡してみても誰もいない。いや、後ろにはアンチマジックは来てるけど。

「向こうにも優れた連絡役のような人物がいるみたいね」
「……あいつの仕業しかないわね」

 あらかじめ私たちの動きを読んでいたかのように、パトロールカーによる道の封鎖がされていた。一般車をインターへと誘導させて、私たちは無人となった高速道路をアンチマジックと共に走らされている。
 どうやら私たちの動きを読まれているらしく、先に手を打たれたってことみたい。

「でも、好都合だわ。この状況なら撃退してやるわ」
「頼むわね」

 ドアを開け放った蘭は身体を半分外へとさらけ出し、魔力砲を構えてアンチマジック目がけて撃つ。
 問答無用の一撃を見事命中された車両が派手な音を立てて炎上し、一台脱落する。

「はは、やるじゃねえか」
「なんてデタラメなやり方だ」

 ここは褒めていいところなんだよね。蘭と緋真さんといたら感覚がよく分からなくなってくるよ。
 なんにせよ、まだ残っているから気は抜けない。追突でも起こしてくれれば手間が省けそうなものだけど、運転技術もかなりのものなようで難なく廃車同然となった見方を躱して追ってくる。

「茜。何してるの! あんたも手伝うのよ」
「え……は、はい!」

 魔法を発動した茜ちゃんの手に創造された銃が握られる。魔力弾を銃弾に切り替え、精密かつ威力の調整が行われる魔法の銃。
 蘭とは反対の右側から窓を開け、狙いを定めて撃つ。その結末を私は後部座席から見届ける。
 魔力の弾丸は前輪のタイヤに命中し、車体は不安定な動きを見せた。やがて後から続いた車が追突し、激しく横転して二台が撃沈。

 ――残り二台。

 向こうも黙ってやられてくれるわけもなく、銃型の魔具で応戦してくる。それも銃弾仕様ではなく、レーザー光線みたいなやつで。だがしかし、負けるものかと放った蘭の魔力砲が迎え撃っては相殺される。
 続けて茜ちゃんが魔銃で仕返しをするも、二度目は投げられた護符型魔具によって防がれてしまう。一応、あれって御守りみたいもんなんだと思うけど、使い捨ててもいいのかな。形状が形状なだけに罰当たりなような。
 なんて感想を抱いていたら、柚子瑠がドアから身体をさらけ出して鞭を構えていた。何を始めるのかと思いきや、そのまま縦に鞭を振り下ろし、私たちへと襲い掛かって来る。
 辛くも緋真さんの運転技術のおかげで、開け放たれていたドアに直撃して吹き飛ぶだけの被害で済んだ。でもそれは私たちだけで、追って来ていたアンチマジックは飛んできたドアによる二次災害を受けた。ほら、御守りなんか投げるから。

「残り一台ね」
「えげつねえ。つーか、狙ったのか?」
「ええ……まさか当たるとは思わなかったわ」

 あ、一応狙ったんだ。微妙にコメントもしづらいし、何より本人が一番驚いていた。

「油断するな。次が来るぞ」
「また何か仕掛けてくるみたいです」

 今度は反対車線にある電光掲示板へと目がけて鞭を伸ばし、伸縮の力を使ってそのまま柚子瑠は空中へと飛び出してくる。
 上空へと現れた柚子瑠は、真横から鞭を振り下ろしてくる。とっさに緋真さんは急ブレーキをかけながらハンドルを切ったことで、直撃する寸前のところで止まれた。
 私たちの進行が抑えられたことで追って来ていたアンチマジックに追いつかれ、そこへ柚子瑠も戻って来る。

「とっとと出て来いよ。まあ、嫌なら車内に引きこもったままでも構わないけどな」

 柚子瑠は鞭を構え、残りの戦闘員らは光線仕様の銃型魔具で狙いを私たちの車に定めてくる。
 出てこいとは言うけれど、それはそれで何かハチの巣……どころじゃ済まないようなことにされそうな。あ、でもそれは車内にいても一緒かも。

「ここまで……ですか」
「結局戦うしかないんだね」
「それでもこのメンバーなら勝機は掴めるはずだ」
「先手は取られちまったみたいだが。ま、やるしかないわな」

 覇人に緋真さんもいるんだから、戦力差は圧倒的にこっちにありそうだし。どうとでもなりそう。むしろ、足を引っ張らないようにすることだけを考えるべきかも。

「出る必要はないわよ。このまま逃げ切っちゃうから」
「逃げるって。どうするつもりだ」

 敵を背に突っ走っていくつもりなのかな。無謀というかなんというか。いまこの時ほど、身の危険を感じずにはいられないんだけど。

「蘭。前を砕くのよ」
「――! 分かったわ」

 おもむろに魔力砲を構えた蘭は、目の前を遮っているガードレールに向けて放つ。木っ端みじんに吹き飛ばされると同時に緋真さんは一気にアクセルを踏み込み、その反動で身体は座席へと打ち付けられた。

「――は?」

 この直後、覇人の呆けた声を聞いて、ようやく何をしようとしているのか理解した。
 蘭が作ったのは、状況を打破する逃げ道だったのだ。そこへ緋真さんは車を走らせる――。高速道路に穿たれた穴の先、もちろんそこにあるのは落下しかない。

「ちょ、え……え?!」
「お、落ちます……!」
「落ちるのよ」

 えー、何言ってるんだろう。飛び降りなんて死ぬじゃん。無茶苦茶なことが多いけど、今回のはちょっと意味が分からないかな。

「ちっ……おい、撃て! とにかく撃て! 奴らを逃がすな!」

 柚子瑠の号令で戦闘員らに向けられていた光線仕様の銃型魔具がまるでミサイルみたいに飛んでくる。

「大丈夫、私たちの方が速い――!」

 飛び出せば死ぬかも。無理でも死ぬかも。けど、どちらかというと前者の方がまだマシと思える事実。最悪の二択だ。
 最後は神頼みとなった逃走劇は、盛大に鳴らされた爆撃音でもって終了する。
 果たして、私の祈りは通じたのか。その答えは激しい衝撃に襲われたあとに分かった。
 どうやら現状は下にあった高速道路へと一段降りただけのようだった。命を投げ出すかのような決死の急降下は、着地先まで高さもそうなかったおかげで無傷で済んでいた。
 そして、振り返った先には上部の砕かれたアスファルトが雪崩れ落ちている。見上げれば、欠けた道路から柚子瑠の姿が確認できる。
 しつこく追ってくるのかと思いきや、どこかと連絡を取り合ったあと、すぐに姿が見えなくなった。どうやら諦めてくれたみたいで、そこでようやく一息が付けた。

「死ぬかと思ったぁ」
「気が抜けましたね」
「うん、色々な意味でだけど」

 アンチマジックよりも飛び降りの方が何倍も恐ろしかった。緋真さんの運転技術はそれなりに高いのは認めるけど、あんなテクニックを披露されると身が持たなさそう。安心できるはずだけど、やっぱり怖い物は怖いよね。

「帰りは安全運転で帰ろうね」
「もちろんそのつもりよ」

 どうか、アンチマジックよ。無事に帰りたいから、もう追ってこないで。

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