壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

半魔法使い

「意識はありますか?」
「ああ、一応……だが」

 苦し紛れに纏は言った。

「気分はどうですか?」
「胸の内が疼く……っ! 抑えきれないほどの破壊衝動が湧いて出てくるよだ……」

 魔力が黒い瘴気として視覚化され、纏の身体から立ち上っている。
 濃密で、触れたら怪我をしてしまいそうな。まるで、全身から鋭利な刃を突き付けられているような……そんな敵意が感じられる。

「そうですか。ならば、そのまま耐えてください」
「そんなことを言われても……抑えつけるのにも、限界がきているのですけど……!」

 溢れ出す魔力は、紗幕のように纏を包み、もはや身体に耐えきれていないのは一目瞭然だった。

「あなたはいま、魔具にあなた自身の隠された魔力を刺激されている状態にあります。余計なことは考えず、無心になってみてください。そして、気持ちを落ち着かせるのです」

 呼吸……だろうか。溢れ出している魔力が揺らぎ、まるで心臓が脈を打っているかのような。
 魔力自体が一つの命のように歌っている。
 生命の神秘に立ち会っているかのような感覚。
 心の嘆きに打ち震え、感銘の意を表すのは、ほかでもない自分自身。
 救いの手は差し伸べられず、他者にとっては迷惑極まりない行い。
 それは、抱える闇を呼び起こす――感情の爆発。そして流れ出すのは暗い気持ち。
 誰が止められようか。誰が慰められようか。誰が鎮められようか。
 身ぐるみ剥がされ、本性を現した人なんて野生の動物と大差ない。
 所詮は人も獣なんだ。
 精神的な問題を制御するなんてことは無理に等しい。感情のコントロールは、自分でやらないといけない。
 だから、私は祈る。
 本当は寄り添って上げたいけど、今はダメだ。理性の飛んだ人は何をしだすのか分からないから。
 やがて静けさを取り戻し、張り裂けそうな思いも今では安定しているかのように見えた。激しい運動から平静に戻る様子みたい。

「成功……したのか」
「そのようですね」

 最初から最後まで落ち着いていたのは久遠だけだった。こうなることもお見通しだった、のかな。

「纏くんはどうなっているのですか」
「説明が欲しいわね」
「うん。それになんか、纏が更に訳が分からない姿になっているんだけど」

 魔力の暴走は収まったけど、代わりに纏の身体に異変が起きていた。
 身体を縫い合わせているかのように赤い線が浮かび上がり、まるで継ぎ接ぎされたかのよう。そこから魔力が脈動しているのを感じ、浮き彫りになるほどのおびただしい量が溢れかえっているのだと分かった。

「魔法使いになっちまってるのか……?」

 何が何だか状況が飲み込めないまま、纏は握りしめていた散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスを振りかざす。

「この力……試させてもらってもいいか?」
「構わん。元からそのつもりだったのだろう」
「それじゃあ、遠慮なくいかせてもらう」

 刹那――纏の姿が視界から掻き消え、次の瞬間には激しい衝撃音が振動した。
 纏の容赦ない一撃を白亜は平然としながら受け流し、その姿はかつての私と殊羅の一戦を描いているかのような有様だった。つまり、実力の差は歴然だということ。
 暴力。そう名付けるに相応しい纏の太刀筋は、剣術というよりも、殴っているかのように見える。鉄塊で叩きつけている。そんな剣術だ。
 そのせいで一撃の重みは相当なものだと思う。けど、あれじゃあ白亜には絶対に届くことはないはず。
 実際、白亜はその場からほとんど動かずに纏をあしらっている。私と殊羅の戦いも第三者の目で見たら、あんな風に映っていたんだろうなと思うと、顔を覆い隠したくなるほどみっともなくなってきた。ムキになった子供が、何度も大人に挑みかかろうとしているかのようだよ。

「……ぐっ……ううっ……ああ……!!」

 何度目かの衝突音がしたあと、纏は急に苦しみ始めた。
 今度の状況は見ればすぐに分かるものだった。安定していた魔力が再び暴走し、纏の周辺に漂っている。
 さっきのように濃い瘴気となった魔力を見るなり、思わず手出しをしたくなってくる。でも……そんなことしてもいいのかな。
 不安に駆られるけども、傍らにいた久遠は静かに見守ろうとしていた。その様子をみて、私は手を引っ込めることにした。
 きっと、久遠のことだから、大丈夫だというサインなのだと受け止めておこう。私の……この組織を束ねるリーダーの決断なのだから、仲間を無駄に危険に晒すわけがない。そう、信じている。

「――白亜」
「ああ……分かっている。どうやらここまでのようだな」

 苦しみながらも散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスをかろうじて構えている纏を一瞥する白亜。
 そして、息を飲む凄まじい轟音とともに、纏は壁に叩き付けられていた。車に撥ねられるよりもなおひどい、列車に轢殺されるかのような圧倒的なまでの破壊力。
 白亜の放ったただの一振りは、私の常識を覆すほどの威力を秘めていた。本気なのかどうか、見分けがつかないけど、私は確かに身震いをしている。
 あれが、裏社会を脅かす秘密犯罪結社のナンバー2。
 魔法使いの格が違いすぎる……! いや、そもそも魔法なんて使っていない。あくまでも人としての力の範囲内だ。そこに魔法が加われば、一体どれだけの強さを誇るのやら。想像も付きそうにないんだけど。
 よろよろと立ち上がった纏だったが、魔力の気配は完全に失われていた。元の状態に戻ったと思ってもよさそう。

「相っ変わらず、すげー威力だな」
「驚いたわね」
「なんかもう、次元が違うよね」
「はい。ですけど、あれでもまだ神威殊羅には届かないのですよね」

 人の定義を今一度、確認したい。というよりも人じゃない。超人だ。

「それにしても、纏くんの方はどうなっているのですか? まさか、本当に魔法使いになってしまっているのですか?」
「いや、正確には違う。アレは、半魔法使い化だ。それも、不完全な状態での覚醒だな」
「そいつはなんだ? 普通の魔法使い化とは違うのか?」

 半魔法使い化。父さんは纏の現状にそう名付けていた。

「 通常、魔法使い化を果たすには二つのパターンが存在している。一つは、内なる負の感情に憑りつかれて魔法使い化する、内部変化だ。もう一つは、外的要因による魔法使い化、研究所で見たのがそうだ。これを外部変化と呼んでいる」

 それじゃあ、私や茜ちゃん。大抵の魔法使いは、その内部変化になるわけだ。一番、オーソドックスな変化ってことだね。

「そして、そのどちらにも当てはまらない異例が半魔法使い化だ。意識的に魔法使い化することが可能な第三の変化であり、永久変化と呼ばれている」
「えい……きゅう……?」

 難しいことを言われて、純真無垢な子供のように聞き返してしまった。

「身体が魔力に慣れ切っている状態のことだ」
「何だか難しい話しになってきましたね」

 さすがの茜ちゃん。ううん、久遠と父さん以外、あ……あと白亜以外は意味不明だと顔に出している。

「どう説明したものか……そうだな。魔具には魔力が宿っていることは知っているか?」
「それぐらいは……一応」

 対魔法使い戦のために造られた、魔力が宿った兵器。それが魔具。
 魔法なんて超常的な力を扱う存在に対抗するために、人が生み出した魔力の武器だ。

「魔具にも色々な種類があってな、そうだな、これについては、アンチマジックに所属している者の方が詳しいだろう」
「そうね。確かに魔具は全部で三段階に分けられているわ。そこからあたしたちは、それぞれの免疫力に適応した魔具を使っているわね」

 し、知らなかった。けど、それも当然か。敵の武器のことなんて今まで知ることもなかったし。

「免疫力ってなんですか?」
「魔力に対する抵抗力のようなものよ。さっきも話しにあったけど、魔具自体は魔力で造られているわ。だから、強力な魔具であればあるほど、作られる際の魔力量も増えているってことなのよ」

 そう言えば、戦闘員が纏っている黒服。あれも魔具だっけ。
 全部で三段階に分けられ、戦闘員のランクによって違う性能の黒服を着用しているって話だね。

「その通りだ。魔具には魔力が込められている。つまり、戦闘員は常に魔力を浴び続けていることを意味しているのだよ」
「ははーん。なるほどな、そういうことかよ」

 私にはまだ分からないけど、覇人には理解が出来ているみたい。

「てことはだ、自分の身の丈に合わねえもんを装備していると、魔具に憑りつかれちまうんだな」
「……そう。そういうことね。だから、魔具はランク分けされていたわけなのね」
「戦闘員の階級が上がるということは、免疫力も上がり、魔具も強力な物を扱えるようになるってことですか」

 かみ砕いて理解すると、魔具と自分の相性……のようなものが合っていないと危険ってことかな。魔力を浴び続けるなんて、言ってみれば放射能を浴びているようなものだろうし。使用しているだけで、身体を蝕んでいるんだ。

「じゃあ、今の纏の状態は、魔具と融合していることになるの?」
「あながち間違いではないな。おそらく、その魔具はかなり危険な代物なはずだ」
「ああ、そうだな。親父にも警告はされていたが、不思議と手に馴染んでしまったから、そのまま使いこなしていたのだが……」
「錯覚していただけだ。魔具を使用するしない関係なく、持てば自分の精神は徐々に汚染されているんだ。その進行具合は魔具によって、異なっている。だから、免疫力に合わせなければならないんだ」

 散りゆく輝石の剣クラウ・ソラス。最上級の輝きを見せている段階では、魔力が十分に充電されている証だ。
 放出を行っていけば輝きは失われ、やがては尽き果てる。そこまでいけば、魔力が籠っていないただの剣となってしまう。
 三段階で表せば、纏の魔具は全段階を通っているんだ。でも、能力解放しない限りは一番上だから、父さんの言う通り危険な状態で持ち歩いてることになるよね。

「魔具って便利だけど、自分自身も壊してしまうんだね。例えば、そう……薬のような。用法容量は守って使いましょうってね」
「上手い例え方だな」

 纏は力量を間違えていた。いや、勘違いとでも言うべきだよね、この場合は。こんなことを思ってしまうのは纏に悪いけど、自業自得になってしまうね。

「そうか……あの時感じたのは、こいつの逆流してきた力だったのか」
「心当たりがあるようだな」
「駅前で能力を解放した際に、何かが流れ込んでくる感覚を味わったんだ。たぶん、その時に俺は魔力を手にしたんだろう」

 柚子瑠と戦った時のことかな。無理をして重複された斬撃を飛ばした後、纏は糸が切れたように倒れ込んでしまったから。
 てっきり、力の使い過ぎが原因だと思っていたんだけど、まさかそんなことになっているだなんて。もっと気に掛けるべきだったかも。

「しかし、纏くんのは不完全だ。一歩間違えれば、本当に魔法使い化してしまう恐れもある」
「そう……なのですか?」
「いまは、魔具を媒体にして半魔法使い化しているだけだ。完全に使いこなせれば、自らの意思で人と魔法使いの切り替えが可能となるだろう」
「もし、それができなければどうなるのですか?」
「どうもしない。ただ、半魔法使い化する際に気を付けておくべき点がいくつかあるぐらいだ」
「それは?」

 大切な仲間のことだし、他人事だと思わないで真剣に私も聞いておこう。まったく、私の身の回りは無茶ばかりするんだから。

「前提として魔具に憑りつかれている状態だと認識はしておいてほしい」
「分かった」
「まず、現状維持には時間の制約がある。長時間保ち続ければ、完全に飲み込まれ、魔法使い化することは必至だろう。あとは、多用することも禁物だ。使用後の魔力が抜けきるまで、二度目は禁止だ」
 散りゆく輝石の剣クラウ・ソラスと同じで使いどころが大事なんだね。でも、メリットよりもデメリットの方が多そうだから、あんまり使って欲しくはないな。

「ああ、肝に銘じておかせてもらうよ」

 纏は魔具を鞘に納め、大事そうに握りしめる。

「こいつと同様、支払われる代償は大きいな」

 よくよく考えてみれば、纏って制限のあることに縛られ過ぎてるね。決められた規律をしっかりと守る、纏の真面目な性格が災いしてるのかな。何にしても、纏なら問題なさそうだね。

「強大過ぎる力には当然の報いだ。魔法使いのようにな」
「あ……そうですね」

 魔法を手にした代わりに住む世界が変わり、命を狙われるようになり、不名誉な言い分を着せられる。私たち魔法使いの代償だ。
 これのせいで、死ぬほど苦労してきたんだ。でも、そんなこと今更言っても意味ないか。死ぬまで付き纏う新しい個性だし、現実と向き合わないとね。
 立場は違えど、纏もまた同じ運命を背負ってしまっている。

「付き合ってもらってありがとうございました。おかげで自分自身の力を制御するヒントを得られました」
「また機会があれば、いつでも付き合ってやろう」
「いいんですか?」
「半魔法使い化の相手をするのは、俺にとっても有意義ではあるからな」
「じゃあ、またお願いさせてもらいます」

 あれ? いつも冷めた表情をしている白亜なのに、ちょっと楽しそうに見える。面白そうにしているとも取れるかな。それに白亜の変化には久遠も珍しそうにしているし、なんか一気に親近感のようなものが湧いてきた。
 新しい一面も見れたことだし、これを機に組織内での結束力も高めていければいいな。

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