壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

昼食のひと時

「ただいまー。体調の方はどんな感じ?」
「もうほとんど治ったみたいです」
「え?! もう?」
 ベッドの上で体を起こした状態で、茜は安心させる声音で答えてくれる。
 その様子は明らかに昨日よりもマシになっていて、声なんか枯れたものではなくなっていた。
「多少咳はしてるけど、熱も引いているみたいだから安心できるとは思うわ」
 茜の額に手を当てて、肌で感じ取りながら緋真が答える。
「そっか。でも一日で風邪って治るものなの?」
「みんなに迷惑をかけないように、頑張りました」
 ぐっと力を張って元気な様子を表す。
 病気に詳しいわけではないが、余裕を見せるほどなら十分だと言える。
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
 そりゃあ、確かに早く治ってくれることに越したことはないと思うけど。
 変な所で気を遣う茜を見ていると、調子も戻ったようで一安心。と思いきや、途端に咳き込む茜。やっぱりというか、茜のことだから見栄を張っていただけだったようである。
「ほら。まだ完治したとは言えないのだから、今日は大人しくしていなさい」
「そうそう。薬も買ってきたから、あとは寝てたら大概病気って治るもんだよ」
 母さんや私の実体験からの確かなる証拠である。ただし、個人差ありとみた。
 私は忘れないうちに三つある袋の内、薬局で買った薬とポケットティッシュとマスクの入った袋を緋真に手渡しておく。
「どんなのがいいのか分からなかったから、CMでよく見かける風邪薬にしといたけど……それで大丈夫?」
「ええ。いいわよ。――あら、マスクも買っておいてくれたの? 気が利くわね。ありがとう」
 風邪っと言われてパッと思い浮かぶイメージといえば――マスク。思い切り偏見が入っているけど、とりあえず予防として使えるかとついでに買っておいたものだ。
 緋真はさっそく梱包のビニールを破り捨てて、いつでも使えるようにしておいた。
 その間に私は昼食の入ったコンビニの袋の中身をばら撒く。
「おにぎりとかパンとか色々買ってきたけど、どれがいい?」
「お姉ちゃんはあまりものでいいから好きなのを先に選んでいいわよ」
「そう? じゃあ――」
 人それぞれの好みが分からないので、菓子パン、総菜パン、おにぎりをそれぞれ二種類ずつ買っておいた。一応、一人二個計算だ。それと、飲み物を三種類。その中から迷うことなく菓子パンと総菜パン、ミルクティーに決めた。
「私はこれにしよっと。茜ちゃんはおにぎりの方がいいかな?」
 茜はパンよりも米派である。そのために、具も茜の好みの物にしておいた。
「はい。
 ――あ、もしかして。私のためにわざわざ用意しておいてくれたのですか?」
「茜ちゃんの好きな物は分かってたからね」
 ベッドから降りて、いつも通りの足取りで備え付けの椅子に座る茜。合わせて、おにぎり二個とお茶を手元まで持っていってあげる。それを確認すると、ありがとう、と口にした。
「決まったわね。それじゃあ、お姉ちゃんは余った物をもらうわ」
「どうぞー」
 菓子パンと総菜パンと紅茶を緋真が手にする。こうして、以外なほどにあっさりと昼食の選別が終わった。
 とりあえずは、パンの封を解いてかじりつく。たい焼きを食べた後もあって正直なところあまりお腹は空いていない。
「そういえば随分と帰りが遅かったけど、なにかあったのかしら?」
 鋭い。と言っても最早誰にでも分かるほどに帰りが遅かったはずだ。
 後から気づいたことだけど、二十分は有に話し込んでいたようだったからだ。
「あったといえば、あったけど……何といえばいいか……困る」
 濁すような言葉に、茜が不審げな様子で見詰めている。
「曖昧な言い方ね。もしかして、寄り道でもしていたのかしら?」
「彩葉ちゃんなら本当にしてそうですね」
 このまま黙っていたら変な誤解がもたれそうなので、もったいぶるのは止めておこう。今後に関わる。
 べつにやましいことをしていたわけではないし、話しても問題はないんだろうけど、戦闘員と仲良くしてましたー。なんてことは、立場を考えれば言いづらかっただけ。
「実は月ちゃんと偶然に会って、公園で少し話し込んでいたんだ」
「月ちゃんって、あの月ちゃんですか?!」
「うん。それと、神威殊羅っていう男も来ていた」
 二人の名を告げると、改めてあのひと時を思い出す。性格や戦闘員らしからぬ態度をした二人組だが、曲がりなりにも最上級ランクの戦闘員だ。茜もそれを理解しているわけで、驚きの様相が伺える。
 事が重大なことなだけに、次第に私と茜は緋真の顔色を窺うようにして反応をみる。
 こういうとき、緋真が一番頼りになってくる。
「そう。あのふたりがね」
 なーんだそんなこと。っという風に答える緋真。飄々とした態度は依然として変わらず、それが至極当然だと言わんばかりだ。
「『蒼の弾幕』水蓮月と『人外魔人』神威殊羅。
 出来れば、もう二度と相手にしたくはないのだけれど、追ってきたからには仕方ないわね」
「蒼の弾幕と人外魔人……ですか。どちらもイメージ通りの二つ名ですね」
 蒼の髪をもって、弾幕のように血晶の雨を降らす月。
 まさに人外のような底知れない圧倒的な力で捻じ伏せてきた殊羅。
 なるほど、言い得て妙。
「月ちゃん、だったかしら。あの子相手なら私でもあしらえることが出来るけど、さすがに魔人の方はどうしようもないわね。……困ったわねぇ」
 一応相手は、A級だと言うのにさすがの余裕っぷり。動揺もなければ、怯えもない。警戒は殊羅だけだということなのだろう。
 でも、あの子から聞いた発言からすると、そんな心配はないと思う。
「月ちゃんたちは私たちを追ってきたわけじゃないから、見逃してくれるらしいけど」
「え?! どういうことですか?」
「彩葉ちゃんたちは無事だとしても、私は月ちゃんから完全にマークされているはずよ。それとも、別の標的でも現れたということかしら?」
「たしか、回収屋って魔法使いを探してるって言ってたかな」
 結局何者かは知らないけど、もしかしたら緋真なら何か知っているのかも。
「――そうだったわね。その件があったわ。となると、ここに来ているということになるかしら」
 ぶつぶつと小声で何かを呟く緋真。
 緋真にしては珍しく、気難しそうな表情をしていた。これは何かあるはず。
「緋真さんは知っているのですか?」
「? ええ。知っているわ。だけど、こればっかりは彩葉ちゃんたちには教えられないわ」
 いつもとは違った真面目な口調なだけに、茜は怪訝な表情になって問い返した。
「どうしてですか? 私たちと何か関係があるからですか? それとも、私たちを不安にさせたくないからですか?」
「そういうことも含めて、想像に任せるわ。ただ、いまは……まだ知るべきではないということよ。いずれ分かるときがくるわ」
 その頑なな否定は、教えられないというよりは、教えたくない。って言ったほうが正しくも取れるような物言いだった。
 なら、そこまで気にするほどのことではないということで捉えておこう。いずれ、分かるときがくるなら今はどうでもいい。それよりも、もっと重大なことがあるから、それを言っておくべきかな。
「あの二人が戦闘の意志を見せていないのなら、多分放っておいても問題なさそうだわね。でも、あれだけのことをしておいて、誰も私たちを追って来ていないておかしいわね。上手く撒けたか、それとも別の戦闘員を派遣しているかのどちらかということかしら」
「あ、それなら月ちゃんとは別の戦闘員がこの町に着いている、かもしれないらしいよ」
 緋真の疑問に補足するように、すかさず後から付け加えておく。
 余程驚いたのか、緋真と茜は目を丸くした。
「あら。そんなことまで聞き出したというの? すごいじゃない彩葉ちゃん。よくやったわ」
「まぁ、ね。私と月ちゃんの仲だからね」
「さすがです。これで何か対策が取れそうですね」
 なんというか、月と殊羅だから教えてくれたような気がしなくもない。
 でも、喜んでいてくれているところ悪いのだけど、あまり気分的には私はよくなかった。
 だってそのうちの一人は――。
「人数や名前までは聞いてないかしら? それが分かっていると、こちらも動きやすくなるわ」
「それは……」
 つい口ごもってしまう。
 ちらっと茜の方を窺ってから、ゆっくりと続ける。
「天童守人って言う戦闘員と、蘭って人。あと、私たちの友達の天童纏の三人」
「纏くんですか?! まさか、戦闘員になっていただなんて……」
 その意味するところを茜も分かってくれているようだ。
 戦闘員と魔法使い。それは、互いに戦うことを宿命づけられた存在だからだ。
「私たちが魔法使いになっていることは知っていると思うよ。じゃないと、ここまで来ないはずだから」
「……こんな形で再会することになるなんて。会った時にどんな顔で会えばいいのでしょうか。……私たちの関係を考えれば、むしろ会わない方がいいかもしれないんじゃないですか?」
「何言ってるの。せっかく向こうが探してくれているんだから、ここは見つかってあげようよ。それに戦闘員と魔法使い以前に、私たちは友達関係じゃない。会わない方がいい理由なんてどこにもないよ」
 纏とは中学時代からの繋がりがある。短い時間ながらも一緒に笑いあって、楽しんできた。それが最後はあんな別れとなった。
 悔いはあった。結局一日使って見つからずに、永遠の別れとなりかけていたのだ。
 それがいまでは手の届く範囲にいることが分かっている。切れかけている縁を結び直すには、これ以上にないチャンスなんだから、見逃す手はない。
「そうですよねっ! 彩葉ちゃんの言う通り、私たちは友達なんですから。戦いになるとは限らないですよね」
「その通り。たとえ、向こうが戦う気だったとしてもその時はその時だよ。どうせいま考えても意味ないし、なるようになるって!」
 もしもの時なんていらない。気にしてられないし、する必要もない。そんなことは実際にその状況になった時に出てくることだから。言いたいことがあれば面と向かって言葉を交わせる存在。友達なんてそんなものだと思っている。
「どうやら、彩葉ちゃんたちが探していたお友達が見つかったみたいなのね。ふふ、良かったわね」
「うん。それで……だけど。わがままになるかもしれないけど、纏には手を出さないでほしいの」
「もちろん。そんな真似はしないわよ。さすがに彩葉ちゃんたちの交友関係に口を挟むなんて悪いじゃない。彩葉ちゃんたちの問題は彩葉ちゃんたちで解決するといいわ。お友達は大切にするのよ」
「ありがと」
 言われなくてもそうするでいた。
 茜もそれは是非とするところは顔を見れば分かった。
「そうと決まれば、残りの天童守人と蘭はお姉ちゃんに任せなさい」
「一人でも大丈夫なのですか? A級とC級の戦闘員ですよね。相手にしておいてくれるのは助かるんですが、あまり無理はしないでくださいね」
「茜ちゃんが心配するようなことじゃないわよ。お姉ちゃんが強いのは知っているでしょう」
 たしかに、緋真は屋敷前でA級戦闘員の月と互角に戦っていたのを見ている。それに天童守人にしても、気絶した私をかばいながらも逃げ切ったほどの実績がある。もう、十分というほどにその力を理解しているから、緋真ならたとえ二人がかりでもなんとかしてしまえるという確信が持てた。
「それは知っているけど、無理だけはしないでよね」
 一見すると、余裕そうにしているけど。その裏返しとして、お姉ちゃんだから弱気を見せつけない様に自分を鼓舞していることがあることを一緒に過ごしてきた時間の中で、分かってきたことだ。
 だから私は気づかないふりをする。きっと、プライドのようなものがあるのだから。それを壊してはいけないから。
「これから忙しくなりそうですね」
「だね。纏ともう一度会ってちゃんと話をしないと。ここから先は進めるわけがないよ」
 もう何も思い残すことなんてしたくない。どうなろうとも、その結果を受け止める覚悟は出来ている。
「まさか、こんな日が来るとはね」
 窓際から景色を眺めながら、物耽ったようすで緋真が何かを呟いた。

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